これが私の忠誠です。

 人気の少ない通り道に黒服を纏った怪しい集団が一人の少女を取り囲む。

 少女の名はシューラ・ミライト。

 ミライト侯爵家の長女で武芸に長けた才能を持つ権力者の一人だ。


 十中八九、敵の狙いは金が目当てだろうが、そんな彼女の側に護衛はいない様子。


 他人を寄せ付けない難解な性格からか、恐らく護衛の者の目を盗むでもしてシューラは一人で外へと足を運ばせたのだろう。


 豪奢な赤髪に紅玉ルビーの瞳。

 ゲームで見慣れているはずなのに存在感が一際輝いている様にリューライトの瞳には映った。

 さすが、メインヒロインの中でも人気キャラなだけはある。


 シューラは最初こそ誰彼構わずツンとした態度を取る生意気な性格であるため人気は低かったのだが、主人公と交流を深めていく中でもう甘々にデレていく。


 要するに典型的なツンデレ。


 序盤のツンが大きければ大きいほど後半のデレの破壊度は凄まじくなっていくのだ。

 現時点のシューラは生意気そのものであるため、少し痛い目にあってもいい様な気はするが、今回の誘拐の一件で彼女の心は深く傷ついてしまう。


 それを知っているのに、黙って見過ごすことはリューライトにはできそうになかった。

 物陰に潜みながらリューライトとミリヤは様子を伺う。


「……シューラちゃん、一人で外出とは危ないねぇ」

「……っ、あんたたちは一体?」

「護衛の一人もつけないと……悪い人に捕まるんだぜ? はは、ははははは」

「悪い様には思わないでくれよ?」


 ニタニタした笑みで男性陣はシューラに忍び寄ってくる。


「……っち、そういうこと」


 悪党にふさわしい決め台詞を吐いたところで、シューラは合点がいったようだ。

 この黒服を纏った集団は自分の身を狙おうとしていることに。

 多勢に無勢。

 勝機はなさそうに思えるがシューラは強気な態度を崩さない。


「……私は一人でも充分戦えるわ」

「さあ、それはどうかな?」


 彼女の言う通り、実際武芸に長けているシューラは簡単にはやられないだろう。

 だが、それでも相手は筋骨隆々とした手練れた男性陣が相手なのだ。

 いくら強気にでたところで現時点では勝ち目がないというものだろう……。

(魔眼が開眼すれば話は別だろうけどな……)

 と、冷静に思考を巡らせたところでリューライトは隣から怒気を滲ませたミリヤに目を向けた。

 彼女は今すぐにでも飛び出したそうでうずうずとしている。


「……リューライト様、あとは私に任せてくださいませんか?」

「あ、あぁ」


 自分は情けないことに体型がいまだに豚そのもの。

 それに継続的に行っている筋トレもあってか、筋肉痛で全身が痛んでいる。

 戦う前から満身創痍の身体なのだ。

 そのため、ここから見守ることしかできない旨をミリヤには告げたのだが—――。


「あの連中は、それなりに‘できる‘相手です。私、一人で戦う分には問題ありませんがリューライト様に意識を向けながら、そして、あの御方にも意識を向けながらの戦闘ではやりづらいです」


 言葉を濁しているが、つまりは足手まといということだろう。

 それにしても一目で相手の実力が分かるとは、ミリヤの実力は本物なのだと痛感させられた。

 原作では強キャラに位置する彼女が負けることはないので、彼女にこの場を任せることに安心はできるのだが……。


「くれぐれも、顔とか……正体が突き止められない様にな」

「分かっています。私はリューライト様の陰となりましょう」


 ちょっと何を言っているのかリューライトには分からなかったが、適当に相槌を打ってこの場は彼女に任せることにした。


「……それじゃあ、後は任せた」

「はい」


 重い身体を動かし、向こうに気づかれないようにひっそりと距離を取る。


(……この場で逃げ出す俺って超情けねえなぁ)

 自分の不甲斐なさを呪いながら、絶対痩せると強い覚悟をリューライトは決めたのだった。


♦♢♦

 

 リューライトの気配が消えたのを確認してから、ミリヤは颯爽と黒服の集団の元へと駆ける。

 信用しきれてなかった主人のことも今や信用できるというもの。

 それはきっと妹であるサレナもミリヤと同様だろう。

 数日間にかけて、彼——リューライトは別人にでもなったかの様に人柄が穏やかになったからだ。

 もちろん、それもリューライトの遊び心という線もあるが……今回の夢の件、そして誘拐の件を聞いてミリヤは確信へと至る。


 ましてやあの幼い頃の苺好きなことも彼は覚えてくれていたのだ。


 リューライトへの忠誠心は揺らいでいたが、ミリヤは今回の件で忠誠を改めて誓う。


 彼は今や学園で悪評の名がついている。

 それを払拭させるのも従者の務め。

 自分はリューライトの陰。

 そのため、あの身なりの高いであろう御方を助けるのもリューライト自身でなければならない。


 ———だから。

 剣の一閃でミリヤは黒服集団を瞬く間に一掃する。


「……なっ!?」


 驚愕に満ちた声が漏れただけで、反応するまでもなく敵は地に倒れた。

 突然のことに驚く少女は黒いマントで身なりを隠すミリヤに尋ねる。


「……あ、あなたは一体?」

「リューライト・シェイド。その名を刻んでください」


 ミリヤは不敵に笑ってこたえてみせた。


(これが私の忠誠です……リューライト様)

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