妹と食事、不穏な気配
不審がる従者のミリヤに連れられ、リューライトが向かった先はシェイド家の食卓である。
エロゲ世界特有のものなのだろうが、リューライトの両親はこの家に不在の様であった。
リューライトの記憶をたどるに、どうやら両親は遠方の地に健在している模様。
このエロゲをプレイしていた時にリューライトのそんな設定は聞いたこともなかったが、裏設定だったのかもしれない。
よって今、この豪華な屋敷の住人は三人ということになる。
リューライトに転生した悠斗、それから従者であるミリヤとそれから……
「……っ、起きてきたんだ。珍し」
一瞬だけ驚愕を示す表情を浮かべたが、食卓にリューライトが姿を現せば、幼い一人の女性が食卓の前で椅子に座っていた。
ピンと背筋は伸びており、身なりから位が高いのが伝わってくる。
平静を装いながらリューライトはその人物に声をかけた。
「……おはよう、サレナ」
サレナ・シェイド。
彼女はリューライトの実の妹である。
兄とは似ても似つかないが、青い髪はサラサラと靡いていて手入れがされているのがよく伝わってくる。
赤と青のオッドアイは煌めいていてリューライトの細みがかった双眸とは大違いだ。
こんな美貌を持ったサレナの心も今やリューライトから離れてしまっているが、昔は兄が好きなブラコンだったことが、リューライトの記憶から引き出せば判明する。
後に主人公のハーレムメンバーの一員にサレナも加わることになるのだが……そのことを踏まえればリューライトの不遇さは極まりないと言えるだろう。
と、もはや他人事ではないことを考えているとサレナは目を丸くさせ口を開けて唖然としてしまっていた。
「……キモい。なにその挨拶……キモすぎ」
動揺した様子を隠すように、サレナは悪態をついた。
だが、瞳は揺れていて明らかに動揺が隠しきれていない。
サレナにも散々、傲慢な態度を取り続けたリューライトのことだ。
それが穏やかな声音で挨拶してくるのだから、妹の反応は無理もないだろう。
たっぷりとバターが塗られたトーストのパンに貪りながら、砂糖とミルクが加えられたコーヒーを喉に流し込む妹。
そんな妹に苦笑しながらも、リューライトと従者のミリヤは食卓についた。
自分は妹の隣に、ミリヤはサレナと向かい合う形で席につく。
「……どういう風の吹きまわし?」
「え?」
ジトっとした瞳で説明をサレナは求めてきた。
「今までとその態度も違うし雰囲気もさ……全然違うから……とにかくキモいの。兄貴はキモイ。だから話してくれない困る」
キモイのコンボが思わず胸に突きささるがぐっと堪えてサレナの瞳をリューライトは見据えた。
「今まで迷惑かけてごめん。そのっ……もう俺、真っ当に生きるって決めたからさ」
これまで迷惑をかけてきたのは、自分であって自分ではないけれど。
いや、この場合……前世といえばいいのだろうか。
(……俺もリューライトと同じで腐って周りに迷惑をかけてきた。だからその贖罪にしたいのかもな……)
だからこそ、決意を真っ直ぐにサレナに伝える。
嘘偽りなき瞳を受け、サレナは目をぱっと逸らした。
この場で静観していたミリヤも僅かながらに動揺の色を瞳に浮かべる。
そんな二人に続けてリューライトは零した。
「だから、サレナにも今まで迷惑かけたと思う。ホントごめんっ。でも俺これからちゃんと変わるから。だから……まあそのこれからよろしく頼みたいっていうか」
自分で言ってて恥ずかしくなった。
羞恥に顔を染めていると、サレナは一息ついて唇を尖らせる。
「……信用できないからよろしくなんて言えない。けど、まあ兄貴のキモさは減ったかもね、キモいけど」
さすがに信用がゼロである。
でもそれで充分と言わんばかりに頬を緩めていると、サレナはぷいっと顔を背けてみせた。
「じゃあ、兄貴……一週間後にちゃんと学園通いだすってことなの?」
「え?」
「だって今、春休み中じゃない? 後一週間で終わるけどさ」
「それ私も気になっていました。リューライト様は学園にきちんと通われるのですか?」
と、従者のミリヤも妹に追従するかの様にそこで口を挟む。
二人の綺麗な瞳が自分に降り注がれた。
これまでのリューライトは誰に対しても傲慢な不良生徒だったため不定期の登校で真面目な生徒ではないといえる。
そんなリューライトが生まれ変わる、と告白してきたものだから学園をどうするのか気になっているのだろうが……それ以上にリューライトには気になることがあった様子だ。
目を丸くさせ唖然と固まる。
(……ちょっと待て。今、春休みの一週間前だって? 春休み最終日にはたしか)
その日。
ヒロインの誘拐・襲撃が起こるイベントがゲーム内では起きる予定である。
このエロゲをプレイした悠斗は妹の発言から時系列を整理できたのだった。
この誘拐、襲撃のイベントは未然に防げずヒロインがそれをきっかけとし、心を閉ざしてしまい、それを主人公が助けるといった具合で本編の話は進んでいくのだ。
と、そんなことを思い出していると二人の視線が自分に向けられたままだったことにリューライトは気づく。
取り繕いながら答えた。
「あはは……うん、一応通う。そのつもり」
「そ。それで朝はそれだけで足りるの?」
自分がパン一つしか取っていないのを確認すると、サレナはそんな質問をしてきた。
「……まあ、そのダイエットも始めようと思って」
後頭部を掻きながら答えれば妹は言葉にならないのか、目を驚愕の色に染める。
「……意味分かんない、ホント」
ぶつぶつと不機嫌そうに溢す妹であったが、そんなことを今リューライトは気に留めている場合ではなかった。
(さて、それにしても……まずいな。もう時間がない。どうやって誘拐イベントを止めようか……)
転生・憑依して早々、一難がリューライトに降りかかろうとしているのだった。
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