悪役貴族、ダイエット始めます
頬をつねってみせてもじんわりとした痛みが広がるだけだった。
どうやら悠斗は本当にリューライトに転生してしまったらしい。
何も頬に痛みが走ったから夢じゃないと断じているわけではない。
意識が覚醒してから、悠斗の頭にこれまでのリューライトの記憶が頭に流れ込んできたからだ。
周囲が才能に長けている中、自分だけ才能がなく絶望したこと。
それに拍車をかけるかのごとく、幼馴染にフラれてしまい精神が参ってしまったこと。
おかげで何もかもがどうでもよくなり、不良となってしまったことで皆から嫌われてしまっていることなど……その全てが鮮明で頭から離れない。
そのため、悠斗は夢じゃないと思えてならなかった。
しかし、である。
この状況が夢ではないとするなら。
もし、あのエロゲ『花束と魔眼の貴族学園』の世界にきてしまったというなら。
悠斗にはしなければいけないことがあった。
それは、自身の破滅ルートを断ち切ること。
そして悩みを抱えるヒロイン達を助けること。
この二点である。
前者の自分の破滅ルートを断ち切ることについては、幸いなことに今から改心して真っ当になれば普通の人生を送れるだろう、という計画だ。
もっとも、現時点で全員から嫌われてしまっている状況ではあるものの……。
後者の悩みを抱えるヒロイン達を助けることについて。
これは、悠斗がこのエロゲをプレイしていることもあってヒロイン達の悩みや問題を現時点で知っているのは自分だけのため、なるべく早くその問題や悩みを解決できるようにしようというものだ。
直に主人公がヒロイン達を助けてくれるだろうが、それだとかなりの時間を要してしまう。
もし今困っていたり、苦しんでいたりするヒロインがいるなら助けてあげるべきだろう。
さて、そんな自分への置かれている状況を整理したところで—―――。
「……きっつ、いやきっつ、きっつ………」
吐息を零し苦悶に満ちた表情を浮かべながら、シェイドは腹筋を始めていた。
思い立ったなら即行動。
この自堕落な生活をやめるためにも。
ふくよかに育ったお腹を引き締めるためにも、リューライトはダイエットを始める決意を固めたのだ。
たった十数回の腹筋でも充分すぎるほどにしんどい。
すでに汗で衣服が湿ってしまっているのが伝わってくる。
(……どんだけ、しんどいんだよ。マジで!)
頭がくらくらしてきて、お腹が悲鳴を上げだしたところでコンコンと部屋の扉がノックされた。
「リューライト様。目覚めのお時間です」
透き通る様な凛とした声の主は、従者のミリヤである。
心なしか声に感情が宿っていない様に感じられた。酷く失望してしまっているかの様な冷え切った声である。
それも当然のこと。
幼い頃からずっと一緒で仲良くしてきたミリヤだったが、成長していくにつれてリューライトとは違って、剣術の才能が開花したミリヤに嫉妬心を抱いたシェイドは権力を盾に高圧的な態度を取る様になったのだから……。
そのため昔とは違い、主人に対する忠誠心などありはしないだろう。
(ホント……何やってんだよ)
内心で悠斗はリューライトに悪態をつきながら、できるだけ優しい声音でミリヤに声をかける。
「起こしにきてくれてありがとう。入ってきてくれ、ミリヤ……んっふ」
変な声が最後に漏れたのは、腹筋でお腹がしんどいからであった。
遠慮がちに眉を潜めながら、ミリヤは部屋に入ってくる。
腰まで伸びた緑の髪はどこまでも艶やかで、桔梗の様に澄んだ紫の瞳は妖艶さを醸し出している。
モノトーンカラーのメイド服に身を包んだ彼女はどこまでも綺麗だった。
まるで、二次元の世界の住人のようで……。
いや、実際その通りではあるのだが……。
悠斗が妙な感動に打ちひしがれるなか、部屋に入ってきたミリヤは瞳を見開きしばしの間、固まってしまっていた。
「……リュ―ライト様は何をしてらっしゃるのです、か? 何かの戯れでありますか?」
「いつも迷惑をかけてごめんな。もう改心するって決めたからこれはそのダイエット中なんだ……」
ミリヤは心底、主人の言葉に驚いている様子だった。
それも無理はないだろう。昨日まで高圧的で傲慢な態度を取っていた主人の言動や行動とは思えないからだ。
「あはは、いきなりでびっくりするよな。ホント、今まで散々迷惑かけたと思う……ごめん。でも、もう俺生まれ変わるからさ」
「そ……そうですか」
普段、冷静でクールなはずのミリヤが取り乱したのも一瞬のこと。
事情を呑み込めばすぐにキリっとした顔つきに戻った。
きっと彼女はリューライトが企んだ戯れの様に思っているのだろう。
信用すれば突然裏切ってくる。そんな未来をミリヤは思い描いているに違いない。
それほどまでに今の自分には信用がないのだ。
(―—今はそれでもいい。でもまたあの頃の関係性を取り戻したい、俺は)
もう見れなくなってしまった彼女の笑顔。
いや、彼女だけじゃない。妹を始めとした家族やかつて信頼してくれた仲間たちの笑顔をもう一度見たい、と強くリューライトは思っていた。
「……いつもありがと、ミリヤ」
暖かな言葉をかけると、一瞬だけビクっとミリヤは肩を揺らす。
「……っ、朝食ができています」
「うん、今から向かう」
きっと失った信頼を取り戻すのは簡単なことじゃない。
でも、ここから始めるんだ。
嫌われキャラの信頼を取り戻す道を……!
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