8.しあわせのカタチ


 岳人パパに恋人!?


 ずっとシングルファザーで拓人君が第一。連携を取ってきた『館野夫妻』と子育て第一に過ごしてきて男性だ。離婚後も『もう女性は懲り懲り』と笑い飛ばしていた岳人パパが恋をした!? 初めて知らされた柚希も夫の広海も、父も芹菜義母ももの凄く驚いて言葉を失っていた。


 岳人パパも気恥ずかしそうにして、拓人君が子供らしく暴露したことを『こら』と諫めていたが頬が緩んでいた。


「だって。ほんとうは今日『美音みお先生』も一緒に連れてきて、芹菜ママに紹介したかったんだ」


 先生? まさか学校の先生? 担任の先生と? 柚希はやや面食らいながらも、それでも岳人パパと接触出来る女性として納得しそうになった。でも違った。

 岳人パパが『もう仕方がないなあ』と照れながら、恋人の正体を教えてくれる。


「拓人のピアノの先生なんですよ。もう数年、お世話になっていますから、送り迎えや発表会などで顔を合わせたり、将来の相談をしたり……といううちにです」


 恋人の正体を知った芹菜義母が目を輝かせた。


「まあ! ピアノの先生なのね! 素敵!」


 柚希も嬉しくなって遠慮なく口を開く。


「凄い。寿々花さんも音楽隊員ですし、ご実家の遥お母様も。ますます音楽が近しいファミリーになりそうですね」


 どうやらそのとおりのようで、岳人パパと館野夫妻が視線を合わせて微笑み合っている。新しい女性が一緒にいるようになっても、支障もなく睦まじく過ごしていることがそれだけでわかった。


 パパ自ら報告してくれたからと、あとは拓人君がめいっぱい『先生』のことを教えてくれる。


「もうね、いまは一緒にドライブしたり旅行に行ったりしてるんだ。将馬お父さんが長期出張の時は、パパと先生が『うちに』寿々花ちゃんの手伝いにきてくれるんだ」


『うちに』――という言い方がひっかかった。それは芹菜義母も、父の勝も同じように感じたのか、表情を一瞬止めていた。

 今度は父から教え子の館野三佐へと問いただす。


「もしかして……。いま拓人君は館野のほうで暮らしているのか」

「はい。岳人君が美音先生と、その、同棲を始めたといいますか。もちろん、拓人は岳人君宅に泊まることもありますよ。好きなように行き来させていましたが、最近は我が家にいることが多いです」


 館野三佐が『実父』だと拓人君自身が理解するようになってからも、これまでどおり育ての父である岳人パパと暮らしていたことは柚希も知っている。

 常に近所に居を構え、拓人君と清花ちゃん子供ふたりの子育ては『三人親』で携わってきたが、いまは『四人親』で見ているとのこと。

 父もこれまでは、複雑だった関係も良好な家族関係を築けて安心、とくに子供第一であってあっぱれと言いたいようだった。

 それでもだった。ほんとうに『四人親』が続けられるのか? 岳人パパが女性と同棲をしているということは、結婚を見据えているだろうし、今度は岳人パパに血縁の子供が誕生する可能性も――。柚希の中にすぐに芽生えた不安は、夫の広海にも通じたのか、彼もすっきりとしない表情を柚希に見せてくれている。でも自分たちが案じて口にしてよいことではない。


 そこに言及できるのはやはり、父と芹菜義母だ。


「じゃあ、岳人君はいずれは先生とご結婚を――ということなのかな」

「同棲されているなら、そのつもりということなのよね?」


 目上のふたりだからこそ切り込めることだった。

 そしてその向こうに、父と芹菜義母は『良さそうな女性だけれど、また岳人君と拓人君が傷つくことが起きないか心配』という本音を持っているのだ。


 それは柚希も同じだ。元婚約者だった男と、婚約者だった男から妻になる女性を奪ってしまった男という仲だったのに、ひとりの男児を育てることを第一として築き上げてきた大事な関係だ。寿々花さんは最初から見守ってきた女性で、訳ありの男性ふたりが決めたことに寄り添って理解し歩んできてくれた時間がある。


 お嬢さんの清花ちゃんが生まれる時も、岳人パパがそこに居て良いのかと思い悩み、いろいろあったとも聞かされている。

 そこに、その歩みを耳では聞いているだろうが、まったく知らないと言ってもよい女性が入ってくるのだ。結婚生活となると、また事情が変わってくる。拓人君にとっては『他人の家庭』となっていくだろう。そこに子供が産まれたら……? 今度こそ、拓人君と岳人パパのお別れ?


 大人たちは一瞬でそこまで思い至り、岳人パパと拓人君の絆を案じているのだ。

 これまで『女性は懲り懲り、結婚なんて二度としない。館野一家と拓人と共に歩む』と豪語していた岳人パパ。その心情を覆したほどの女性は、どのような人なのか? 柚希だって気になる。


 そこで岳人パパも、親しくしてお世話になっている教官とママには真意を伝えておこう決意したのか、穏やかな笑みを浮かべ眼差しを伏せ話し始める。


「結婚はしないつもりです。内縁というか、事実婚というか。その形で暮らしていく心積もりです。彼女もバツイチなので――」


 父も芹菜義母も『そうだったのか』と、案じはしたが『二人の問題』とそれ以上の心配はいらないと口をつぐんだ。


「互いに『結婚』については、以前の結婚生活で煮え湯を飲まされた――という感覚しか残っていないんです。俺も彼女も、あの『形』に嫌な思いしかなく、その共感もあって一緒にいられるようになったとも言えます」


 それだけ以前の結婚には嫌悪感しかなく、結婚が必ずしも『幸せになれる完璧な形』とは思えないとのことだった。

 でも。岳人パパが美音先生と話合って、それで上手く暮らせているのならそれがいちばんいい形なのだと柚希にも伝わってくる。

 自然体で愛しあいたいということなのだと、柚希には思えた。


「子供も、互いに持つつもりはないんです。彼女、出来にくい身体で、それで離婚されていますから」


 その報告にも、神楽・小柳家の一同は言葉を返せない状態になる。

 そこまで話し合っていて『二人だけのスタイル』で生きていこうと決意した同棲というだとわかったのだ。


 誰もが出会って、恋して愛して結婚をして出産、小さな家族が増えて幸せになる――。その道筋だけじゃないことを、柚希はいつも、こちらの館野ファミリーに会うと思い知らされるのだ。


 なさぬ仲だった男同士が、子供のために協力をする決意をしたこと。実の父親だと判明しても、育ての父親のところで、思う存分暮らしていいよと、拓人君の気持ち第一で協力してきたことも。なかなか出来ることではない。

 そして。岳人パパの新しい恋愛、その決意も。よくある一般的な生き方ではない、男と女の生き方もある。柚希は今日もそれを目の当たりにしている。


「俺は、拓人と清花ちゃんがいることで充分、幸せですから。彼女ももとは子供好きで、それでピアノ教室を始めたぐらいです。拓人と清花ちゃんを凄く可愛がってくれるので、自衛官で縛らる規律が多い館野夫妻の子育てに、これからも協力していくということに落ち着いています」


 パパの報告に、拓人君も神妙な面持ちで口も出さずに大人しく聞き入っている。まだ小学生の彼だけれど、そこはもうパパからしっかり説明を受けて納得しているとわかる顔つきだった。


「そうだったのね。もうすっかり美音先生はそちらのご家族の一員になっていらっしゃるのね。それならママもお目にかかりたいから、次は是非、一緒にいらして」

「うん、そうだな! 決定だ。また近いうちに一緒においで。次は百合の季節がいいよなあ。芹菜さん」

「そうね。バーベキューでもしましょう! もう大方の日も決めちゃいましょう」

「うんうん。そうしよう。そのほうが柚希も広海君も休みが取れやすいだろうしな」


 芹菜義母のいつもの柔らかな微笑み、父の勝の朗らかな笑みを知って、岳人パパも嬉しそう。


「ありがとうございます。拓人が芹菜ママや神楽教官のことをよく話題にするので、彼女もお会いしたいと常々言っていますので……。そうしましたら次回は遠慮なく。俺も紹介したいですから」

「陸自隊員が集うのだから、野外バーベキューの準備はばっちりだぞ。もう奥様方は座っているだけ、至れり尽くせりでOKと伝えていいよ。な、館野、心路君、百花もだな。私もだね、うほうっほ」


 最後はいつもの父らしい茶目っ気が飛び出して、テーブルに一気に笑いが起こった。


「ちょっと、お父さん。私もいちおう『奥様』なんだけどさ」

「百花は幹部だからこっち側だ。女だからしなくていいよと、こんなときは言われたいか?」

「やだ。プライド許さんっ」


 姉のことは真っ向から自衛官扱いをしたのだが、姉はそれでしっかり納得できたようだった。


「それなら私も音楽隊員ですけど、自衛官で訓練していますからお手伝いします。百花さんもご主人が自衛官で、小さなお子様がいるのは私とはかわりませんし……」

「んー、そうだね。じゃあ、自衛官総出で、芹菜キッチン隊長のサポートにつき、美音先生にはいっさいお手伝いをさせない歓迎としようじゃないか」


 自衛官一同が『ラジャー教官』と敬礼をそろえたので、拓人君と岳人パパがびっくりしていた。


「えー、俺も敬礼仲間になりたい!」


 拓人君も『ラジャー』と後を追って敬礼。


「うむうむ。では、拓人隊員は臨時隊員として採用する」

「俺もお願いします。教官!」

「うむうむうむ。岳人隊員も大歓迎。料理上手な君は芹菜キッチン隊長の副官として命じよう」

「俺が副官! 将馬さんみたいで、なんだか嬉しい」


 岳人パパまで敬礼で入ってきた。これはもうみんなで入隊だと、柚希と広海も一緒に『教官、お願いします!』と敬礼をして採用を請うてみた。


 笑いが絶えない食事会が続く。

 次は『美音先生歓迎パーティー』になりそうだった。



 しあわせな報告が、またパーティーを盛り上げてくれる。

 さらに食事が進み、それぞれ席を移動して気になる人とのお喋りも尽きない。柚希は岳人パパと対面して、また詳しく美音先生の人柄を聞かせてもらい盛り上がっていた。

 そんな柚希の隣の席には、姉の百花が。そしてその向こうには館野三佐が向き合っていた。ついに同期生がひさびさのご対面、プライベートでのお喋りを始めたようだった。


「神楽、もしかして、痩せたんじゃないか」


 目端が利く将馬さんのひとことに、姉が観念するように苦笑いを浮かべていた。


「ああ、やっぱりそう見える? いま訓練もないしさ、子育て甘く見ていたと思ってる。定期的な長期演習も大変だけど、それに匹敵するよ」

「あー、わかるな、それ。寿々花も出産後しばらく大変だったんだ。俺も家に居れば協力は出来るんだけれど。俺たち、そうじゃないだろう。そこが申し訳なくて……」

「うん、わかるよ。私は逆に自分も夫も自衛官だから、東の負担になりたくなくて背負い込んじゃったんだよね」

「自衛官同士、だからか……。なるほど。互いがわかりすぎて、気遣いしすぎたのか」

「東と大喧嘩してさ。妹夫妻と芹菜ママが居なかったら、乗り越えられなかったと……。里帰り出産なしだったら、私、自衛官辞めていたと思う」


 さすがの館野三佐も黙り込んだ。

 そしてビールグラス片手に、そのグラスを揺らして、思い巡っている横顔を見せている。


「俺も……。岳人君がいなかったら、寿々花ひとりに押し付けざるえなかったと思うとゾッとしたもんだよ。こういってはあれだけど……。拓人の生みの母親が、自衛官の妻になることに負担を感じて逃げ出してしまったのは仕方がなかったかと、納得したほど。ついでに、寿々花の実家が真駒内にあってお義母さんがいてくれた幸運もあってなんとか乗り越えている。でなければ……。やはり、女性が辞めることになってしまうんだな……。寿々花もいつまで音楽隊を続けられるか自信がないとよく言っている」

「幼児期の子育ては母親に比重がのしかかってくるからね。男性で代われるところは工夫してなんとかなるけれど、全部が全部じゃないから。自衛官の奥さんたちも、その覚悟があっての結婚になるのは仕方ないところもあるよね」

「妻もWACワック(婦人自衛官)だから、初めてわかったんだ。辞めないように家族が支える、または上官が支えるってどうすればいいんだろうなって――」

「そこはさ。私も後輩たちを助けていくつもりだから。館野殿は上に駆け上がってなんとかしてよ――」


 なんだ。同期同士、再会するなり口悪を叩いていたけれど、それほど一緒に過ごしていなくても、こんなに通じ合っているんだと柚希は驚かされる。

 自衛官同期の絆ってこんなに深いんだと――。


「チヌーク、降りるつもりはないんだろう?」

「もちろんだよ。せっかくここまで積み上げてきたんだ」

「そういえばさ。今度、自衛隊地方協力本部の広報がさ、道民向けの『チヌーク搭乗体験』を企画していて、民間公開の広報一環で、一般募集をかける予定なんだ。習志野からチヌークを貸してもらうらしい。いま企画の段階で、習志野との調整をしているんだけどさ……」


 その企画を口にした館野三佐が思わぬことを言いだした。


「その一般市民搭乗体験飛行のパイロットをやらないか。俺、推薦しておくけど。たとえば、『ママパイロット、育休から復帰フライト』とかさ。女性登用アピールを欲しがっている広報が飛びつきそうだろ?」


 姉はギョッとしていたが、柚希と岳人パパは『それ素敵!』と笑顔で手と手を取り合ってしまっていた。


 でも。館野三佐の推薦で、出来ることなの??

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