7.気になる近況報告


 もうかわいい小学生に見えなくなっていたので、柚希は目を瞠るばかり。

 久しぶりに会った拓人君も『ユズちゃん?』と首を傾げてる。

 というか。たっくん、元々お父さんにそっくりだったから、すんごい美形男子になってきてる! 館野三佐と並んでいるところを見ると、そのイケメンぶりは一目瞭然で、柚希はあっけにとられるばかり。


「たっくん、お父さんにそっくりになってきたね! ちょっと見ない間にすごい大人っぽくなってるの!」


 やっと出た言葉に、館野夫妻と拓人君が揃って笑い出した。そんな拓人君の後ろには背が高い岳人パパがこれまた愛おしそうに、たっくんの黒髪を撫でている。


「寿々花ちゃんの背丈に近づいてきたら、急に将馬さんぽくなったでしょう。逞しくもなってきて、最近はいろいろと頼りになるんですよ」


 育てのパパに人前で『頼れる』と褒めてもらえて、拓人君も『えへへ』と嬉しそうだった。そこはまだ甘えたい男の子の顔に戻るんだなと柚希も微笑ましくなった。


 そんな拓人が柚希のそばにいる百花姉を見つけると、目を見開いて『あっ』と釘付けになった。


「お姉さんが、モモタロウ!? チヌークパイロットの二尉さん」


 凄い人に会ったみたいな拓人君の反応に、姉が仰天していた。

 しかも、呼ばれたら怒っている『あだ名』を、館野三佐がしっかりと息子に仕込んでいたので、それにも同期の三佐を密かに睨んでいるし、やっぱり館野三佐は姉の視線をかわして、そっぽをむいた。


「初めまして。館野拓人です。三佐の息子です。お姉さんのお話、父からいっぱい聞きました。会える日とっても楽しみだったんです」


 大人びたご挨拶に、もう柚希が感動――。


 たっくん、すっごい男らしくなってる。お父さんにそっくりだし、いまは館野三佐のこと普通に自然に『お父さんの息子です』って言えるなんて! こちらが泣きそうになってしまった。

 でもその隣では、誰よりも父子を見守ってきただろう寿々花さんが嬉しそうに義理息子を見つめているので、柚希は涙を出すまいと必死に堪えた。


 姉も初対面の男の子にたじろいでいたが、すぐにいつもの自信に満ちた笑みを男の子にむける。


「初めまして、拓人君。柚希の姉で、百花です。そう、チヌークのパイロットだよ」

「いつも、芹菜ママがご馳走してくれるケーキに、チヌーク型のクッキーが乗っていて、それからチヌークというでっかいヘリのパイロットがユズちゃんのお姉さんと聞いて、会えるのすごく楽しみにしていました! しかもお父さんの防衛大学での同期って、すっごい偶然!」

「うん、お父さんは入学したときから優秀で、学年では代表になるぐらいだったんだ。だからみんなで『館野殿』って呼んでいたんだ」

「館野『殿』?」

「そうそう、殿様みたいなかんじ」

「えー、お父さんが殿様!?」

「で、私がモモタロウ。殿様が影であれこれ暗躍しているところ、私が表で大騒ぎ。自分は目立たないで手を下さず、なりふり構わず突っ走るモモタロウを駒にして結果を出すってやつね」


 え、お父さんが手を下さず、モモタロウを駒みたいに操って暗躍?

 と、解釈した拓人が『そんなことしていたのお父さん』と館野三佐を見つめたのだ。今度はあれだけ余裕を見せていた館野三佐が慌てた。


「人聞きの悪い言い方するなよ、モモタロウ。そっちが動いていることがわかったから、こっちもやりやすくなるように影でサポートしただけだろ」

「私だけ猪突猛進、馬鹿っぽく騒いだみたいになったじゃんか」

「馬鹿みたいに騒いで終わりそうだったところ、騒ぎで終わらないようにしてやったんだろ。あのまま力で押しきっても、神楽と女子たちが不利になって終わるところだっただろ」


 なにがあったのやら。館野三佐が冷静で正論だったのか、百花姉が黙り込んだ。


 そこでまた父と寿々花さんが入ってくれる。


「もーさあ、玄関先で言い合うの終わりな。積もる同期生の話は、テーブルでしたまえ」

「そうよ。将馬さんったら、どうしたの。同期生だとムキになるのかしら。いつもの将馬さんじゃないみたい」

「うん。お父さん。やっぱりモモタロウと同級生だから? 三佐ぽくない」

「うん。俺もこんな将馬さん、初めて見たな。俺も聞きたいな。モモタロウの鬼退治、アンド、館野殿の暗躍計画」


 拓人君と岳人パパまで食いついてきた。あの館野三佐が『たいしたことじゃない』とまたムキになって言い返していたので、館野ファミリーに笑いが沸き起こった。


 ああ、仲睦まじいご家族として過ごしているんだと、柚希もほっとできる光景だった。


 玄関でわいわいと挨拶をいつまでもかわしていてもと、やっと館野家も玄関からあがってリビングへ向かう。

 リビングに入ると待ち構えていた芹菜義母がキッチンから笑顔を見せた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ。賑やかな声がここまで聞こえてきて嬉しいわ」


 館野家の誰もが芹菜ママの出迎えに笑顔を輝かせた。

 すぐに飛び出したのは拓人君。


「ママ、ひさしぶり! ママに会えるの楽しみにしていたよ」


 当然、芹菜義母も拓人君の成長を目の当たりにして驚いている。


「たっくん! 去年会った時より、すごく背が伸びてない? え、お顔もお父さんにそっくりになってきて!」

「えへへ、もうすずちゃんを越しそうなんだ。もう芹菜ママは越しちゃったかな?」


 小柄な芹菜ママの隣に拓人君が並ぶとほぼおなじになっていて、ここでまた皆が驚き、もちろん芹菜ママも驚愕して拓人君とおなじ高さで目線を合わせている。


「えー! たっくん、嘘でしょ!」

「俺、いまクラスでいちばん背が高いの」

「俺、……オレって言ったの? たっくん??」


 すっかり男っぽくなった拓人君を目の前に、芹菜義母はもう目をパチクリさせてばかりだった。

 そこへ岳人パパが笑いながら近づいてきた。


「お久しぶりです。最近『もう僕と言うのはやめる』と切り替わったばかりなんですよ。食べる量も増えて大変です」

「もう~イケメンが三人押し寄せてきた気分よ!」

「お、拓人。大人イケメンの仲間入りできそうだぞ」

「え、別に、イケメンとかいいよ、そんなの」


 ちょっと気恥ずかしそうに素っ気なくそっぽを向くのも、すでに男子の素直じゃない照れが出始めているのかなと、柚希はそっと笑っていた。それは柚希だけじゃなく、そこにいる大人一同もだった。


「でも懐かしいわ~。広海も突然背が伸びて、あっという間に越されちゃったのよね。あの時の嬉しいやら、寂しいやらの気持ち、ちょっと思い出しちゃった」


 男子のママだったのは本当のことだから真実味があり、芹菜ママは息子の広海と拓人君を重ね合わせしみじみとしている。


「やっとママに会えて嬉しい。ずっと会いたかったんだ」


 それでも拓人君がまだ小学生で無邪気なのもかわらない。ママにそっと抱きついてきたので、芹菜母も嬉しそうだった。


「たっくんがいっぱい食べるようになったと聞いて、ママとユズちゃんでいっぱいご馳走を作ったのよ。たっくん、いっぱい食べていってね。もちろん、最後は『チヌークケーキ』もあるわよ」

「やった。俺、チヌークケーキ大好き! 今日はモモタロウお姉さんから、チヌークの話をいっぱい聞きたくて楽しみにしていたんだ」

「ねえ、チヌークかっこいいわよね! ママも大好きなの。ほんとう、一度乗ってみたいわ~。あんな大きなヘリコプターをモモちゃんが操縦しているってだけで、もう嬉しくてドキドキで誇らしいの」


『チヌーク』のひとことで大興奮、芹菜義母が瞳をきらきらさせると、拓人君も同調してきらきらとした目を百花姉にむけてきた。


「俺も! すげえよ。だって、救援物資とか決めた場所にピンポイントに投下できたり、装甲車とか釣り上げて運んじゃうし、落下傘部隊の隊員をぽいぽい投下させたりとか! せんぶ、モモ姉さんができるってことでしょ!」


 ここまで尊敬の眼差しを向けられたら、さすがの百花姉も照れくさそうに、頬を染めている。


「いやあ、照れるなあ。まさかの館野殿のご子息にそんなふうに褒められちゃってさあ」

「はい! 俺はその落下傘で、この奥さんのヘリから落とされまくってきた男です!」


 また心路義兄がハキハキとした声で手を挙げた。そのひとことを聞いて、またまた拓人君が目を見開く。


「そうだ! モモタロウ姉さんの旦那さんは、第一空挺団だったんだ。すげえ!!! 落下傘で降下してる人、初めて見た!!」

「でも、まだ冬レンジャーはこれからなんすよ。次の冬にお父様からビシバシご指導受ける予定です!! お父さんすごいんすよ。スキーめっちゃ上手いんすよっ。自衛隊スキー検定は今年ご指導受けて、合格したばっかりなんす。お父さんから直々にご指導うけましてね。めっちゃうまくてオリンピックいけるんじゃないかって言われてるんですよ」


 自分より教官になる拓人君のお父さんを持ち上げる心路義兄だったが、拓人君はそれでも心路義兄のそばにくると、その胸板の厚さに触れて驚愕していた。


「すっげ、すげえ。筋肉もりもり! お父さんより、神楽パパ教官よりもりもり!!」

「実は、俺がホンモノのゴリラだったりします。うほうっほ」

「それ、神楽パパがするやつ……!!」


 父のお得技を、婿になる心路義兄が筋肉もりもりの腕を見せながら披露したので、拓人君が大ウケしてゲラゲラと笑い出した。

 もう食事が始まる前から大賑わいで、大人たちの笑い声がいつまでも沸き起こってばかり。


 芹菜義母の『さあ、食べましょう』というかけ声で、館野ファミリーが気兼ねない様子でダイニングテーブルの椅子にそれぞれ座って揃った。


 父の音頭で軽い乾杯を済ませるとお食事スタート。もう拓人君は百花姉と心路義兄のそばから離れず、習志野駐屯地でどんな訓練をしていたのかと興味津々でおしゃべりを楽しんでいる。


 館野夫妻はいつもどおり、父の勝と近況報告で盛り上がっている。

 岳人パパは気配り上手なので、キッチンを行き来している芹菜義母を手伝っているくれている。料理や掃除などが好きなパパさんだから、主婦の義母と和気藹々となるのはいつものこと。


 柚希と広海も、父・勝がいるそばに席をとり、館野夫妻と会話で盛り上がる。寿々花さんと柚希は年齢が近いこともあり、共通の話題も多いから気易いところもある。


「寿々花さん。清花ちゃん、ますます女の子らしくなりましたね」

「柚希さん。先日は、荻野の本店でお世話になりました。ママ友さんたちにも感謝されちゃいました。こもれびカフェの予約席での茶話会、好評でした」

「いいえ~。跡取りの千歳お嬢様もすっかり二児のママさんで、最近はおなじようにママさんのためになるお店作りに力を入れているから、試験的導入に参加してくれて助かったと言っていました。お世話になったのはこちらですよ」


 そんなママ同士の繋がりも柚希を通して出来上がっていた。

 柚希はまだ子供はいないが、先輩ママさんたちが揃っていて、今後は仲間入りしても心強いなあと感じているこのごろだった。


 千歳お嬢様の話題が出てきたので、夫の広海も話題に入ってくる。


「ママさん茶話会用のスペース確保と予約制のシステム、寿々花さんがお試ししてくださって、ママさんアンケートも率直に書いてくれるようお願いしてくださって、よいご意見いただけました。荻野も非常に感謝しておりまして、今日、会うことを伝えたら是非御礼をと言っていました。御礼も今日、預かっています。『こもれびカフェのランチチケット』なんですが、今度は音楽隊の同僚さんといらしてください」


 千歳お嬢様のお側で補佐をしている夫からのことづてに、寿々花さんが『そんな』と遠慮を見せる。


「いいえ。是非。昨年、音楽隊演奏会にご招待してくださったでしょう。あれも母がとても喜んでおりましたので、荻野製菓としてだけでなく、俺個人からもそのお返しです」

「寿々花さん、是非そうして。千歳お嬢様もおなじ女性として、自衛隊で頑張っている女性にひとときの安らぎになればと強く思っているの」

「そうですか。では、ありがたくいただきます。堂島陸曹も、こもれびカフェの大ファンなので一緒にいかせていただきますね」


 夫、広海の手から『こもれびカフェのランチチケット』の封筒を手渡した。この後も食事をしながらの会話はやまない。

 芹菜義母も岳人パパと並んで、やっと席に落ち着いて食事をはじめる。

 芹菜ママがテーブルにつくと、拓人君はパパのそばへと席を移った。

 やっぱり、パパが大好きなんだなと柚希は目を細める。

 血縁の父ではないと知っても、やっぱりパパはパパということは誰の目から見ても明らかなほど、いつまでも仲睦まじい二人の姿だった。


 そんなお洒落な岳人パパに甘えるように隣に座ったと思った拓人君が、急に、会話に花咲く大人たちへと声を張って告げた。


「聞いて、聞いて。パパに恋人ができたんだ」


 えっ! ギョッとした顔をそろえたのは、小柳・神楽家一同だった。

 岳人パパも突然だったのかギョッとして『こら、拓人』と息子を諫めたがもう遅い。

 でも恋人って……? 拓人君と岳人パパはどうなるの?

 でも館野三佐も寿々花さんも、にっこりとしている。

 あちらではどうなっている? とても気になる近況報告だった。


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