5.自衛官集合!(*゚∀゚*)!


 やると決めたら姉は徹底的にやる。


「いやー、ごめん。やっぱ私はこうなっちゃうんだよー」


 あんなに芹菜母風のかわいいカントリーに憧れていた様子を見せていたのに。いざ姉が本気でコーディネートを始めたら、現代都会モダンシティ風、機能優先クールなキッチンに整ってしまっていた。

 シルバーと欅風ダークブラウンの木目板の2種だけで統一されたNY風? でもすっごい洒落て見えるのは、ご指導がやっぱり芹菜義母だから?


 キッチンのコーディネイト完了したよ――という百花姉の報告で、柚希と広海も共に休暇だったこともあり、芹菜義母を伴って神楽家へと向かう。


 そのキッチンが『そっち系で納得したんだ』という予想外の仕上がりだったので、柚希と広海は一緒に呆気にとられていた。

 芹菜母は監修に携わったので、出来上がりに『やっとできたわね。凄いわ、素敵だわ』とほくほく笑顔だった。


 父も心路義兄も揃っている休日で、キッチン大集合。

 姉は一路をおんぶひもで背負っていて、でも胸を張って仕上がったキッチンを『どうかな』と披露してくれた。


「いちばん多く使う器具は手が届く範囲。片手で取れるよう露出的収納、引き出しの中は完璧カテゴライズ」


 どこもかしこも、きっちりキチキチ綺麗に収まっていて、ある意味、理系的。まさに合理的に作業ができるよう追求している自衛官そのものだった。


 これに感動したのが、やはり夫の心路義兄。


「うおーー、さすがっす。神楽二尉! これなら俺も使いやすい。俺のモモさん、やっぱすげえ!」

「そうだろ、ヒガシ。レンジャー課程を通過した者ならば、ここまで突き詰めてあたりまえってやつだよなあ」


 さらにもうひとり感動している男が。


「おおおお。父ちゃん、自宅ではめんどくさいと思っていたけれど、さすが百花。やるとなったら徹底してやってくれたなあ。これは使いやすそうだ。うん!」


 自衛隊に関係している三人はしっくりしているようだった。

 だが柚希は唖然。だったら、あの時の姉の思い詰めようはなんだったのよ――と言いたい。

 姉がここまでキッチンを思うままに整えて満足げにしているそのそばには、一緒にコーディネイトを手伝った芹菜母もいる。義母も満足そうにニコニコしていた。


「楽しかったわー。私では絶対に選ばないコーディネイトをお手伝いするのも楽しいものだって初体験だったの」

「芹菜ママのアドバイスがなければ、私の好みでもここまでハイセンスにはならなかったと思うの。ありがとう、ママ」


 なんか芹菜義母の前では、妙にしおらしくて女性的な言葉遣いに自然になっているモモ姉。芹菜義母も嬉しそうだった。


 広海も感心のうなり声をだしながら、あちこち覗き始める。


「俺の母とは異なるセンスだけど、これはこれで現代的でお洒落だな~。母の乙女チックは女性受けするけど、お姉さんのクールセンスはユニセックスで男性でも受け入れられそうだな」


 男性目線だと芹菜母のセンスより、モモ姉の現代シンプルのほうが受け入れやすいようだった。

 芹菜母もモモ姉が自分で選びはじめると、『こんなクールなのもいいわねえ』とお手伝いするたびにわくわくした顔を見せていて、ここしばらくの日中は、百花姉とふたりであちこち買い物に出掛ける日々を送っていたようだった。


「それにしても、自衛官さんってすごいわー。この整理整頓術、私も参考にさせて。お道具の配置も、合理的なんですもの」

「ママの参考になって嬉しい!」


 百花姉が、誰もが知っている自信に満ちあふれた笑顔をみせてくれるようになって、柚希も嬉しい。

 最近はおんぶひもで一路を背負えば、どこでも移動可能、なんでも行動できると、姉が座ってじっとしている姿などみたことがない。

 よく考えたら姉も過酷な陸自訓練課程を経験してきたのだから、一路ぐらいの重さを背負うなんて軽々なんだろう。一路がまだ心許ない乳児の体格だったから丁寧に扱いすぎていただけ。いまはもう0歳児も後半にさしかかってきたぷっくりぷくぷく逞しい赤ちゃんだから、最近の姉は一路をひょいひょい背負って忙しく動き始めていた。一路もママの背中にいつもいられてご機嫌で、なんなら場所もかまわずすやすや眠っていることもあって気ままに見えた。


「あら、一路君。さっきまでおねんねしていたのに、お目々が覚めたらまたご機嫌ね。ほんとかわいいわね、かわいい」


 芹菜義母もかわいい赤ちゃんがいる毎日で楽しそうだった。

 娘がふたりできて、赤ちゃんもそばにいて、芹菜義母が夢描いていた『娘との生活』が叶って、毎日が充実しているとよく言っている。


「そうだわ。これ、モモちゃんのキッチン改装完了、芹菜ママからのお祝いね」


 モモちゃんがここまで頑張ったご褒美よと、芹菜母が大きめのフラワーベースを差し出した。

 モモ姉コーディネイトに合わせたシンプルな筒型の白と黒ペアのもの。陶器でできていて質がよいからなのか、シンプルなのにとても上品に見えるものだった。

 そのフラワーベースを芹菜義母は、シンプルキッチンの窓辺ちかく、余っているスペースに置いた。そこにいま庭に咲き始めたチューリップを色違いで、一輪ずつ生ける。とたんにシンプルなキッチンのそこだけ色が際立ち華やいだ。


「季節のお花や、葉っぱがある草や枝先だけでもいいわ。野花でもぜんぜんいいのよ。なければないで、インテリアにして放っておけばいいからね。気が向いたら手をかけたらいいのよ」


 百花姉の表情が輝く。シンプルキッチンでも、一点だけ華やいでいればそれだけで際立ち、お洒落になる。しかも気負わずに放置していてもOKというアドバイスも嬉しいようだった。


「ありがとう、芹菜ママ! 大事にします」

「気が向いたら、俺も花を探してきます!」

「あら、心路君が見つけてくるお花のほうが楽しみね。ママも自衛官さんの整頓術、真似させてね。とっても素晴らしいわ」


 芹菜母は芹菜母らしく。百花姉は百花らしく。それでいいし、人ぞれぞれ長けていることがあって、人に尊敬されたり尊敬したりもそれぞれが違う形で持っているものだと、百花姉も心路義兄も気もちが軽くなったようだった。柚希も今回の件で学ばせてもらった気持ちだ。


 父も長女が徹底的に整理したキッチンの変貌に感嘆のため息をこぼしながら、あちこち引き出しを開けて嬉しそうにしている。


 そんな父が家族が揃っているそこへと振り返ったと思ったら、唐突に報告してきた。


「あ、また館野一家を呼ぼうと思っているんだ。百花の出産祝いをしたいらしいよ」


館野たての』とは、父が教官時代に最後に受け持った冬期レンジャーの教え子自衛官。いま真駒内駐屯地に勤務していて、今度は彼が冬季遊撃レンジャーの教官になっている。三佐に昇格していて、とても優秀な自衛官。その前は、真駒内に所属していた旅団長、陸将補の副官を務めていて、そちら上官のお嬢様と結婚された方だった。


 柚希も、父が結婚式に招待された時にお供したことがあり、その時から顔見知り。この家ができた時も新築祝いに、結婚したばかりの奥様と、息子さんと、息子さんの育ての親である男性と訪ねてきてくれた。

 奥様の寿々花さんも自衛官で音楽隊隊員。愛らしい奥様で、義理の息子になる拓人君とも仲が良く、複雑な家庭環境だと聞いてはいたが、育ての父親である岳人さんも交えて、仲睦まじいファミリーを構築している方々だった。


 拓人君と寿々花さんはたまに本店に買い物にきて顔をよく合わせているので、年齢が近い柚希は『久しぶりにゆっくりお話できそう』と嬉しくなったのだが――。


「え、館野……君、がくるの……」

「え! 館野教官がくるんすっか!?」


 自衛官のふたりが真っ青になっていた。


「うん。おまえたちの出産があったから遠慮してくれていたけど、館野一家はうちにはよく来てくれていたからな。とくに拓人君が芹菜さんのお料理が好きで、ケーキを焼いたりなんだりするんだよ。父の日はもう恒例かな。そんな気構えるなよ~。館野だって、プライベートではただの館野なんだからさ~」


 でも自衛官二人は震えていた。


「だって、あの 殿、だよ!」

「そうっすよ、お父さん!! 俺が冬季課程受けるときの教官!!!」

「あの笑わない男がうちにくるの!? 気難しくてヤダ。しかも、あの人、私のことさ……」


 なんで? 館野さん、すんごく綺麗なお顔の素敵なお兄様なのに。イケダン、イケパパ、イクメン、すべてが揃っているうえに、ぜんぜん優しいお兄様なのに?


 柚希は首を傾げたが、自衛官の姉と義兄は、元教官の父に『なんで呼んだの』、『俺の立場どうするんですか』と本気で食ってかかっていた。


 そんな姉と館野三佐は同期らしい。

 互いに美男と美女で、防衛大学の同期間では有名で、それなりに顔見知りだったのだとか……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る