19.報告します!


 お姉ちゃんが久しぶりに帰省をして、一緒に過ごせることを楽しみに待っていたのに。さらに婚約を報告したり、彼とお母さんを紹介したり、お姉ちゃんのサプライズ結婚報告で盛り上がったりなんてことを想像してワクワクしていたはずなのに。


 父がなにを考えているのかわからず、柚希の頭の中をクラクラさせながらの『お姉ちゃんお帰りなさい』になった。


 柚希の勤務中に姉がカレシと訪ねてきたその日の夜。家族揃って焼き肉店で食事をする予定だった。

 そこは広海が手配をしてくれた。車椅子もゆったりと入れる個室があるお店だった。

 姉もヒガシ兄さんも、荻野姉弟には負けるが大食漢なので焼き肉と聞いただけで『楽しみ、楽しみ』と喜んでいた。



 仕事を終えた柚希は制服から私服に着替え、サッポロビール園へ。

 指定の焼き肉店に到着、案内された広めの個室では、既に両家が挨拶を交わした後のようで、広海と姉の百花が楽しそうに会話を交わしていた。

 最後に到着した柚希に、待っていてくれた家族の皆が『お仕事、お疲れ様』と笑顔で迎え入れてくれた。


 神楽家と小柳家が向かい合う形で席を取っていたが、柚希の席は小柳側、広海の隣になっているようでそこに座って落ち着いた。


「よし、そろったな。じゃあ、飲み物から行こうか。ヒガシ君、せっかく札幌まで来てくれたんだから、今日は遠慮はいらないよ。たんと食え」

「元上官から許可でましたね。それでは遠慮なく!」

「おい、いまの上官から許可出てねーからな」


 実は姉が若干歳上で、一階級上。ヒガシ兄さんは後輩で下官になる。だから、部署と職種は違えど、自衛官となると姉に逆らえないのだ。


「えー、二尉ったら。こんな時にそんなこと言うんですかー」

「飲みすぎるんじゃねーぞ。陸自のやつら際限ないとか言われたくないだろ」

「こら。百花。休暇中に上官風吹かすな。ごめんな、ヒガシ君。男みたいに育てちゃって」

「いや~、そこに惚れて惚れて百花さん争奪戦で勝利しただけで、俺は幸せなんですよ。教官」

「いや、だから、父ちゃんはもう教官じゃないから」

「あの、冬季遊撃の教官っすよ! 強者じゃないっすか」

「君だって、夏季レンジャーに空挺レンジャーとってるでしょ。第一空挺団なんてエリートだよ! なのにこのモモっ子たら、空挺団の男を捕まえておいて、二尉というだけで偉そうに」

「はい。すみませんでした。元三佐」


 姉がしおらしく素直に頭を下げたので、ヒガシ兄さんが『うわ、さすが教官』とおののいている。

 でも次には姉は女らしい笑みを見せて、ちょっと照れ笑いを見せた。


 そんな賑やかな自衛官ファミリーを目の前にして、芹菜母も広海も楽しそうに笑っている。


「ユズちゃんはかわいいけれど、百花さんもとっても素敵なレディさんね。しかもかっこいいわ。素敵!」


 上品な奥様である芹菜母にそう言われ、あの姉が気恥ずかしそうにうつむいた。男ばかりの世界にいると男勝りのほうが調子が出るけれど、優しい雰囲気の女性の前では、女らしくしなくちゃと焦るらしい。


「今日、初めてお目にかかって、妹の義理のお母様になられる芹菜さんのほうがとても素敵ですよ。妹からうかがっています。女性らしいお部屋を上手に作られていると。こんど、是非、私も参考にさせてください」

「まあ、嬉しい。ぜひぜひ、いらして。女性パイロットの方が親戚になるなんて、あちこちに自慢しちゃうわきっと」

「芹菜さんもぜひ。今度は駐屯地の一般公開にいらしてください。車椅子でチヌークに乗れる手続きとりますよ」

「ほんとうに!? ねえ、広海。聞いた? ね、その時は連れて行ってね」

「もちろんだよ。俺も目の前で見てみたかったんだ」


 和気藹々とした会話が弾んでいくので、柚希もホッとして一緒に笑い合っていた。

 スタッフがオーダーを取りに来る。父がメニューを広げ、各々の希望を聞きながら伝えていく。

 ジンギスカンの肉に、一般的な焼き肉に、ラーメンサラダ、蟹足、それぞれ希望のアルコールなど。オーダーを取り終えるとスタッフが部屋を出て行く。


 そのタイミングだった。急に父の表情が硬く変化したように柚希には見えた。『結婚とは』と柚希に厳しく説いたあの時の父に似ていたから、柚希はドキリとする。


「芹菜さん。先に話しておいてよろしいですかね」

「そうですね。それからゆっくりお食事したほうがいいかもしれませんね」


 対面するように座っている親同士が目線を合わせ、一緒に頷き合っている。

 柚希は隣にいる広海と顔を見合わせ『まさか』と緊張を募らせた。


「娘たち、そして広海君に伝えておきたいことがある」


 まさか、まさか。柚希と広海は揃って戦々恐々としたし、なにかを察していた百花姉も気構えた表情に固まった。


「百花、おかえり。ヒガシ君は遠いところから、娘と一緒に来てくれてありがとう。ひさしぶりに会えて嬉しいよ。そして、ふたりとも国防の職務、ご苦労様。今回、久しぶりの帰省だ。これからも職務第一、なかなか帰省はできないだろう。だから、このタイミングで伝えておく」


 姉の報告より、父が先?

 いつのまにか。隣にいる広海が柚希の手をテーブルの下で握りしめてきた。最後は父と母が選んだことを受け入れよう。ふたりでそう決めてここに来ることにしていた。もう心の準備は出来ている。


「いまの家を売ろうと思っている」


 え? 予想もしていないことを言われ、柚希と広海は一緒に呆然とし、姉は『どうして』と静かに聞き返していた。


「さらに、いま芹菜さんと広海君が住んでいるマンションも売りたいと芹菜さんは思っている」


 まず広海が驚き、隣にいる母に詰め寄った。


「母さん、どうして。いまのマンションは、車椅子でも暮らしやすいようにと事故の後に引っ越してきて、やっと住みやすくなってきたところだっただろう。お母さんが好きなようにコーディネートしてきて、好きな家になったところだっただろう」


 息子の必死の問いに、こんな時、芹菜母は母親らしく悠然と息子に微笑み返す。


「ユズちゃんとあなたと、勝さんと、皆で家族として暮らすためには、あの家を売ってもいいと思ってるの」

「え、勝お父さんも……一緒……」

「そうよ。お父さんの助けも必要だし、お父さんをひとりにしたくないの。話し合ってお父さんと決めたのよ」

「ちょっと待ってくれ――。最近、ふたりでよくでかけていたのは?」


 一緒に住むとしても『親同士も恋愛関係が含まれるのか』という疑惑がまだ広海の中では抜けていないから、ついに彼からそこに触れていた。

 そこも芹菜母は落ち着いて、悠然と返答する。


「四人で住む二世代住宅を建てられる土地を探していたの」


 二世帯住宅!?

 さらに、柚希と広海は揃って驚きおののいた。

 今度は柚希が身を乗り出して、向こうにいる父親に食ってかかる。


「お父さん! 二世帯ってどういうことなの? 私と広海君が一緒に住む空間と、お父さんと芹菜さんが住む空間と分けるってこと!? なに、お父さんと芹菜さんは……」

「うっわ!! 待て待て待て待て!!! ユズ、おまえ、なんの想像してるんだよ。というか……。あーー、そう見られる可能性もあったのか! 迂闊だった~」


 父が顔を赤くして目を覆って項垂れた。


「違う違う! ユズと広海君と芹菜さんが一世帯として暮らして、父ちゃんの独り暮らしで一世帯、それで、二世帯で住むってことだよ!」


「あ、」


 やっと『二世帯』の意味を知って、柚希は唖然としてフリーズ状態になる。


「母さん、いつのまにそんな話に……」

「広海、あなた。ユズちゃんと結婚すると、お父さんがひとりになることを気にしていたでしょう。それは母さんもよ。きっとユズちゃんもそうよね。お父さんがひとりきりになること心配なのに、我慢していたのでしょう」


 やはり芹菜母は、母だ。柚希のそんな気持ち、とっくに見抜かれていたようだった。三人で食卓を囲んで笑い合いながらも、若い息子とその婚約者の女の子の気持ちなど、年長者としてお見通しだったのだ。


「だから。お母さんから提案をしたのよ。これから起きること、いろいろと考えたうえでよ。最初、勝さんは『自分はひとりでも大丈夫。元自衛官だから、ひとり暮らしもお手の物だ』と遠慮していたけれどね」


 芹菜母の説明に、父も入ってきた。


「結婚をしても、柚希と広海君はこれまでどおり、芹菜さんの介助をしながらの生活になる。芹菜さんはいまでも充分ひとりで動いて生活はできている。だが、柚希に子供が生まれたらどうなるだろう。柚希が仕事を続けるとなったらどうしたらよいのだろう。芹菜さんはそこを案じていた。自分は頼りになる姑にも祖母にもなれないだろうと――。負担になりたくないとのことだった。芹菜さんが頼りにならないという意味ではなく、『物理的』に考えても、それは一理ある。だから父さんも考え直してみた。子供夫妻の手が足りないところは、父さんが差し伸べたらいいとは思っていた。だが、それなら、近いところがいいだろう。それなら、もう二世帯にしようかという話になった。準備できる方向性は決まりつつある。あとは、子供たちの了承を取る段階となって、今日ここで報告している」


 父と芹菜母が頻繁に会っていたのはデートでもなんでもなく、親として今後のためになるようにと、新しい家族になるための準備に奔走してくれていたということになる。


 こんな時も真顔で落ち着いて聞いていた姉が、父に問いかける。


「なるほどね。それで、実家の家土地を手放すから、帰省したタイミングで長女の私にどうしたいかと、父さんは聞きたいわけだ」

「そういうことだ。古くはなったが、おまえたち姉妹が育った家で、亡くなった母親との思い出もあるだろう。だが、小柳のお母さんと家をともにすることは、百花にもメリットはあると思う。おまえも、いずれ、結婚をして里帰り出産をすることもあるだろう。その時、片側一世帯に住んでいる父さんのところに帰ってくればいい。だが、すぐ隣には女手として芹菜さんがいてくれる。きっと、これから、おまえたち女の子が母親になるには、父さんより、女性の力が必要になることが出てくるだろう。それも見越してのことだ。百花、どうだ……。あの土地を売るにしろ、おまえにも相続の権利などいろいろある。その相談もしておきたかったんだ」


 その時だった。姉も隣にいるヒガシ兄さんとアイコンタクトを取った。

 彼がそっと頷いた。


「いいよ。父さんと柚希が決めたことに従うから。この土地に住み続ける妹夫妻のためになるようにしてやって。それで、父さん――。私も、これからのことなんだけれど、」


 姉がそこまでいうと、隣のヒガシ兄さんと揃ってすっくと立ち上がった。


「教官、いえ、お父さん。ひがし 心路こころ、百花さんと結婚をしたいと考えています。お許しをいただきたく参じました!」

「お父さん、お願いします。東君との結婚、お許しください――」


 姉たちも、家族が変化していく波に遅れまいと、ここで結婚のお許しをもらいたいという申し入れをしてきた。


 今度は、柚希と広海と芹菜母と並んでいる三人はハラハラと見守ることに――。


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