18.婚約ラッシュ!?


 広海君と緊急会議です!


 早番あがりだった柚希は、同じぐらいに退勤をする広海と、あの珈琲専門店にて集合。顔をつきあわせ緊急会議開始。


「どう思う? お父さんと芹菜さん。最近、ふたりであちこち一緒にでかけるの。一度ならず、二度、三度、四度」

「いや、最初は親族になるわけだし、お互いの親だから一緒にでかけることもあるだろうし、お父さんが母の介助を俺の分までかって出てくれているのかと思っていたんだけれど。それにしては頻繁だよな」

「ねえ、もし父と芹菜さんが再婚とかしたら、私と広海君は義理の兄妹になっちゃって、それで連れ子同士になるかもしれないし、子供同士で結婚できるの? 法律がわからない」

「お互いの親と養子縁組しなければ親子とはならないから結婚はできるはず。それに義理兄妹になったとしても、子供は成人済みだから選択は自由のはずだ」


 自分たちが婚約をした途端に、親たちが単独で行動するようになったかと思ったら、まさかの親同士のおでかけ頻発。もちろん、どちらも独身だから結婚だって自由。だが娘と息子が結婚しようという時に、そんなに男女として接近するものなのか? 自分たちの親の今までを振り返っても、柚希の父も、芹菜母も、そんなに大胆に色恋事にすぐシフトするような性格ではないと思いたい。

 どちらも物事には筋を通して順序立てて、不義がないように選択ができる親たちのはず。


 どちらの親も尊敬できるし、再婚だってしてもいい。もし再婚したいと言いだしても、どちらもこの上ないお相手だと、子供の立場で広海も柚希も揃って言える。


 でも、どうしても拭えない複雑な気持ちはなに?

 結局、『俺はマザコン』で、柚希に至っては『私、ファザコンだった!?』という戸惑いも渦巻く。


 だから柚希の頭の中はぐるぐるぐるぐるしている。


「落ち着いて。柚希。たぶん、お父さんも時間が自由な勤怠スタイルだから、俺と柚希の負担にならないように、親同士でやっていることだと思うんだ」

「いよいよになったら。お姉ちゃんに相談しようかな……」

「でもなあ。余計な心配はさせたくないよな。遠くにいるし、精神集中しなければならない職務を背負っているし」

「そうして気遣って、後で『どうして相談しなかった』と怒られることもあるから。早めに伝えたほうがいいにはいいかもしれない」

「うーん。お姉さんとヒガシさんの帰省、もうじきだろ。帰ってきてから相談してみるとか」

「そうだね……」


 いったいどうなっているのか。二人でひといき、アイスカフェラテを味わっているときも、テーブルに置いているふたりのスマートフォンから、同時に着信音が聞こえた。


「お父さんからだ。『芹菜さんと食事をして帰ります。ご自宅まで送るから広海君に20時までには帰ると芹菜さんからも伝言送ってくれた』――だって!」

「俺もだ。『勝さんと食事をして帰ります。送ってくださるとのことなので20時までに帰宅します。夕食はありません』――だってさ!」


 お互いのスマートフォンを付き合わせ、あちらも仲良くお食事をすることになっていて驚愕する。


「もうしかたがない。俺たちもどこかで食事をして帰ろう。柚希は今日は実家に帰るんだろ」

「うん。そのつもり」

「それなら早めに食事をして、遅くならないように帰宅しよう」

「気になっていたんだけど……」

「うん?」

「ここの焼きうどん……美味しそうだったから……」

「いいね。外も暑いし、ここでこのまま食事をしていこう」


 伊万里的フルコースを思い出して、やっとふたりで笑えるようになる。

 マスターを呼んで、焼きうどんとピザをシェアしようということになった。

 まだ彼がもう少し若いときの荻野姉弟大食いエピソードを聞いて、柚希は驚いたり、一緒に笑ったりして、モヤモヤしていた気持ちが晴れていった。


 食事を終えて外に出ると、さすが北海道、少し気温が下がって湿気もないので夜風が心地よく吹いていた。

 テレビ塔も夏の涼しげな色合いのライトアップになっていて、広海と一緒にお互いが向かう駅の別れ道まで歩いて行く。


 彼がそっと手を繋いでくれる。柚希も握り返して、背が高い広海の顔へと見上げて微笑む。もうこれも自然なことだった。


「二人きりになるって、あまりなかったな」

「そうだね。でも三人が自然だよ」

「母さん。気を遣ったんじゃないかな。二人きりにしたいって」

「結婚したらそんな時間もできると思ってるよ」


 なのに。そこで広海が強く柚希の手を握り返してきた。ちょっと汗ばんでいるように感じる。


「ほんとうは……。俺の自宅に柚希が夜も一緒にいるとき。けっこう耐えているというか……」

「そ、そうなんだ……」

「でも。あの家ではどうしても。まだその気になれなくて。柚希の実家など以ての外だ。だから……」


 いまここにはふたりきり。

 お互いの父と母の心配はいらない。しっかりした柚希の父が、安全に彼の母を守ってそばにいるから、今は心配などない。だから……。その先が柚希にも通じる。


「遅くならないようにするから」

「は、はい」


 柚希も決した。あんなに親のことで一緒にもやもやしていたのに。

 そういうこと? そうなの? どうなの?

 それでも、婚約した彼と惹かれ合う気持ちも止められない。


 広海と柚希はその気持ちのまま。ふたりきりになれるところへと向かう。


 夏の肌は汗ばんでいるからきちんと流して。

 でもほてる肌の熱さに触れた彼が『ユズらしい甘い匂いがする』と優しく微笑んで、柔らかいところに口づけてくれた。

 彼からは緑の匂いがする。あの優しい空間で育まれた柔らかで穏やかな、優しい匂いだ。男っぽい荒々しさは想像しがたい彼だけれど、濃厚な蜜にゆっくり深く沈み込んでいくような、甘さが身体中にまとわりつく愛し方をしてくれた。

 最後の濃密なキスを交わしたとき、柚希はやっと『愛している』という熱い気持ちを知った気がした……。




 父と芹菜母が頻繁にでかけているなと思ったら、あるときからぱたりとやんで、いつもの父と母に戻ったようだった。

 やがて父が小柳家の食卓に加わるようになった。広海が誘うと『では、お言葉に甘えて』と遠慮なくやってくるようになった。

 あれはなんだったのだろう。広海と話すが、やっぱり二人きりにしてくれたんじゃないのかとか、芹菜母がひとりで『お父さんも遠慮なく我が家に来てください』と説得してくれたのではないかと思うことにしておいた。




---😇📡ꉂꉂ




 千歳お嬢様たちと、楽しい石狩ドライブも決行済み。徐々にプライベートでもお近づきに。一緒に食事をしたり、以後もダブルデートでドライブすることも増えてきた。伊万里主任と芹菜母も一緒に連れて行くことも多い。


 北国の短い夏が早足で過ぎていこうとしているころ。

 店頭でいつもどおりの業務をしていると、入店された女性を一目見て柚希はギョッとする。

 ちょうど手が空いていて接客待ちをしていたのだが、その女性と目が合うと彼女から手を振ってきた。


「ユズ、ただいまー。来ちゃったよ」

 隣には超マッチョなお兄さんまで。

「ユズちゃん、ただいまー!」


 黒のノースリーブブラウスに白いパンツ、しかも黒いサングラスをかけているモデルのようなショートカットの女性が、颯爽と歩いて柚希に近づいてくる。


「お、お姉ちゃん。家じゃなくてお店に来ちゃったの」

「うん。先に部隊とか同僚先輩上官への土産を確保しておこうと思ってさ」


 寺嶋リーダーも、後輩の綾音ちゃんも、目を丸くしてこちらを見ている。思わず柚希はリーダーに告げる。


「姉です。こちらは、姉のカレシさんです」


 夏の商戦時期を過ぎて、客入りも落ち着いている時期だったため、店内のお客様もまばら。ほかのスタッフがほぼカバーできている状態。なので、寺嶋リーダーが柚希のそばへと挨拶にきてくれる。


「まあ、神楽さんのお姉様?」

「はい。姉も自衛官なので」

「え!? お父様だけじゃなくて!」

「姉は現役の陸上自衛官でヘリコプターのパイロットです。こちらのお兄さんは第一空挺団の隊員さんです」


 寺嶋リーダーがさらに驚きの声を出したが、少し離れたところにいる綾音ちゃんまで『え、パイロット!』と驚いている。

 モデルみたいなクールビューティーな姉だが口を開けばそうでもなく。


「柚希に頼んだら間違いはないだろ。ここのお菓子、お土産ですごく喜ばれるからさ。見繕ってくんないかな」


 男勝りな口調に、ついに目が点になった寺嶋リーダーが黙ってしまった。ほんとうに神楽さんのお姉さんと言いたそうなお顔をしていたので、柚希も苦笑いしか出てこない。

 リーダーの許可を得て、妹の柚希自ら、姉を接客することに。


「ギフトセットがおすすめかな。人数とか好みとか、あとアレルギーとかあれば教えて」

「これ。個人的にもいろいろ頼まれたメモなんだ。どれぐらいの量のものを選べばいいか、分けたらいいか、わからないんだよ」

「どれどれ。うんうん。なるほど。お待ちくださいますか」


 バックヤードに入って、空いているギフトボックスを持ってきて、店頭で姉というお客様の前でバラ売りの菓子をメモのお好みに従って詰めてみる。


「既にセットになっているものよりも、お好みのお菓子を選んで詰められます。個人に合わせたセレクトにしてみますね」

「お、いいね」

「お洒落なイラスト付き缶もありますよ」

「うん……」


 男勝りな姉が、こんな時に柚希を優しく見下ろしていた。

 背が高い姉のそんな目線に気がついて柚希も見上げると、女性らしい微笑みを見せているのでドキリとした。こんな時の姉は超美人で色っぽいのだ。後ろで黙って付き添っているだけのヒガシ兄さんも、そんな姉を優しく見つめている。


「お仕事、立派にしてんだね。ちょっと姉ちゃん泣きたくなった」

「えー。お姉ちゃんだってすごいお仕事しているじゃない」

「人のために一生懸命の柚希が変わっていなくて、この仕事が好きで、似合っているなと思ったんだよ」

「お姉ちゃんに言われると恥ずかしいよ」


 制服姿の妹をしみじみと見下ろしているので、そんな姉の眼差しに柚希もちょっと胸に込み上げるものが……。


「ああ、ここに先にきた理由がもうひとつ。仕事中に悪いんだけれどさ。父さんが変なかんじなんだよ。ちょっとさ。ヒガシを連れていく前に、柚希がなにか知っていないかと思ってさ」


 いろいろと心当たりがある柚希はドキリとする。

 父が『百花が変』と言って訝しんでいたのは、姉が結婚の挨拶をするだろうことを黙って帰省するから。

 姉が『父が変』というのは……。次女の婚約者の母親と親密そうなことが原因?


 ちなみに姉には既に『婚約した』ことは報告済み。姉もそのつもりだろうけれど、柚希自身もまだ姉から正式な報告はもらっていない。おそらく最初に知らせたいのは父親なので、妹に先に教えるつもりがないことは、柚希も感じ取っている。

 なので、姉が婚約するだろうことはまだ柚希から聞けずにいる。姉も妹の婚約を喜んで祝福してくれたが、自分がどうするかは教えてくれなかった。


「私にさ。帰省した時に大事な話があるとか言うんだよ。柚希が婚約したこととは別とか言うんだ」


 父がそんなことを姉に言っていたとは知らず、柚希は吃驚する。

 ちょっと待って。私もお姉ちゃんも、まさかのお父さんも、皆が皆『婚約します』とかじゃないよね!?


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