20.マザコンも福を呼ぶ

 姉の百花と恋人のヒガシ兄さん、柚希が予測していたとおりに、結婚したいと父に報告をするための帰省だった。


 父の勝に、自衛官らしいピシッとした姿勢のお辞儀を揃え、頭を下げたまま静止している。

 父はこれまたちょっと目を瞠って驚きを見せていた。

 さて父、どうする――と、柚希も固唾を飲むのだが。


「あ、うん。わかっていた。というか、遅いよー! やっとだな、やっと!」


 案外、けろっとしていた。

 いつもの愛嬌あるとぼけた笑顔を見せたので、柚希はホッとして肩の力を抜いた。それは隣の広海も、芹菜お母さんも『よかった』と優しい笑みを見せてくれている。


「というかさ。百花、おまえ普段が男勝りで勢いありすぎだから『しおらしい』時って怪しいんだよ。そこわかりすぎ。職務でここ足枷にならんように要注意。連絡してきた時に『おや』と思ったわ」


 日頃、男勝りフルパワーの姉が、大事な時になると大人しい様子になるのですぐにわかると元教官に言われ、百花姉、どっきりとした顔で固まる。


「そして妹のユズにかまをかける。仲良し姉妹、姉からなにかを聞いているだろうと『姉ちゃんの様子がおかしいんだよ、なにか知っているか』と聞いてみる。ユズの返答は『にゃんにも』。正直者で純粋な妹は、緊張をすると噛み噛みになる」


 わー、やっぱりあの時にバレていたと、柚希の顔が熱くなる。

 隣で広海が『にゃんにも?』とくすりと笑いをこぼし、芹菜母に至っては『まあ、かわいい』といつもどおり、柚希を小さな女の子みたいに感じて頬を綻ばせる。


「で、恋人のヒガシ君が珍しくも一緒に来るということは? ちょっと覚悟しておくか、とね。でもこれで、姉も結婚を考えているのかもしれないな、それなら――と芹菜さんからの提案を受け入れる腹も決まったわけ」


 姉妹揃って『お父さんには敵いません』と項垂れた。

 屈強の男たちをまとめあげてきた、精鋭の教官だった人だ。人の心理に行動には目端が利いて当然。ちょっとの気の緩みで全て読み取られていたということだった。


 だが今度は父が席を立ち、姉と並んでいる体格の良い青年へと頭を下げた。


「ごらんのとおり。男勝りな娘です。でも、なによりも、百花のそばにいるパートナーが、強い男以上に、優しい君であって良かったと思っている。どうぞ、百花をよろしくお願いいたします」


 父親としての姿に、あの姉が涙を浮かべていた。いつも笑顔のヒガシ兄さんも神妙な様子で、崩れそうな姉をそっと抱き寄せてくれている。


「お父さん、よろしかったですわね。おめでとうございます」


 芹菜母からの祝福に父が照れながら席に戻る。

 姉とヒガシ兄もホッとした様子で席に戻った。


「しかし。二人とも、よく続いたな。勤務地が別々の長距離恋愛で、ハラハラしていた時もあったよ。ヒガシ君、ありがとうな」

「いえ。だって、こんな素敵な女性、手放したくないじゃないですか」

「そう言ってくれると、父として嬉しいし、安心するよ。ふたりとも、おめでとう」


 もうそれだけで、柚希の目の前に座っている姉がだあっと涙を流して号泣しはじめる。


 柚希と広海も顔を見合わせ微笑み合った。


「お姉ちゃん、良かったね。おめでとう」

「お姉さん、ヒガシさん。おめでとうございます。これからは姉と弟、兄と弟なのでよろしくお願いいたしますね」

「ヒガシお兄さん、これでやっと、兄と妹だね。ヒガシさんならお兄ちゃんになってほしいなって、私、お父さんにも話していたんだよ」


 義妹と義弟になるふたりにも祝福されて、ついにヒガシ兄ちゃんも涙目に。


「ユズちゃん、ありがとう~。ユズちゃんに、広海君に、芹菜お母さんも大事にするよ、俺!」

「ユズ、姉ちゃんも安心したよ。改めて、ユズと広海君もおめでとう。芹菜お母さん、今後も、姉夫妻になる私たちもよろしくお願いいたします」

「もちろんよ。勇ましい親戚が増えて心強いわ。私ができることは限られるけれど、帰省したときは甘えてね。ヒガシ君も遠慮しないで遊びに来てね」

「嬉しいです。私も、また母ができるようで頼もしいです」


 姉とヒガシ兄さんも、やっと明るい笑顔を揃えた。


「ということでな。いちおう、了承を得られたなら。第一候補の土地はこのあたりにしているんだ」


 父がテーブルに差し出した不動産資料を皆で回して確認をする。

 姉が先にその資料を眺める。


「うちの近所じゃん。公園にさらに近くなるね」

「そうなんだよ。それならいまの土地でもと思うんだが、取り壊すための金がかかること、リフォームするには二世帯という設計には小さすぎることもあって、売って新しい土地に建てるか、見合う中古物件をリフォームするかなど、いろいろ探したし、芹菜さんと散々相談したんだよ」


 これにてやっと、二人が何度も会っていたことも理解できた。

 さらにもうひとつ第一候補となった理由が芹菜母にあるらしい。


「私ね。義足だけで歩けるようになるために、リハビリをしようと思っているの。いいなと思ったリハビリの専門施設が、こちらの地区にあるの」


 自分が作り上げた心地よい空間でひっそりと暮らして、息子の帰りをまつだけの生活。

 もうそこから抜けだそうという意志を芹菜母が持ち始めていた。


 そんな芹菜母の気持ちも、もう新しい家族の形へと向かっているんだと柚希にも伝わってくる。なんだかもう胸が熱くなって、今度は柚希が泣き出しそうだった。


「ここのあたりはJR駅も近いし、バス路線もあるわ。郊外だから閑静で車の行き来は大きな道路だけ。ゆったり過ごせると思うの。どう広海」


 柚希と広海の手元にも資料が回ってきたので、二人で一緒に確認をする。


「ユズが育った環境も残るし、いいかもしれないな」

「でも。広海君と芹菜さんは、いまのマンションを手放して心残りはないの?」


 柚希の心配に、広海も芹菜母もそろってゆっくりと首を振った。


「父と住んでいた元々の家は事故のあと、すぐ手放したんだ。母がひとりで留守番するには不便で、かえって父の思い出がありすぎて。手が届く大きさということと、バリアフリーがあるという条件で、いまのマンションに。母さんがやっと作り上げた空間だけれど、どうせまた、母さんらしい空間を育てようと思っているんだろ?」

「ええ、そうよ。今度は、ユズちゃんというお嫁さんと一緒にね。今度は広くなるしお庭もできるし、ガーデニングができそうで楽しみよ」


 芹菜母は、もう柚希よりも息子の広海よりも先へと前へ向いていた。


「姉の私にとっても、新しい家族の家、新しい実家になるんだね。芹菜ママのおうち、私も楽しみだよ」

「モモちゃんと心路くんが帰ってきたときは、いっぱいごはん作るからね」


 妹から料理上手と聞いていた姉とヒガシ兄の目が光ったのを柚希は見てしまった。

 ここにも大食い夫妻が誕生しそう……。

 そういえば、千歳お嬢様と伊万里主任も『自衛官カップルに会わせろ』と騒いでいたなと思い出してしまった。


 ここまで話がまとまり、既に手元に来ていたドリンクを手に、新しい家族で乾杯。思う存分、ジンギスカンを堪能した。


「ねえ、広海。こんなに賑やかにすごせる日が来るなんて思わなかったわね。どうなるかわからないものね。……お母さん、生きていて良かった……。お父さんのぶんも頑張るからね」

「母さん……。だから、無理するなって……」


 品の良い母と息子がそっと寄り添って涙をこぼす姿を、父も姉もヒガシ兄も……優しく見守ってくれていた。


 最初はマザコンだと思っていた小柳店長。

 でもマザコンでもいいよ。皆のことを幸せにする、人を大事にする心を持つ人ならば。その心が福を呼ぶのではないのか。


 愛する人の後ろには、またその人を愛する人がいる。

 彼の背中に広がる世界を愛せるか、愛せないか。

 広海のそばに近づいていた『ご加護さん』が見極めていたのかもと、柚希はふと思ったりする。



😇(福、仕事完了)

💀(縁、🎀結び完了 ⚔️切も抜かりなく)




※次回、Twitterおまけお届けします

(Twitterでつぶやいた小話番外編です)

※※21話で最終回です(続編がある予定で完結ではありません)

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