第3話 僕の大阪夏の陣

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 僕の恋愛経験について話そう。先ほども述べた通り僕は童貞である。二十歳童貞。でも、本当のことを言うと、今までの人生でそういう話が全くなかったわけではない。僕は、今を除けば過去に二回だけ人に恋をしたことがある。そのうちの一つを――とびっきりどうでもよくて、くだらないほうの話を今からしよう。


 高校二年生の時だ。僕は夏休みに一人で新幹線に乗って、大阪へ旅行したことがあった。新幹線にたった一人で乗るのも、大阪に行くのも初めてのことだ。僕の胸は家を出た時からずっと高鳴っていて、終始ニヤニヤとしていた。僕がうきうきしていたのは大阪が楽しみだったからではない。百合さんに会えるからだ。


 百合さんは、いわゆるネット友達だ。とあるゲームの中で知り合った。ゲームの中の百合さんは常に男を周りに従えているような女性で、とてもモテる女性だった。僕がそのなかに入り込んだのは全くの偶然で、今にしても思えば彼女のハートを射止めることに成功したのもただの幸運だったと思う。

 彼女は二十四歳の社会人で、写真から推察するに素晴らしいスリーサイズの女性だった。胸のサイズはEカップだという。僕らは毎日のようにラインや通話をし、時には写真を交換したりして親睦を深めた。僕は送られてくる写真で毎日のように致したし、彼女も「女の子だってするよ」と言っていた。知り合ってから六か月。それまでの濃密な時間を考えれば、会ってみようという話になるのも当然の運びだ。僕はバイトで溜めてきた貯金を下ろし、親には「彼女と泊りで遊んでくる」と伝えて大阪へ向かった。


 新大阪の新幹線南口で待ち合わせだった。僕は、新大阪駅に到着すると、期待と不安で爆発しそうな胸を落ち着けながら、ゆっくりと南口に向かった。心配なのは、百合さんに気に入ってもらえるか、ということだ。顔写真は何度も渡してきたけれど、やはり実際の顔と写真は違う。気に入ってもらいたくて、なるべく映りの良い写真ばかり送ってきたのが今になってのしかかってきた。写真よりしょぼい顔してると思われたらどうしよう。服装は子供っぽくないだろうか。あれのサイズを誇張して伝えてきたけれど、思ったより小さいと言われたら? 髪型は大丈夫だろうか――。


 南口の改札の向こうに、二人の女性が立っているのが見えた。二十代前半のまさに理想的なプロポーションをした若い女性と、その女性を折りたためば三人ほどねじ込めそうなくらいに太っている女の人だ。神に感謝した。改札口を通過し、喉から心臓がどろりと出てきそうになるのを抑えながら、僕はその素晴らしいスタイルの女性に話しかけた。

 

 「ゆ、百合さんですよね?」

 「え、違います」

 

 僕はあまりの恥ずかしさに汗が噴き出すのを感じながら、頭を下げた。とんだ早とちりだ。僕はもう一度冷静になって、あたりを見渡した。誰かを待っている様子の女性は、その二人以外にいない。僕は十分前に百合さんから送られてきたメールを確認した。「南口で待ってまーす」と確かに書いてある。

 僕はあたりを探索して女性を探した。もしや、南口ではなく別の出口で待っているのではと思って、そっちまで行ってみた。しかし、どれだけ探してもそれらしき人はいない。そのうち、もしや僕はすっぽかされたのではないかという考えが頭をもたげてきた。むしろそっちのほうが幸せな気がした。綺麗でEカップだけど、やっぱり恥ずかしくて僕にあえなかった百合さんがこの世のどこかにいる方が、僕としては有り難かった。

 

 「もうついてるよね?」「南口だよ?」「早く来て!」

 

 そんなメッセージが送られてきて、僕は泣く泣く南口に戻った。そして、百合さんと出会うことに成功した。

 彼女は三十一歳だった。Eカップというのは本当だったが、彼女の巨体を前にするとそのサイズは至極どうでもいいものに思われた。誓って言うが、僕は何とか前向きな気持ちで向かい合おうと努めたのだ。だって、相手は半年間好きだった相手だから。どれだけ太っていようとそのことには変わりない。いや、嘘だ。変わりはあった。僕も確かにアレのサイズを誇張していたけれど、これは誇張のレベルではない。彼女の嘘が許されるなら、四十センチあると豪語したって許されるだろう。これは誇張ではなく偽装だ。同じにしてはいけない。


 そのあと、僕は腕をがっしり掴まれて、銭形警部に連行されるルパンのような気分でホテルまで連れていかれた。ホテル代は当然のように払わされ、僕は死について考え始めた。ベッドに押し倒されたとき、咄嗟に「風呂に入ってからにしよう」と言ってなければ、僕は色々なものを失うことになったことだろう。この神の一手によって窮地を脱した僕は、彼女がシャワールームにいる間に部屋から脱出し、半泣きになりながら大阪の街へと逃亡した。終わってみれば、大阪に滞在したのはたったの一時間だ。あれだけのことを言っておきながら僕はノコノコと家に帰り、すぐにゲームをアンインストールした。


 学んだこともある。嘘はいけないということ、現代の写真加工技術は凄いということ、そして胸のサイズは重要でないこともあるということだ。

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