第8話

制服とは。


私にとって制服は、あまり関わっていなかったからか、可愛い制服、カッコいい制服というものに対する憧れが人一倍大きかった。それに1年半ほどしか着ていなかった中学校の制服は、誰がデザインしたんだというほどに彩度が高く他校が見てもすぐこの中学だと分かるほどにダサかった。兎に角、各種メディアに映り込む、映える制服というものを一度は着てみたいと願っていた。まあ、不登校をキメた頃から叶える気など亡くなっていたのだが。


〈閑話休題〉それはおいといて


フェネに連れてこられたのはそこそこに広い制服専門店で、6階建てテナントビルの全てが一つのお店だった。


フェネは躊躇ちゅうちょもせずに入っていく。ごちゃっとした店内は数多くの人で溢れかえっていた。

新しい服に身を包み、今後の生活に期待する、和気藹々わきあいあいとした所謂いわゆる”普通”の家族像に、若干の不快感を覚える。体験できなかったものというのはうらやましくなってしまうものだ。

しかし、無数に掛けられている制服は何校分あるのだろうか。どこも似たり寄ったりなのか、同じようなデザインばかりなのだが、どれもセンスの溢れるものだった。

…と言っても、二階直結の階段が外にあって、多分女子制服はそっちで採寸するものが、フェネは一階の男子制服売り場のド真ん中を突っ切っているので、私が見ているのは男子たちである。普通に変態行為だ。


ただ一人の人間に興味はないのだろう。若干心配したが、それほど人の目を集めることはなく、一番奥のバックヤードと思われる階段を通って、現在3階に居る。


先程のごちゃっとした感じはなく、しかし、人を通すことを前提としている作りで、壁の1面が鏡張りになっている。そしてその真ん中には、3つのトルソーに灰色の制服が飾られていた。



しばらく待っていると、奥から店の関係者らしき女性が出てきた。首にはサイズを測るためのメジャーを掛けており、今まで下の階で応対していたような素振りだったが、私の目と合うと、いっきにこちらの接客モードに切り替わった。


「お...お待たせしました〜!すみませんね。人手が足りてなくて、......はい、こちらが倉敷様の制服のモデルになります。今から細かいところを測っていくのと、組み合わせも決定してもらいますので、......あらかじめ決めて来られましたか?」


???


「あぁ〜、...えっと、......初見、です。」


トルソーを挟んで向かい側に立つ店員は、トルソーから制服を剥がそうとする手を止め、少し驚いた表情をしたが、何人かは私と同じ様な人がいるのだろう。すかさずカタログを取り出していた。


組み合わせると聞いて、きっとネクタイの色とかスカートかスラックスを決めたりするのだと勝手に想像したのだが、店員が私に近寄って見せたカタログの内容は、もっとこまかかった。ものによってはシルエットすら変わるし、軍服みたいにボタンが2列になっているデザインと色が固定なのを除けば、無限大とも言えるような組み合わせの多さだ。


ummmと悩みながら、ちらっと真横の店員の顔を見る。はいなんでしょう、という顔をされるが、そのままちょっとお願いをすることにした。


「紙とペンを借りれますか?」

「...え?あ、はい。お持ちしましょうか?」

「お願いします。」



――――――――――



紙とペン。

この子は何をするんでしょう...


そんなことを考えながら、一度上のワークスペースに戻って、プリンタからB5の紙を引き抜き、適当なボールペンを選んで、すぐに3階に戻ると、それらを彼女に手渡した。


彼女はお礼を言いながら受け取ると、雑誌の隅を土台にして徐にペンを走らせる。

デザイン毎に識別番号が書いてあるので、それを写しているのだと思ったが、一つ一つのストロークが不自然に長い。よくよく見てみると、

彼女は絵を描いていた。


……うん??


もしかして、この子、雰囲気の確認の為に……?

いや、でも普通に試着したいって言えばいいのでは?



この仮説が正しいのなら、教えたほうが良いのかもしれない。


「試着してみませんか?」

「えぇ…でも、この組み合わせの数ですよ?在庫があるとは思えなくて…。」

「できるんですよ!」



――――――――――



「へぁ〜......すごいですね、これ。」


私は今、鏡の前で体重計のような機器の上に立っているのだが、着替えてもいないのに、鏡の中には新しい制服に身を包んだ私がいる。

確かに、鏡が液晶になっててそこに映像を映すなんてのはあったが、これは少々違う。

ホログラムを使用して実際に着せているのだ。


ということで、私はまるでファッションゲームをプレイしているかのような気分でいろんな組み合わせを試している。


パターン1:プリーツの本数が少なくパキッとしたボックスプリーツスカートとほかデフォルト


無難ではあるが少し動きにくそうだ。


パターン2:胴体部分が短くインナーを見せるブレザーと側面のベルトで留めるラップスカートと呼ばれるやつ


スカートはさっきよりも短くしたし、とても動きやすそうだし私は好きなのだが、ちょっと奇抜な気がする。なしかな......。


パターン3:ゴシック


かわいい......。

いや、ちがう違う。何を遊んでいるのだ。店員さんも待ちくたびれてるだろ。早く決めるんだ私。



「......んで、あれこれ悩んだ挙句無難に落ち着いた、と。」


結局私はデフォルトからほとんど変えないことになってしまった。変更したこととしては、スカートをホックで留めるのではなく、ズボンのようにベルトで留めるというもの。(ベルトは何かと引っ掛けることができるからね)


「あ゙あ゙あ ゙ああぁぁぁ............あぁ......。」


せっかくの可愛い制服デビューが出来ると思ったのに......。

無念である。

センスと芯の無さにうなだれていたが、ふとある疑問が浮かび我に返る。


「あれ?ねぇフェネそういえばお金ってどうすんの?自分あんまり持ってないのは知ってると思うんだけど。」

「フッフッフッ。これが学校持ちなんだなぁ...。」

「へぁ〜...。......ええェェ!!...あ、有難いですな。」

「といってもそれは建前で、君の制服代はあとで山仲が払うんだよね。」

「……山仲ってうちの、中学の生徒指導やってる?(一話既出)」

「そうそうその人。」

「あ......。ご馳走様です。」


頭の中にヘラヘラとした顔が浮かぶ。

お隣さんでもあるから何かとお世話になってきたが、あのヤロウ。借りをひとつ増やしよった。


「それじゃあ、このデータで制服お作りしますねー。あ、そうだ。この制服は他のとこよりもお作りするのに時間がかかるらしくて、1週間後の4月1日には来てもらったらお渡しできると思うんですが、もし延びるっていうことになりましたらご連絡させていただきたいので、こちらにお名前と電話番号をお願いします。」

「あ、はい。......時間がかかるんですね。」

「はい...生産数がかなり少ないので...。仕方がないですねー。」

「は〜...。...ん?...ふーん。............できました。」



「はい。それでは以上です。お気をつけてお帰りください。......有難うございました。」


私たちは店員さんに店の外まで見送られて、その後はどこにも寄らずそのまま寮に帰った。





ぐうぅゥゥ......。


そういえばもう2時である。

まだお昼を食べていない私はもうそろ限界なのだが、この寮には食堂があるらしく、この時間帯でもやってるのかは分からないが探してみようかなと、フラフラとした足取りで一階のエントランスを一人で彷徨さまよっていると、


「あら...!?もしかして倉敷舞華ちゃん?」


後ろから呼びかけられて振り返ってみると、私がさっき着ていた制服とほぼ一緒の女子生徒が1人。上級生だろうか。


「始業式のあとに会いに行こうかなって思ってたんだけど......まさかここで見つけてしまうとはねぇ。」

「ええと...あなたは。」

「そうでした!わたくし水瀬智凜みなせともりと申します。舞華ちゃんは今何をして―」


ぐうぅゥゥ......。


「えっと、今から昼ごはんにしようと...。」

「...!奇遇ね!ちょうど私もこれからだから、良かったら一緒に食べない?」

「あじゃあ、ぜひ。」



連れてこられたのは食堂ではなく、宿舎の正門を出てすぐくらいの洋食屋さん。

水瀬さんの話によると、あそこの食堂よりコスパが良くて美味しいらしい。しかし見つけづらい所に位置するからか、あまり人が来ない穴場なんだそう。


二人用のテーブルに腰掛け、近くのメニュー表を手に取りパラパラとめくる。


「ここのハンバーグは美味しいのよね〜。」

「じゃあハンバーグにしてみます。」


「ハンバーグ2つ〜」と店主に直接言っているところから本当に何度も来ているようである。

配られたお冷に手を伸ばすのを見て、私もつられてグラスを持ってみる。


「あ、模擬戦見たよ。あの強さじゃあ0クラスでしょう。いやぁ...力のインフレを感じるわ。うちらの中じゃあ舞華ちゃんの話で持ちきりよ。」

「あはは...ありがとうございます......。」


やばい

何を話せば良いのか分かんないっ...。

初対面だし、一対一だし、ちょっと前まで人を避けて暮らしてたから、こ、この空間、にがてっ...!!

はなし...!!何か話をしなければ...!!何か!!


「あの、えっと、何故私を、探されていたのですか?」

「勧誘よ。」

「かんゆう?」


水瀬さんはポケットに入っていたのだろうペンとメモ帳を取り出して何かを書くと、雑に切り取って私に手渡した。


クラブ棟A-101


「私たちの部活に入らない?」

「あの、どんな部活で...

「それは...言えないかなー。言ったら舞華ちゃん来てくれなさそうだし。」

「えぇぇ...そんな。」

「それは部室の場所ね。」


「美味ぁ〜」

水瀬さんは運ばれてきたハンバーグを口に頬張り、幸せそうにその味を堪能している。

一旦話は置いといて、私もハンバーグにナイフを突き立てる。パンパンに詰まった肉汁が溢れ出し、熱々の鉄板の上でジュワァと音をたてた。

一口サイズに切って口の中に放り込む。

う、美味ぁ?!

肉の旨味を乗せた肉汁が口の中で滝のように押し寄せる。幸せか?

そして、別の容器に分けられていたデミグラスソース。かけるか迷ったが、今回は浸して食べてみる。

…。嗚呼、完成した...。

デミグラスソースがかかることによって、奥深さというか味に奥行きができた。主役である肉の旨味を邪魔することなく舞台が彩られて、美味さが爆増している。

そもそも素体のハンバーグが美味しいのだ。そしてこのソース。二段階で楽しむために分けられていたのか。

美味い...ご飯が欲しい......。

いや、でも水瀬さんが頼んでいないのだから、今回はやめておこう。次、次来た時に絶対。


次々とハンバーグを口に放り込む私を見て水瀬さんはニコニコしている。

あれ?さっきまで何の話してたっけ。あ、部活。


「勧誘って言ってましたけど、どうしてわざわざ...。入ろうと思っている人は少なからずいると思うんですが。」

「うちの部活はね、部員の推薦でしか入れないの。」

「え?」

「それだけ部員を厳選する必要があるのよ。そして、この前の模擬戦で貴方の力を確認した。さっさと勧誘しておかないと他に取られちゃうから、早いとこ会えて良かったわ。......まあ、プレゼンしたって内容が無いにも等しいのだし、入学式の後、見学でいいから来てちょうだ―」


ププププププププ


会話を分断した音は水瀬さんの方から。


「あら。電話かな。」


手首を前に突き出しスマートウォッチを操作すると、テレビ電話だったのか、上に小さく画面を投影した。


「やっほー。さやちゃん。どうしたの?」

「おいともり!!今どこにいるんだ。今日は会議の約束だろ!早く来い。」ブツッ


あ......


「ごめん、大事な予定があったから、これで失礼させてもらうわ。決めるのは見学の時でいいから。」


そう言うと、水瀬さんはバタバタと荷物を整えて店を出ていった。

残された私と店主はカランコロンと揺れ動くドアベルを眺めていた。

そしてなぜか目が合う私と店主。


「あの、お会計したいんですけど。」

「あぁ、それならもうあの子が払ったよ。」

「え」


これは......お礼を言いに行かなきゃいけないが、それによってすっぽかすという選択肢がなくなってしまった瞬間だった。






遅刻した言い訳を聞こうか。


……舞華ちゃんに会ってきた。


!!...学校が始まってからっていう話じゃなかったのか?


本当にたまたま。私、目視で舞華ちゃんを確認するまで気づかなかった。


はぁ?智凜も結構目がいいと思ってるが、それで気づけないとは。


彼女からは一切の霊子漏出が無かった。何なら身体の中さえも流れていない。だから探知出来なかった。

あれはコントロールで抑え込む域を越えているわ。何か裏があるのかはわからないけど。

んふふ。面白くなってきた。

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不登校が連れてこられたファンタジー世界で私は最凶だった NYOA. @NYOA24A

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