第7話

「ただいまぁ”〜」


ようやく自分の寮に戻ってこれた。3月25日である。まさかこれほどまでに回復に時間を要するとは思ってもみなかった。

玄関のドアを開けてすぐに分かったが、奥の部屋から見えている雰囲気が明らかに変わっていた。

若干の興奮とともに奥の部屋へと突入する。

そこには最後に見たときには実体が無かった家具たちが存在感を放っていた。私が眠り込んでいる間に搬入作業が行われている様が容易く想像できる。


歩いているそのままの勢いでベッドにダイブする。高反発のマットレスは私の体を意外なほどバウンドさせた。

うつ伏せの状態から仰向けに寝返りを打って天井を眺める。



…しかし、色々あったもんだ。


私が目覚めたと聞いて病室にあかり君が駆け込んでくるし、獣司飼君もついてきてて意外と仲良くなってるし(犬猿の仲っぽくなってたけど)、

あかり君、私の顔を見るなり泣き出して私に抱きついてくるし。


聞けば試験で私が暴走した後、それ以降の人たちは次の日に延期になったらしい。建物が損傷していたり、アンドロイドも消し去ってしまったりで新たに準備が必要だったのと、二階から見ていた受験生の精神状態も加味してのことなんだろうと思う。流石に私だって目の前でそんな場面を見せられたらあかり君みたいになりますわ。


そして、二人は毎日病室に立ち寄っていたらしく、私が目覚めた日に丁度合格者発表があって、そのためにその日は来れなかったのだという。

ちなみに、ちゃんと合格していたようだ。まぁ、学校からの手引がある中で合格していないわけがないけど。


なんとなく机の上に陳列されているリモコンたちに手を伸ばし、取れたものがテレビのリモコンぽかったので、その流れで薄っぺらいテレビの電源をつけてみた。

丁度昼前なので、のんびりとした地域情報番組や嘘くさいテレフォンショッピングなんかしかどこもやっていない。

自分にはとても興味が起きないものばかりで、せっかく電源をつけたテレビだが、ものの数秒で消してしまった。


病室とは違い絶対に誰も入ってこないという少しの安心感が、テレビを消したことによる静寂さによって浮き上がってきた。



はぁ。



……



包み込もうとしてくる眠気に抗わないで身を任せていると、身体の丁度真上、1メートル程離れたところの空間が揺らいだ気がした。


…ん?


閉じかけていた瞼をこじ開け、目を凝らす。

試験のときに見た、物体が出てくるあの光が、揺らいだところと同じところに集まり始めていた。


ッ……!!!?


安心感から一転、あの時の恐怖と緊張感が脳内を駆け巡る。

光の真下から逃れようと身をよじろうとするが、少し遅かったようだ。

身体の真上に発生した、白いもふもふが重力に従って落っこちてきたのだ。


「ぐふぇ”っ」


狙ってきたかのように見事に腹にダイブしたそれは、誰に言われずとも正体は分かりきっていた。


「どぉ?びっくりしたでしょ?」

「びっくりしたも何もっ、心臓どっかに飛んでいきそうだったんですけど?!これでも先生なんですよね?プライドとか無いんすか?」

「別に苦に感じてないから無いんじゃない?」


あー…だめだこりゃ

動物特有というか、かわいいモノが持つ純粋な瞳でフェネは見つめてくる。

これ以上見つめられるとこっちがだめになりそうである。

ていうか重いんだけど?


次第に、何を思ったか、フェネは私の腹の上でぴょんぴょんし始めた。

流石に頭にきた私だったが、振り落とすのも投げ飛ばすのもはばかられる。

ということでまずは私の腹の上からどかすため、フェネを抱き上げようとするが、伸ばした私の手は虚空を掴んでいたのだ。フェネはというと、驚くことに鉛直上に浮き上がっていた。


????


混乱とともに多大な仮説が頭の中で吹き荒れるが、ほとんど否定によって消されていき、最後に残ったのは、何もない所から現れる奴だったという事実だけだった。


「浮けたんかい!」

「あれ?見たこと無かったっけ?」


そう言われてフェネと出会ってからのことを思い返す。そんなシーン無くね?と思ったが、急に思い出した。母に別れを告げた試験前日とその数日前にフェネは自宅2階の窓から登場していた。

直接は見ていないから忘れていたが、確かに背中に翼でも生えていないと出来ない所業ではある。


「まあ、そんなことは置いといて、」


話を変えたのはフェネである。ここに来たことに意味はあるのだろうから、その後に続く言葉を待った。


「なんで僕は君に会いに来たでしょーうか?」

「それはこっちが聞きたい。」


うむむ......それでもまあ、問われたのだから何か返そうと、ベッドの上で腕を組んで考える。

多分きっと高校についてのことなのだろう。学校というものは頭の隅よりも外側に追い出さないと生活できなかった時期があるために、頭が思い出せないように思考を妨げてくる節があったりするのだが。


「どう?分かった?」


しかし、なんだ?中学校入学の時を思い出せ。

......だめだ。小学校時代の友達と山登りをしたことくらいしか思い出せない。


「まだ〜?もういい?言っちゃって。」


いや待てよ。たしか、物品購入と入学説明会があった気がする。あ、もしかしてそのことか?今日は3月25日だし、時期的にも妥当なh


「制服採寸しなくで良いのか?」

「あ〜......。」


時間切れである。物品購入も入学説明会も不正解とまではいかないだろうが、何よりも大事なのがあった。


って......制服?!


一気にテンションは最大にまで上昇し、ベッドの上で跳ね起き立ち上がると、今度は逃さずフェネをわしづかみにした。


「せ☆い☆ふ☆く......?!」

「う...うん。そうだよ...??」


いきなりの私の行動に、戸惑いと焦りと冷や汗がでているようだが、気にしない。

制服といえば学校のシンボルであり、学校生活の質を左右する超重要事項であるのだ!!可愛い制服、はたまたカッコいい制服は映えるのだよ!


しかし!!


パンフレットも学校説明会にも行ってない、高校の生徒にも会ってないからどんな制服なのかが分からん!!!(泣)

兎にも角にも、制服という要素は、これから始まる生活を考えても、私を興奮させるには十分すぎるのだ。


「で...どこにいくの......?」

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