NEW LIFE

第6話

もやがかった意識の中でこれまでのことを思い出していた。


たしか......



記憶が途切れる寸前のところを思い出したところで、そういえば今自分はどこでこの思考をしているのだろうと気になった。

そして同時に記憶の最後を思い出した。


「どうあ”あ”あ”あ”あぁっ......」


唐突に襲いかかってきた恐怖に大声を出しながら飛び起きる。

心拍が極端に早くなっていた。

刹那、体中から激痛が走る。


「かはぁ”っ!?」


突然の痛みに対応できず私はそのまま蹲ってしまった。

なにか、内側から刃物で何度も刺しているような、そんな痛みであったが、数分ほど待っていると次第に収まっていった。



一体何だったのだ?もう痛みは感じない。怪我によるものではなさそうであった。

少し余裕ができた私はようやく周囲を見渡した。


ツルツルとした床、大きなスライドドア、それと脈拍なんかを表示させているモニタに、点滴スタンド。

点滴スタンドに掛かっている袋からのびる管は自分の手に繋がっていた。

どう考えてもここは病院である。

半開きになった窓は春っぽい風を吹かせてカーテンをなびかせていた。


唐突に扉の開く音がした。

さっき大声を出してしまったこともあって少しビビりながらも、扉の方に目を向ける。

そこには看護師ではなく、フェネを頭に乗っけた男性が立っていた。


いや、


「あ”っ?!起きてるのか?!」

「.........?...誰?」

「お目覚めが遅すぎなんだよお前さん.......。」


男は呆れたようにポリポリと頭をかいている。

赤い髪、高身長な姿に何かを思い出した。


「シャンクs

「ちげぇよ!!」


勿論わざとであるが、正直彼に対してピンと来ていない。

あれ、でも、頭の上にフェネ乗っけてるし、飼い主赤髪だったっけ?あれ?


「こいつはぼくのご主人で篝煉人かがりれんとって言うんだよ」


フェネはそう言いながら彼のデコをぺちぺち叩いている。


「どうも...倉敷です......。」

「はじめまして、だな。先にこいつに言われてしまったが、篝だ。担任だから、よろしくな。...しっかしいつまで寝てるんだ。あ〜...まあいいや。担当医呼んでくるからな。」


そう言うと、彼はフェネを置き去りにしてそそくさと出ていった。


途端に病室は静寂に包まれる。

残されてしまったフェネはこちらに歩み寄ってきたかと思うと、どこから出したか分からないが、試験前日にもらったあの端末を渡してきた。


「これは君に返しておくよ。」


受け取った私はなんとなくで電源をつけてみる。

一番最初のロック画面に表示されている日付を見た瞬間言葉が出なかった。


そこにはしっかりと3月17日の表記がされていた。

これだと1か月半も眠り込んでいたことになるんですけど......。

困惑の目をしたままフェネに視線を送る。

「うんw」

へっwとしたフェネの顔を見てもう一度画面を見直したが、やはり同じ表記だった。


「私、刀に貫かれて今まで爆睡かましてたってこと......?」

「まぁ、その後少し暴れてたりもしたけど、そゆことよ。」

「あ、あばれてたとは...」

「ん?あぁ、見せてあげるよ。」


そう言った直後、目の前の空間が揺らいだと思ったら、パソコンのデスクトップ用のモニタくらいの四角形が現れた。どうやらこれに映すらしい。





なんとも実感が湧かない。

記憶がないのもそうだが、映像の中にいるはずの自分が自分ではないように見える。

あと、私を相手にしている人は、さっきここに来た人だろうか。無敵すぎない?

とにかく、見せられた映像は確かに私が暴走していたことを示していた。


「良かったね。君がもし最後に抵抗して肉弾戦とかになってたら、あの人、骨を折るか最悪処理してたって言ってたよ。」


……


処理というパワーワードは聞こえなかったふりをしとこう。うん。きっと精神衛生上良くない。

それと、意外だったのがこの動画、5分もないのである。体感ではもっと、10分とか20分とか経っているものだと思っていたが...。


へぇ、とつぶやきながらもう一度動画を再生しようとした時、タイミングを見計らったかのように篝先生?と医師が病室に入ってきた。




そのあとはいくつもの質問に答えさせられたり、言われるがままに精密検査をさせられたりで、検査設備のはしごをしてまわり、全てが完了したときには1日が終わろうとしていた。


一つ不満だったのは、この移動、終始車椅子なのである。



――検査前――


いや、

「自分で歩けますって!」


そう言って勢いよく病院のベッドから飛び降りる。

威勢のよさとは裏腹に、30センチも無い着地に対してはどうも上手くいかなかったらしい。

次の瞬間には目の前に床が迫っていた。




自分が思っている以上にこの体はダメージを受けていたということだ。

しかし、自分では歩けると心の底ではまだ思い続けているところがあるのか、人生初の車椅子体験も相まって、勝手に羞恥心とやらを燃やしていた。


差し込む西日を感じ、なんとなく顔をそちらへ向ける。

待合室に近いために開放的な大きなガラスの向こう側には、ごく最近整えられたと見える草木と、春らしい光を軽やかに反射する浅めの池が見えていた。




目覚めた時の病室に戻ってきたわけだが、目の前に担当医が座り込んでいる。


「倉敷さん」

「ふぁい。」

「まずですね、血中の糖分の量がちょっとどころかかなりおかしいです。」

「むぐ...!?」

「倉敷さんが眠っている間にも血液検査などはしていたんですが、空腹時なのにもかかわらず血糖値の値が一般的な値よりも高いんです。」

「ふぁあ...。」

「そこで今ご飯食べてますね?」

「ふぁい、ひはひふいい(久しぶりに)」

「血液検査しましょう!!」

「...?!」


ニッコニコの笑顔だった。そして早く終わらせたいという心情は丸見えである。



「変わらない...」

担当医は手に持っているタブレット端末を凝視している。


「...とは?」

「普通食べると血糖値っていうのは上がるものなんですが、倉敷さんの場合100mg/dl前後という空腹時と食後の一般的な血糖値の丁度重なり合うぐらいのところでしか動かないんですよ。いやぁ〜そんあこともあるんですねぇ〜。」


手を顎に添えながらまた興味深そうにタブレットに目を落とす。途中早口過ぎてよく聞き取れなかったが、軽い口振りからしておおごとでは無いということなのだろうか?


「あぁ、アミノ酸も変わらないのか...?それ以外はそんなに変ではないか...。」

ブツブツとつぶやきながらタブレットと格闘している医師を見て長くなりそうだと思ったのか、話を振ったのは篝先生だった。


「倉敷、フェネが言ってたんだが、能力の発動媒体ってのが体液なんだろ?胃液ってのは

「あぁ〜。」

話を遮るようにして放ってしまった感嘆だったが、独りで勝手にピンときてしまった。

関係ないがあの日食べたのはホットドッグとメロンパンだ。試験中は丁度消化中なはずだし、能力の暴走もあったのだから、勝手に食べたものを「吸収」していてもおかしくはなかった。

今日、いまになるまで経口で栄養を摂取していなかったことになるので、本能的にコピーによって栄養を補おうとしていると考えれば自分的に納得のいく話だった。



途中話を遮られてしまった篝先生だったが、私の反応を見るに「だいたいそんなもんだと思ったよ。」とつぶやきながら首の後ろをさすっていた。

しかし、私の能力については情報をもらっていないのか、担当医は頭の上に?をいくつか浮かべているようだ。


私と先生でコピペだなんだと説明すると、早々に理解したのか、担当医は納得とも取れるような勢いのあるため息をついた。


「はぁ〜〜〜ん...まあ、どっちにしろ弱ってるんだし、完全に回復するまで入院ね。」

それじゃよろしくーとばかりにスクッと立ち上がると、篝先生に少し会釈してこの病室から出ていった。


え...


…え?


それだけかよ?!


「まあ、そういうことだからよろしくな。」

篝先生も医師のあとを追いかけるように出ていった。

て、逃げたな?

この病室に残ったのは私とフェネだけになってしまった。

フェネの方に顔を向けるとフェネは意図的に目を逸らした。


「さ、ぼくも帰ろっかなぁ...あ」

私はフェネを行かせまいと胴体を持って抱き上げた。

多少抵抗はしたが、何故引き止められているのか分かったのか途中から諦めたようだった。


「はいはい。君の気が済むまで一緒に居るよ。」


私はベッドの上に腰を下ろすと膝の上にフェネを乗っけた。

何年も感じていなかった生けるものの温もりに、様々な記憶と感情が降り注いだ。

優しく包み込むように抱きしめる。


「ねぇ、泣いていい?」


もうフェネはなにも言わない。

私は寝落ちるまで溜まった感情を吐露し続けた。

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