第5話

「何故こんなに傷ついてもリタイアしないわけ?これじゃあ自殺行為よ。」


その言葉は誰かに向けて発せられたものではない。

今回の試験監督、黃乃きのはグチグチと独り言をつぶやきながら、目の前にあるごちゃごちゃした機械をいじっている。


あの狐野郎ばかはちゃんとここまで彼女を連れてこれたようだが、ルールも採点基準も説明していないのだろうな。見ていれば戸惑っているような素振りだし。


愚痴る姿を後ろから見ていると、奥の方にいる、同じように機械を操作している人たちの中から声があがった。


「イエローですっ」


一気に室内がざわつく。

健康状態についてか精神状態についてか何もさっぱり分からないが、相当稀有けうなのだろう。

それと同時に緊張感が濃くなってきていた。


ここからは見下ろす形で場内を観察することが出来る。

そこでは先程から黃乃の愚痴の原因、倉敷が自律型戦闘訓練用アンドロイドと戦っていた。

素人にしては動きが素早いし、体幹も良いとは思う。しかし、どんどん戦況は悪化しているようだった。

そもそも相手に合わせて強度は調整されるはずなのだが、彼女の前に行った受験者たちは正常にその機能が作動していたが、彼女の場合、「身の丈に合ってない」とのんきに評価できる度を越していた。例えるならば、素人が訓練された軍の上官に楯突いているかのようだ。

確実に戦闘不能になってもおかしくはないダメージを食らっているはずだが、それでも立ち上がって攻撃を続けている。


彼女がアンドロイドの持つ槍を壊した時だった。

職員全員の目を引き付けた。そして、機械を操作していた人たちも含め全ての人間が、その直後起こった光景に絶句した。


彼女の頭に、額から後頭部にかけて、小刀が突き刺さった。


静かになった部屋に一つ警報音が鳴り響く。



「……何故プログラムが作動しなかった...」


この静寂を一番に破ったのは黃乃。


この発言に、大事な事を思い出した。

確か、このシステムには、物体の形状と速度など諸々を観測し、対象がこの後確実に死に値するようなダメージを受けると見積もると、強制的に終了するようなプログラミングがあるはずだ。

やはり何か、彼女の異能力でバグが起きているのか、もしくは、


倉敷の周囲でなにか揺らいだような気がした。

警報音がぱったりと止まる。

計器を確認した黃乃は違う理由でまたも絶句した。


「暴走するぞ...!」


プログラムがまだいけると判断したか、だ。


倉敷は徐に立ち上がりながら額に突き刺さっている刀を引き抜いた。

彼女の額からは刺された時とは比べ物にならないほど大量の出血が見られる。

脳を損傷しているはずだが、それでも動けるらしい。

到底タフな領域を超越していた。

フラフラとする足取りもちょっとした動作も、何か、「別人」のようである。

これが理性を失った、能力の暴走。


これで終わったと思っていたアンドロイドはたじろいでいる。

倉敷はフッと腕を前方に突き出すと、彼女の周りに飛び散っていた血液が一瞬にしてアンドロイドの体を包み込んだ。

たちまちアンドロイドは消化されたようで、やることの無くなった血はそのまま地面に落下した。



「政府に駆除要請します!」

「いや、それでは遅いだろう。かがり、お前が行け!」

「え、俺っすか?俺より強い貴女が行けb…分かりました分かりました行きます行きます。」


向こうの方からの提案を無視して俺に仕事を投げたのは勿論黃乃である。

全く、人使いの荒い上司だ。


「システムの安全装置は解除したぞ。良いな?」

「分かりました。」


安全装置を解除したということは、最悪の場合殺せということだろう。酷な話だ。


準備体操のように肩と手足の首を回す。


やりますか......


少し後ろに下がり、勢いをつけて窓ガラスを突き破る。

やはり強化ガラスのはしぐれなのか、粉々に砕け散っていく。

自らの体は慣性と重力でそのまま下のフロアに落ち...





床に足がつかなかった。

俺が落下する一瞬で、ここまで血の腕が伸びて......

俺は大きな手に握られたかのような形になっていた。

油断していた。まさか、俺の付与した全ての防御機構を喰われたのか。


つくづく規格外だな。


そんなことを考えているうちにも、血液でできた大きな手はぎちぎちと俺を握りつぶそうとしていた。


まあ、そんな焦るなよ。


フッと笑ったのを見て余計焦ったのか、とうとう俺に対して「喰う」能力を使いだした。

俺の体の周りからしゅわしゅわと音がする。

山仲の父が言った「王水のようだ」の言葉に少し納得する。

しかし、こんなもので溶かされるような貧弱な人間ではない。

「喰う」という能力に対抗し得る「付与」を上からするのだ。


倉敷は一向に手応えが感じられないようで、明らかに苛立っていた。

それもそうだ。「喰う」という現象とは逆の現象を上から書き直して、0にしているからだ。


もう退屈してきたので、付与の威力を上げてみる。

俺の体を中心にして、倉敷の血の塊は破裂するかのように霧散した。

倉敷の顔は正しく「...??!?!!?!!!!!!!」という感じだ。


ようやく地面に着地する。

そのままの流れで服装を整え、手をズボンのポケットに突っ込んだ。


能力の暴走状態では理性や感情は無く、全てを破壊しようとすると言われるが......。

目の前の倉敷のそれは畏怖の表情を浮かべている。加えてアンドロイドに対しては能力で一瞬で消したが生身の人間である俺に対しては躊躇ためらっているようにも見える。

やはり倉敷は他とは何か......。


少し考えに浸っていたが、倉敷は自棄やけになったのか、まだ体の近くにある血液をバスケットボール大に集結させて俺に向かって撃ちだした。

しかし、撃ちだされた塊は俺の手前1メートルほどで空しく霧散した。

 俺は倉敷の攻撃を気にしていないかのように一直線に近づいていく。

倉敷は続けて同じような塊を何発か撃ちだすが、最初の一発と同じように俺に届く前に霧散していく。

今度は付与を倉敷に対して最適に設定したため、俺の防御機構は狙った通りの動作をしてくれていた。


むきになって撃ちだし続ける倉敷だが、出血量より使用量が多いのか(多分俺が霧散させているから)、俺が倉敷の目の前に来るときには既に、全ての血液は倉敷の額に付いたものくらいにしか無くなっていた。

倉敷は周囲を見渡してもう自分の血液が無くなったと知ると、全てを諦めたかのか、体を縮こませて目をつぶっていた。

俺は倉敷の頭に手を伸ばし撫でてみる。

まるで保護された犬や猫のように硬直し震えている。今までの倉敷の行動は「恐怖」という説明をつければ全て納得のいく気がした。



俺は倉敷に対して「気絶」の状態を付与した。

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