第4話

まあ、なんか色々あったが無事試験会場へとたどり着いた。

この不思議な世界では、自然界の暗黙のおきては通用しないらしい。

今この瞬間もこの世界の洗礼を感じている。

3人は、受験番号を提示したときに渡された「紙」を見つめていた。

2人の話からも自分の視認からも、この紙は全く同じ印刷物みたいなのだが、三枚の紙に書いてある同じ数字を口に出してみると、


「88だ」

「90だよ」

「08なんですけど」


私から見たら全ての紙に「08」と書いてあるようにしか見えない。

数字は、よく陸上競技のタイマーとかで使われている、7つの棒がついたり消えたりすることで表現する形式のタイプで印刷されている。その棒一本一本に色がついていたりするのだが。

この番号で試験会場を分けているようだが、案内板などを見てみると、偶然にも行き先は三人とも一緒のようだった。



試験会場。ただ階段とかを昇って違うフロアに行くのなら分からないでもなかったが、水平型エスカレータを長いこと歩かされていた。

たしかにここまで来るのに何分かかってんだってくらい敷地が広いのは体感した。しかしそこからまた移動とは......。学校生活の大半が移動になるのかという危惧が少し芽生えた気がしなくもない。


まあ、ぼーっとそんなことを考えていたら目的地に到着していたようだったので問題ない。


なんだろう。地下だろうか。

到着したところは結構広い空間。

コンクリート打ちっぱなしの無機質な雰囲気漂う中に、ところどころデザインとして白や黒のペンキで壁が塗られている。中心は中庭のようにぶち抜かれていて一つ下のフロアになっている。ここからはガラス越しで見下ろすような感じである。簡単に言えば、四角形に掘られた穴を地中にあるロの字の建物が囲っている感じである。穴と言ってもガラスの屋根で覆われているのでそう見えているだけだが。


私たちは担当者の指示により更衣室に送られていった。周囲の女子たちは各々体操服やらジャージやら(一緒か)つなぎ(?!)を出し始め、着替え始めていた。自分もそれに習って体操服に着替える。それと一緒に、「健康状態を計測するためのものだ」と言ってさっき渡されたシール状の計測器を邪魔にならなさそうなところに貼っておいた。正直何故だか分からない。要るか?これ


早着替えが取り柄な私は、更衣室に長居する理由もないので部屋から出ようと、ふと顔を上げると、あかり君の特徴的なオレンジ色のおさげのように結ばれた髪が右に左に揺れているのに気がついた。

あかり君...女の子だったのね...。

更衣室に入るときには彼女は自分より後ろにいたので、今まで気づかなかった。

そして彼女もちょうど今着替え終わろうとしているところだった。

更衣室から出る途中で彼女に話しかけ、一緒に部屋からでる。既に何人かは同じように着替え終わって部屋の外で待機していて、その中には獣司飼もいた。

ただ、少し思うところがあった。


「ねえ、なんでみんなピッチピチの服着てんの?」


さっきはああやって陳述したが、殆どが上下一体型のようなウエットスーツのような服に着替えようとしていたのだ。


「逆にお前は軽装すぎなんだよ。何も防護してくれねーじゃんお前みたいな体操服は。」


防護?

ちらっと足元を見てみる。当然のごとくついてきているフェネは(というか居たのね)前足でガッツポーズみたいな体制をとっていた。

この異能力系の高校で実技試験をするというのだから、エナとかいうやつの総量とか、基礎力が試されるものだと勝手に思っていたが、え?なにもしかして、なにかと戦うの?

…。

あとで問い詰めよう。


残念ながら私は動ける服としてこの今着ている体操服しかない。

本当になんとかなると踏んで何も言ってないのだと思えば良い。うん。


ーーーーー


一人ずつ次々に名前が呼ばれ、ついに自分の順番がきた。

試験監督に連れられ一つ下の階に降り、ちょっとした部屋に連れてこられた。

台座のようにたたずむ機械と、その周辺にそれを制御する機器が置いてあるだけの、大きさ的には「平均的な部室」くらいの部屋である。ただ、とにかく静かだった。

指示された通りに機械の前に立ち、台の上に両手を置く。

ここにエナとやらを流せるだけ流せばいいらしい。制限時間は1秒。本当にぶっぱすればいいだけということだ。

大丈夫。いつも能力を発動する時と同じようにやればいいだけだ。

軽く深呼吸をし、両手に神経を集中させる。


ピッ......ピピッ


刹那ではあったが、出せる限りに出せたはずだ。しかしディスプレイに向かって結果に目を通している試験監督は少し意外そうな顔をしただけで、そのほかは無表情を貫いていた。


またもやその人に連れられ、移動すると、今度はあの2階から見えていた中庭にしか見えない空間に連れてこられた。驚いたことに外からは見えていた景色が、内側からだと黒いガラスのようになっていて、中の様子がまるで見えないのである。例えるならば、車のサイドガラスのようなものだ。


数歩中に入ると、試験監督は私にサバイバルナイフ(え?)を渡し、私を残してそそくさとこの空間をあとにした。

急ぐかのようにガコンと重い扉の閉まる音がする。

見た目より結構頑丈な作りになっているみたいだ。


なんとなく空間の中心に向き直す。ちょうどその時、十数メートル先の床から何かモノがせり上がってきていた。


「アンドロイド?」


そのモノとは、全身黒色のマネキンのような、成人男性並の大きさの人型ロボットだった。既にもう動き始めていたりするのだが、所作はカクつくこともなく人間よりも美しいとも思える。

なーーんにも試験内容を教えてもらってないのだが(あいつの所為だ)、手に握らされたナイフを見るに、あの眼前に佇む黒い人形を倒せばいいのだろう。


「始めてください」


いきなりのアナウンスによって試験の開始が知らされた。

相手は何も持っていないように見えるが一応いつでも動けるように構えてみる。

近接ということだが、こっちもリーチが短いのでこっちに分がない。というか、物を持っていることを考えると不利かも。

そんなことを考えていると、おもむろに人形は片手を虚空に突き出していた。その手の先に光が集まっているかと思えば、それを掴み、刹那、鋭い破裂音とともに私の左耳のすぐ横を何かが通り過ぎていった。一瞬「は?」とは思ったが、すぐに理解した。人形が持っているのはリボルバーの拳銃である。さっきのは発砲音だったのだ。

とっさに体を左に傾ける。発砲音とともにさっき頭があったところを弾丸が通っていった。

続けて数発、撃ち出されるのを走ることで全て回避した。

6発目を撃った後、動きが少し止まったのを見て、多分弾切れである。この隙きを利用しない手はない。

すぐさま間合いを近づけ、攻撃に転じる。人形は手に持っていた拳銃を床に投げ捨てていた。

ナイフを振りかぶり、あと少しで届きそうなときである。人形の手前で、先程拳銃を生み出したのと同じような光が2,3メートル程の棒状に集まり、金属っぽい物に実体化した。

ちょうど振りかぶられたナイフを防ぐかのように現れたそれは、案の定、しっかりと私のナイフを受け止めていた。

続けざまに右足による回し蹴りが繰り出されていた。少し判断が遅れたこともあり、まともに受け身をすることも出来ず、気づけば空中に投げ出され、10メートル以上は飛ばされた。床に落下した後も転がり、停止できたのは壁のおかげだった。

視界がぐるぐると回り、地面と感覚が平衡にならない。

想像以上に威力があったのか、私が転がったために巻き上がった埃が私の周囲を取り囲んで目隠しみたいになっていた。


「いててててっ」


横腹に強力な一撃を食らったのに加え全身打撲である。すでにリタイアしたい気分なのだが。

脳震盪気味なのか、何も次の行動を考える事ができず、壁に寄りかかるように座り込む。

しかし相手側はそんなことを待ってくれるはずがなかった。

視界に入ってきたのは人形が持っていた棒、改め、槍で、認識したその次の瞬間には頭の真横の壁に突き刺さっていた。

きっとさっきのうめき声を頼りに投げてきたのだろう。

確実に血の気が引いていくのが分かった。それをきっかけにようやく思考回路が正常に回りだす。

煙の向こうから「カツカツ」とこちらに向かってくる足音がする。槍を引き抜きに来たのなら距離を置いて体制を立て直すには丁度いい。

すぐさま立ち上がり、体中の危険信号を無視してなるべく速く煙の外に出る。


結局最初の場所まで走ってきたのだが、落ち着いたのと同じくらいに人形が煙の中から姿を現した。

手には先程私の頭を貫かんとした槍。リーチの長い物を持っておきながら近づけば格闘に切り替わるのだから、つくづく面倒くさい相手である。


吸収できるかな......


ある作戦が脳裏に過る。ただ、方法がとてつもなく自虐的な方法なだけあって、あまり自分でもやりたくないこと。

しかし、出来ることがあるならとりあえずやってみるのも手であった。

この方法なら一気に間合いを詰めて、人形の一部に触れれば良いだけなのだから。

模擬戦をやった時とはシステムが違っている気がするが、試験終了後に怪我が消えなくても、自分の体質上どうせ数週間で治る。そう言い聞かせて決心をした。

投げ飛ばされても握り続けていたナイフを持ち替え、

一気に左腕に突き刺し、切り裂く。

一拍遅れで吹き出してきた血を落とさないように、吸収する時と同じ黒色の液体に変化させ、自分の手に沿わせるように集めていく。

人形も様子を見ているのか、近づいてくるようなことはなく、気づけば肘から下は甲冑の腕の部分のようにゴツくなっていた。

手の痛みも気にせず、一瞬のうちに人形の間合いへ近寄る。

一方人形は私の接近を見るに槍を構え、私が人形の攻撃範囲に入った瞬間に、左下から右上へと大きく振り上げた。

これは難なくかわすことに成功。さらに間合いを詰め、人形の腹に触れることにも成功した。

しかし、触れられたのと引き換えに、少し気が緩んだのが原因か、服の背中部分を掴まれてしまっていた。

手にある液体を全て人形に移動しきる前に私を離させようと、引き剥がすように払いのけるように、私を空中に放り投げていた。

無抵抗に飛ばされてしまった私は、気づけば二階部分の黒いガラスに激突していた。

割れることはなかったが、体にかかった衝撃が強すぎてそれどころではなかった。

そのまま受け身も取れずに地面に落下する。

体に力が入らない。息が吸えない。

それでも起き上がろうと四つん這いになるが、肺に相当なダメージが入ったのか、口から血を吐いていた。


…ましてや。


こんな痛みなど、苦しさなんか、あの時よりもましてではないか。

もう、自分の中の何かが止まってしまっているようだ。

痛みも苦しさも次第に気にならなくなっていく。

思考停止ではない、無心のような。

気づけば口角が上がっていた。

普通の自分なら動かせないくらい体にはダメージが来ているはずだが、気にもせず、全力で間合いを詰める。

人形は今回は防御に徹するようなのか、先程とはまた違った構えをしていた。

ナイフを勢い任せで振り続ける。勿論素人であるし、芯が通ってないため、全て槍でガードされていく。しかし、確実に圧していた。

10何回振り続けていると突然に前触れもなく、槍が粉々に砕け散った。

意図的に創り出した物だからなのか、想像以上に脆かった。

この隙きはチャンスでしかなかった。これで終わらせる。

すぐに左手を伸ばす。

刹那。

人形は既にもう新しい武器にチェンジしていた。先程の武器たちよりも構造が簡単でデザインもシンプルだから、生成も一瞬だったのだ。

人形が持っていたのは私が持っている物によく似た短刀のようなものだった。

既に人形は振りかぶっていた。

丁度私の足は踏み込んだ直後。絶妙にどの足も地面に接していなかった。

それは、避けることも出来ず、直撃することを明確に示していた。


もう一度人形の腹部分に触れたのと同時に、刀は眼前に迫っていた。





……ここからはもう記憶がない。

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