第3話

「はぁ~い、朝ですよぉ~。いいんですか?試験遅れちゃいますよ~」

「ファッ?!」

いきなりの耳元での大きな声でベッドから跳ね起きた。それも変な声を出しながら…。

「な…なんだ、フェネか。」

枕元に、否、目と鼻の先ほどの距離に大きめの毛玉が陣取っていた。

ふと、その流れで机の上に置いた卓上時計に目をやる。

時計の短針はきっかり8時を指していた。


…?!

………………………?!


こういう時って集合時間の30分前到着が無難だと言われているが、集合時間は8時半、そんな時間はとうにやって来てしまっていたのだ。

それに、ここから正門までそんなに遠くないと言えど、そこから試験会場までがどれほどかかるか分かったもんじゃない。

昨日街を見てまわったとき思ったが、学校の外周がいつまで経っても終わらないのだ。ていうか、なんで昨日準備して寝なかったんだ?……あぁ、帰ってきたあと夕ごはんも食べずにベッドにダイブしたんだっけ…。


そんなことを思い出しながらも、中学校の制服を身につけ、中学校の体操服を中学校のバッグに押し込み、身元確認の為の端末を忘れないように制服のポケットに入れ、髪の毛も適当に手ぐしで直して、弾丸の如く玄関まで突進した。

ここまでで所要時間は体内時計で約5分。一年以上制服を着ていない人間にとってかなり速いタイムではないだろうか。


「あ…そういえばぁ、机の時計の時間を1時間早めたんだったぁ~。」


フェネの衝撃発言に、自分の足を引っかけ、走るそのままの勢いで扉に顔面衝突しながらずっこけた。

顔にヒリヒリとしたものを感じながらも、端末をポケットから取り出し、少し慣れてきた感覚でロックを解除すると、左上に表示された時間は確かに7時5分を知らせていた。

じっとりとした目線をフェネの方へ向ける。事を察したのか、すくみ上がって「ひぃ!」と声を漏らしていた。

ムクっと立ち上がりフェネに近付く。恐怖におののいて体をプルプルと震わせていた。

こいつの弱点は知っている。

無言で手をフェネの毛の中に突っ込み、わさわさと撫でまわす。

かなりくすぐったいのか、「あひゃっひゃっひゃ」と悶え苦しんでいた。


時間が少しは出来たのでしっかりと身支度をした。が、忘れていることがあった。そう(?)私は昨日の昼食のおにぎり以来何も食べてないのだ。現在の所持ポイントは単純計算で1200p。試験の前だからしっかりと食べておきたいから、学校に行く前にコンビニにでも寄ろうかという計画だ。予算は300P。良さげな惣菜パンを2つは買えるだろう。



――――



そんなこんなでお腹も適度に満たされた私は学校の敷地内を歩いていた。予想通り、門をくぐってからかれこれ10分くらい歩いているが、実験棟やらなんやらが建ち並ぶ風景はあまり変わっていなかった。持ち上がり組であろう人が大半だが違う制服を着ている人もいた。



「き…君たちがぶつかってきたんでしょ?!」


突然発せられたその声は、10数メートル離れたところに出来ていた人だかりの中からだった。といっても野次馬と言える人はほとんどおらず、尻もちをついている橙色だいだいいろの髪の毛の男の子1人に対して5、6人の絶滅危惧種といったところだろう。高身長の目付きが悪い奴が胸ぐらを掴んで持ち上げて脅しをかけていた。


「外部の奴が生意気に口答えしてんじゃねえよ!!」


体格差で圧倒された男の子は何も出来そうになかった。

こういうシーンは苦手だった。

そして次の瞬間には、私の手はいつの間にか、襟を掴んでいる奴の手首を握り絞めていた。傍から見たら、口を挟んできた変な奴である。


「離して…」

背の高いやつは急な割り込みに驚きはしていたが、それはすぐに嘲笑へと変化していった。


「外部の奴が庇うとか笑わせてくれんなよ。倉敷?…ハッw、それも無印かよ。そこに居る奴より弱い奴がしゃしゃり出てくんな!」


制服に付いていた名札から私の名前を得たようだが、無印とはなんのことだ?

気づいたら手首を掴んでいて、少し動揺して目を合わせることが出来ずに少し下向きになっていたので、身長差も相まって弱々しく見えたのだろうか。

色々と言っているが、私はそんなことに怒りはしないはずなのだが、思考とは裏腹に違うところで怒りと何かが溢れ出していた。

力いっぱいの目力で睨みつける。自分の体の周りに青色に色付いた蜃気楼のようなものが現れていた。

「お…おい、こいつ目の色緑だぞ…。無印だとしても母親側がCOLORSとかだったら有り得る話だぞ…!」

と、仲間の1人が告げ口をする。またもやよく分からんことを言っているが…

ノッポは告げ口を聞いてなお面白くなってきたのか、顔に若干の笑みを浮かべている。

「やる気か?」

「この手を離してくれるならやりますよ。」

もちろん喧嘩したことなんて...な、無かったはず...。


多少睨み合った後、ノッポは男の子の襟から手を離した。

自由になった男の子は「僕の為にそんなことしなくても」と言っていたが、少し無視させてもらった。

「俺は獣司飼颯斗じゅうしがいはやとだ。見届け人はそこに居るフォック先生で良いだろう。」

フォック先生とは誰かと思ったが、

「はいはい、結局こうなることは分かってたよ。…フェネ・フォン・フォックです。」

とフェネが言ったので、フェネの苗字がフォックなのかと理解した。というか、フェネって先生だったの?!

「何も知らない外部生に教えてやる。まずは名乗れ。」

「私は倉敷舞華。半月前まで私の辞書にエナの字はなかった赤ちゃんですよ。」


…。


若干の沈黙の後、ブブッとポケットに入っていた端末が鳴ったかと思うと

『獣司飼颯斗様 倉敷舞華様 見届け人兼審判フェネ・フォン・フォック三等官 公式模擬戦の申請が完了しました 模擬戦システムを構築中 開始します』

と言い出し、今度は急に目の前が暗転した。




気づけば、よく分からない大きくて白い部屋の中にいた。体感速度は数秒。どういう原理なのかは想像すら出来なかった。

見ると、そこら辺の体育館より少し大きいくらいの大きさの部屋、角と壁には距離感を分かりやすくする為か、グレーで若干の模様がついて、それがないと本当に真っ白い部屋である。

そして私の手には果物ナイフが握りしめられていた。

獣司飼は私の対称に立っていて、その間にフェネが位置していた。

フェネは空間に投影されたディスプレイをいじっているし、獣司飼は準備運動をし始めていた。

大量の情報と場面変化で頭がオーバーヒートしそうなのは私だけなのか?


「それでは、模擬戦を行います。攻撃は今手に持っているものか能力を使用してくださーい。怪我は模擬戦終了後回復するから大丈夫。負けを認めるか、戦えなくなるか、怪我の度合いが致死に達したらー終了でーす…。」

なんで僕がこんなことを、という顔でフェネの元気がどんどんなくなっていたが、ちゃんと説明は最後まで言い切った。


「それでは~始めー」


『ビーー』という音と同時に壁が若干青く光り始めた。

対する獣司飼は四つん這いになり、制服も一緒に獣に変化した。

おぉ...なるほど、彼は獣に変身する能力なのだな。見た目から判断するに、狼といったところだろうか。茶色っぽいけど...


そんなことを考えていると大きく踏み込んで飛んできたらしい彼は、気づけば私の目の前までにいた。


…はやくない!?!?!?


寸前のところで身を返し、その流れでナイフを振ってみる。

皮膚が分厚いのか、毛が切れるだけであまり効いてるようには見えなかった。

物騒な話だが、もっとマシなものがほしかった。銃とか...


通り過ぎた獣司飼はすかさず体を切り返し、また突進してくる。体勢を直すのに時間をさいた私は流石に近すぎて避けることはできなさそうだった。


何も持っていない左手を前に突き出す。獣司飼は狙いを私から私の腕へと変更したのか、口を大きく開けると、噛みちぎる勢いで私の腕に噛み付いた。


「……っ!!」


鋭い歯が刺さる感覚、骨が砕ける感覚とともに激痛がやってきた。しかしこれも能力発動に必要なことであるから仕方ないのか。


「喰え」


獣司飼は攻撃が来ると思ったのか、慌てて噛んでいた手を離し、後ろにジャンプして身構える。が、噛んだことによって口の中が私の血の海と化している状態ではもう遅いのだ。


なるべく血を薄く広げ、消化管を全て被う感じをイメージしてみる。異変に気づいたのか、口をパクパクし始めたと思ったら、叫びに近いうめき声を出しながら床で転げ回り、数秒で気絶した。


外側は硬いが内側ならどうだろうと思ってやった結果だが、

…オソロシイ。死ぬほど痛そうだ。


急に、動かしていた消化管内の血が動かせなくなった。まるでリモコンのボタンを押してもチャンネルが変わらない感じである。


『ビーー』


という試合終了の合図が鳴った。このリンクが切れた感じは試合終了によるものなのだろうか。

さっきまで腕から滴りおちていた血は止まり、噛まれた傷もきれいに消えていた。痛みと骨折で動かせなかった指先も違和感すらなくなっていた。回復というよりは模擬戦開始前の状態に戻ったという感じだ。

対して獣司飼は獣化(?)が解けて、破廉恥な姿になる訳でもなく、少し着崩した制服とともに泡を吹いた本体が戻ってきていた。


人生初の模擬戦というものは呆気なく終わってしまった。




またもや暗転するとさっきまでいた場所に戻ってきていた。

さっきまで人なんて通り過ぎるくらいだったのが、何故か人の通行を妨げる程の人だかりが出来ていた。よく見れば私を含めた3人+1匹の周りには、なにか青白いバリアのようなものができており、バリアの壁の周りに張り付くようにして現れているディスプレイのようなものが、さっきの模擬戦の様子を繰り返し映し出していた。この人だかりはこの映像を見るために集まってきたのだとあらかた想像がついた。


犬と狐もあの不思議な空間から戻ってきていたようで、一人は唖然とした魂が抜けた感じで、一匹は人だかりに気づいてヤバいというような表情という感じだ。


バリアが解けるというとき、あの絡まれていた男の子が寄ってきて、私の手を握ると、

「ちょ、ちょっと来て!」


私の手を引っ張ってどこかに連れていきたいようだった。

フェネに視線を送ると


「僕はこの人だかりを片付けるから、先行っといて。」

と返事が返ってきた。


無言でうなずいてみせると、行く宛があるのかないのか、人混みを切り裂くようにして、その場を一刻でも早く逃げ出そうとしているかのように走り出し、私はそれに引っ張られるようにしてついていった。





気づけば、現代アートチックな校舎の入口(というよりかはエントランス)にたどり着いていた。

先程の騒ぎを知らないここは、かなり穏やかな雰囲気を醸し出していた。


私は不登校だったが、日頃から運動はしていたのでそんなに苦ではなかったが、ひ弱そうなこの子には長い距離を走るのは少しばかりきつかったようだ。

しかし、その疲労とは裏腹に、興奮の眼差しでこちらを見つめてきていた。


「僕は橙山あかり。すごいね!あの獣司飼を一瞬で倒しちゃったんだよ!?」


私の手を掴むと、興奮気味にブンブンと振っていた。

名前からすると女の子な気がしたが、最近は女子の制服にスラックスを導入する学校がほとんどになったため、容姿と名前からだけではどちらか判断できなさそうだ。まあ、性別の違いに関心が無いので、異性に突然むぎゅっと抱きつかれても、多少驚くだけでなんとも思わない私には、どうだっていいことである。


「多分聞こえてたんじゃないかと思うけど、改めまして。倉敷舞華です。勝てたのはたまたまだと思うよ?」

「ううん...そうか、知らないのかぁ...。

あのね!獣司飼はNUMBERSって言って、名字の読みの中に数字が入ってる人たちの一人なんだけど、そのNUMBERSはだいたい強いから、普通ならボコボコにされちゃって勝てないんだ!だから僕はびっくりしたの!」


…ん?確かにあいつは素早かったけど、そこまで強いわけではなかった気がするが...。あぁ!。私って意外と強いのか!おひょひょひょひょひょ


「おい、考えていることが顔からダダ漏れだぞ。」

いてっ


ポコン、といい音を立てて叩かれた。

声のする方向に目を向けると、空のスポーツドリンクのペットボトルを持った獣司飼と苦笑いのフェネが結構な近さに立っていた。目測で30センチほど。


「...うわあぁあ!?い...いつの間に!?」

「俺も先生も獣系だから、気配は消せるし車並の速度で走れたりするんだよ......。」


車並...?

なんかとてつもないワードが出てきた気がしたが、気にしないでおこう。


「ていうか早くない?ものすごい速さで追いかけれたとしても、もっと時間かかると思ったんだけど......あと、連れてた人たちは?」

「............。」

あ...あれ?なんかあったのかな?

「あー...逃げられた。まあ、そういう奴らだったんだよ。探す気にもなれねえ。」


若干、ムスッとづらの口角が上がった気がしたが、すぐに戻ってしまった。


「あの人混みをどうやって片付けたかだろ?フォック先生の能力だよ。お前問題児なのかは知らねえけど一緒に行動してるんなら少しぐらい知ってても

「教えようと思ったら説明用にアイツが必要だから今は無理かな。」

割って入ったのはフェネだ。


まてまて。

フェネも異能力者というものなのか?確かに、偉大なる母上が見えてない、それも人間の言葉を話す生き物が、単なるキツネですなんてことはありえんのだろうが......能力?そもそも狐の格好自体から能力だっていうことか?生まれたときから?


「ちなみにだがな、フォック先生は人間でも動物でもねえ。高純度のエナで出来た、人の手で作り出された生き物だ。生きてるかどうかもビミョウだがな?」

「最後の余計ね?ちゃんと息してるんだから。」


また考えていることが読まれていたのか、聞こうと思ったことを教えてくれたような感じになった。

ただ意外な答えだった。人工知能?人工生命体?そんなところだろうか?何でもありだな...。

そういえば半月前ほどだったか、フェネに飼い主がいると言ってた気がしなくもない。


ていうか、あかり君がさっきから登場しないなと思っていたが、彼は私を盾にして、背中の陰に隠れて様子を伺っていたみたいだった。

まるで犬みたいだとは思ったのだがそうすると、私の周辺にいる奴らは犬科ばかりだということに気づいて、ちょっと笑い出しそうになっていたのは秘密だ。(たしか狐も犬科であった。)


「......で、いつまでここで突っ立ってお喋りするつもりだ?試験始まるぞ。」


そう言われて辺りを見回すと確かに、受付らしきところで人だかりをさばいている人が増えてきていた。


じゃあ行きますか、と歩きだそうとするが、あかり君が私の制服の裾を掴んで離さなかった。

あかり君の目は真っ直ぐ獣司飼のほうへ向けられていて、獣司飼は目を逸らそうとするも、すでに負けてしまっていた。


「これからは誰に対してもどんなときでもあんな事はしねえ。あんな事言ったり胸ぐら掴んだりしてすまなかった。」


こういうタイプの人としては珍しく、すんなり謝った。

うんうんと頷くあかり君。足元になにかモサモサと当たるモノがあるなと思って見ると、あかり君の首の動きとは別に左右に結んでいる長い髪の毛が、小さくも素早く振れていた。

この突飛な風景に、既に私の思考は、「あ、尻尾みたい」としか思わなかった。慣れというものを認識するとともに少しの恐怖感を覚えるのである。

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