2月の始めに,

第1話

リビングに行くと、予想通り軽快けいかいな鼻歌と共にカレーが仕込まれていた。

「ん…?!まい?ちゃんと起きたんだ!いつもなら起こしに行かないと起きないのに……!」

「リクエストしといて、起きないとさすがにねぇ」

やはり私がいつも起きないから、驚いた様だ。


今日は1月13日のど平日、いわゆる不登校だ。

別に行きたくない訳ではなく、行けないだけ

母は気づいてない、この力のせいなのだ。


「ほいっ」

気づいたら母は私の前に立って一封の封筒を差し出していた。

「……へ?」

「珍しいよねぇ、まい宛てなんて」

差出人は国立の何処かの高校だった。

私はその封筒を受け取り、椅子にきっちりと座って封を切っていく。


……


中身はいたって普通な受験用紙が数枚。

ただ、最後の紙に

『詳細は担当の者が説明に参ります』

とあった。

ということは今後誰かが訪ねてくる可能性が高いということか。

「誰か来るってこと?日付が無いけど…大丈夫?」

母もやはり引っかかったようだ。

人に会う回数が1日平均で「散歩ですれ違った5人」程度の私が1体1、もしくはそれ以上で対面することになるのだ。……考えただけで不整脈ふせいみゃくが起きそうだ。

そもそもなんでこれが届いたのだろうか。全くもって請求した覚えはない。それに、私の成績は万年2なんだが、そうすると推薦されている可能性も低いのだ。


そんなことを何やかんやと母と話している時だった。

急にインターホンが鳴ったのだ。

母と私はお互いの顔を見合わせた。

「なんか頼んだ?」

「いや?」

そんなタイムリーな話なんてあるのだろうか。

だが、確認しなければならない。インターネットで頼んだ品物が忘れた頃に届くなんてこともあるからな。うん。

そう思いながらインターホンに近付いた。

茶色がかった髪をしたスーツの男性がモニタの端に映っている。

最後に人と話したのはいつ頃だっただろうか。飛び跳ねる心臓を落ち着かせながら通話ボタンを押した。

「はい」

「あ……国立みらさぎ工業高校の者です。」

予感が的中してしまった。早すぎではないか?まだ心の準備は出来ていないのだ。


インターホンの近くで動かなくなった私を見てか、母も一緒に(ほぼ代理で)話をすることにした。

大きな後ろ盾を得た私は、満を持して玄関の扉を開けた。


が、


「……いない?!」

インターホンのモニタ越しで見たあの人影は何処へやら。居ると分かっているのに、ものの数秒で帰るなんてことはあるのだろうか。


「こっち。こっちさ。」

小声で何処からか呼びかける声。声が聞こえてきた方向は真下、足もとだった。

「……イッヌ?!」

「何言ってんの……?大丈夫?高校の人しか居ないじゃない……。さぁさぁこんな所もあれなんで中へどうぞー」

「いえいえ、今回は状況確認の為ですので、こちらで大丈夫です。」

母に対して反応したのは白くて耳のデカい謎犬。だけど母の視線は空を切っていた。まるであたかもそこに人が居るかのように。


話はすぐに終わった。内容は学校推薦に至った経緯と受験内容の事だった。ただ、1つ問題が発生していた。

「話をしていて思ったのですが、もしかして、お伺いする趣旨が伝わって……」

「ないですねー。」

母ははっきりと告げた。

というのも、私を勝手に推薦したのは、いつもお世話になっている山仲先生らしいのだが、忘れっぽい性格だからか、アポ取りを忘れていたようだった。私の性格知ってるくせに……後で釘を刺しとかなければ……

まぁ、そこはともあれ、不登校&オール2の絶望的な状態でペーパーテストなしで入れる所なんてそうそう現れることは無いので、その高校を受けることに同意した。ネットの口コミが良さそうだったことも後押しした。


「それでは失礼します」

見えない何かがドアを開けた。謎犬は振り返って私の目を見ると、まるでついて来いとでも言うかのように尻尾を振って、閉まるドアの陰に消えていった。


なんだったのだ?

聞きたいことが山積み過ぎる。母はあの生き物が見えていなかった。母に見えているものが、私には見えていなかった。あれの言いなりになるのはいけ好かないが、今の私には情報源が謎犬しかない。


「ちょっと悠介ゆうすけ君ん家行ってくる」

悠介とは山仲先生の息子で、家が真横の幼なじみだ。不登校の私が唯一交流のある人物、いや家族だろう。先にリビングに帰っていた母からは、「ほ〜い。」と了解の返事が返ってきた。

自分の部屋に戻って、適当にフードのついた服をチョイスして、この真冬には少しどころか普通なら凍える様な軽装で、自分の家をあとにした。



急いで出てみたがいなかった。あんなちっこいやつだ、そう遠くには行ってないはず、と敷地しきちから外に出ようとした時である。

「僕ってそんなに見えてないの?悲しいんだけど…」

「……ふぇっ!」

あの謎犬だった。ちょっとした幅のある壁の上に器用に座っている。これだけ見ればちょっと大きめの猫だった。ただ、

「なんか見づらい…」

例えるならば、調子の狂ったVRゴーグルを着けているかの様に、見えているけどピントが合わないという感じだ。

「え?あっそう?んじゃ……うぅ〜ん…えい。これでどう?」

なんだろう凄く可愛い…おっと私としたことが

「直った直った」

「そんじゃ、一応僕の自己紹介しとくね。キツネのフェネだよ☆……えっ、なにその顔。犬じゃなかったの?みたいな顔されても…」

顔から感情がなくなったのが分かったのか、考えていることが読み取られてしまった。ていうか、ものすごく落ち込んでるんですけど?!

謎犬改めフェネは縦に青い線が入るかの様にしゅんっとしていた。

「わ…私はキツネ好きだよ?ほら…生で見た事なかったから…ね?」

「それもそうだね!」

開き直り早っ

「君は聞きたいことがあるから来たんだろうけど、それは後に置いといて、先に1から説明し直すよ。」

1から説明をし直すということは、さっきの説明が全部違うということなのだろうか。

「まず第1に、工業系高校ではないんだ。」

まさかの根本的なところからとは

「君が押さえ込んでいる異能力を扱っている高校だよ。」

私がこの力を持っていることを知っていたのだろうか。

「異能力を持ってないと僕を見ることは出来ないからね。現に僕の体をエナ物質100%状態にしているから、一般人には見ることも触れることも出来ないよ。」

あれ、また考えていることが読まれた。

「あ、言っとくけどね、考えていること顔に書いてあるくらい分かりやすいからね?」

「マジか!」

そうか……そうか…私は顔に出やすいタイプだったのか……それも顕著に。今更知ったよ……。

「ちなみに、全寮制なのは変わらないよ〜」

そうか、どの道親元を離れなくてはならないのか…。

寂しくなるなと思っていると、謎いn……フェネは飛び降りたかと思えばどこかに向かって歩きだした。

「ちょっ、どこいくの?!」

「いや〜君はイレギュラーでね。筆記試験が無い代わりに実技試験が

あるんだけど、色々準備しなきゃいけないの。だけど君、異能力一斉検査はやってないでしょ?だから、見せてもらおうと思って☆」

「っな、待って、答えになってない!」

「……コンビニ?かな」

「……かなってなによ、かなって……」


そんなことがあって私は国道沿いのコンビニの前にいた。このコンビニは私のトラウマの象徴である中学校の近くにあるから、あまり近寄りたくないコンビニランキング堂々1位のコンビニである。

それはそうと、

「ちょっと……はぁ、速くない?道なき道をいくとか、猫かっての……。……ごめんってキツネですキツネです。」

猫と言った途端に鬼の形相で睨んできた。なるほど、気をつけよう。

しかし裏路地からの壁登りとは……パルクールをかじってなかったらついていけなかったぞ…。

「ここって学校が近くに乱立してるでしょ?人口密度に比例してエナ濃度も上がるんだけど、ここは特に濃くてね、よく犯罪が起こるんだ。」

「エナ…?さっきもよく分からなかったんだけど。」

「そうか、知らなかったんだね。「エナ」正式には霊気だよ。君ら異能力を持ってる人は自分で作る霊気は半端ないんだけど、自身の身体の中に溜め込まれやすいんだ。だけどね、非異能力者も一応少しながら出している霊気は種類が違って拡散されやすくて、この辺みたいに霊気の溜まり場が出来ちゃうの。」

「……なるほど?そんで、定期的に溜まっては霊気にあてられた人が犯罪を犯してると。んで、今日霊気の量が最大になるということですか。」

「……理解が早すぎて助かるよ……。すでにエナ量は最大だから、すぐにでも起きておかしくは無いんだけど……。」

そんなにすぐ起きるものなのか?と夕食までに間に合うかを心配しようとしたが、


「ギャアァァァァーーーー」


そんな心配をするよりコンビニ強盗を捕まえろという目を向けられて、そんなこと出来るのかという心配の方が強くなった。まぁ、何とかなるか…

そして私は悲鳴を聴いて来てみましたと言わんばかりに自動ドアの扉をくぐった。




「どうしたんですか?」

そう言って目を向けた先には銃を持ってレジで震えている店員を脅している、ヘルメットを被った細身の男の姿があった。ヘルメットで良く顔が見えないが、かなり焦っているようだった。

…?!

…じゅ…銃?!こういうのって包丁を携えてるのがテンプレじゃないのか?生憎あいにく男が持っているのが本物なのかエアガンなのかモデルガンなのかが見分けがつかない。もし本物だとしたら周りに危険が及ぶ。私自身に注意を向けなければ……。

でもその必要はなかったらしい。

「動くな!!!」

罵声を響かせ私を威嚇しながら銃をこちらに向ける。

私に注意を向けることには成功した。ただ銃を持つその手は小刻みに揺れていて、彼の指は引き金をいつでも引ける位置にあった。パニックになって指を引いてしまえば誤発を招きかねない。あの銃を奪って無力化したいものだが。

「銃を、離してください…」

そう言いながら私は男に近づいた。

「動くなって言ってるだろうがぁあ!撃つぞ!!」

男はその次の瞬間にたまたま瞬きをした。チャンスだった。すかさず男の間合いに入り込み、銃口を右手で塞ぐ。

もちろん男のパニック度合いは最高潮。刹那、バンッッと耳鳴りがするほどの銃声が手元で発生した。しかし、銃弾は手を貫通することはなかった。自分の手から血が吹き出す。痛々しいがこの位なら私は3日で治る。ここからだ。

血をエナ…だったかに変換すると銃に飛び散った血は黒く変化した。

「……喰え…」

黒い液体と化した血は銃を包むように広がると、数秒のうちに、まるで固形入浴剤のように、銃もろとも消え去った。

男はまるで化け物を見たかのように小さな悲鳴を上げた。

男のがら空きになった腕を打たれていない左手で引っ張り、バランスを崩したところで手を後ろに回し床に押し倒した。

バタバタと抵抗はしているが日頃運動していないのか、手を振りほどくほどの力ではなかった。

「いやー流石だね。吸収系の異能力かな?でもあんな危ない事しちゃだめだよ?」

「正確には吸収系ではないです。発動には自分の体液が必要なので、あのサイズを無力化するには血が最適でした。それと、この規模の傷なら数日で消えます。」

「え…そう?」

銃で撃たれた傷が数日で消えると言われればそりゃ驚くだろう。私だって数年前まで知らなかったのだ。

数分後、パトカーのサイレンとともに7人以上の警察官が押し寄せた。身柄を引き渡し、男が パトカーの中に押し込まれていったのを見て少し安堵あんどしたが、周囲の人たちはそうそうそんな時間を確保してくれるはずがなかった。

「ちょっと!手から血が出てるじゃないですか!救急車を呼びましょうか?」

手から出ている血を見て焦る警察官。

「目撃者によるとあの男性は銃を持っていたらしいんですけど、どこに置かれたか覚えていますか?見つからないんです。」

既に目撃者の証言を集めてきた警察官。

私の手の出血を見つけてから警察官たちに焦りが広まっていた。

「手は、大丈夫です。それと、男の持っていた銃ってのは多分これです。」

そう言いながら服についているポケットの中に怪我をした右手を入れる。もちろんポケットには何もないが、この力をまじまじと見られてしまえばなにかと面倒くさそうだ。血をエナに変換する。液体になったところで、あの銃を”複製”した。

ポケットの中から出てくるという不意打ちにざわつき、私に向かって膨大な量の質問が飛んできそうな雰囲気だったが、ある人の登場で一気に注目が私からその人に向けられた。

「お疲れ様」

その声の発端ほったんは足元のフェネだった。しかし今回も警察官が向いているのはその頭上だった。今なら分かるが確かにうっすらと人の輪郭りんかくが見えないこともない。

「赤髪にそのピアス...ということはあの特殊部隊だった方ですね!」

「それ以上話さないでください。これは国家機密ですから。」

え...国家機密?

「あの」の部分は何を指しているのか分からないが、なんとなく私が持っている力に関することな気がする。それにしては家の前で喋っていたしさっきも話していたが...

「この人は私の教え子なんです。連絡先をお渡しするので事情聴取はまた後日にしてもらえませんか?もうこんな時間で家に帰らせないといけないので。」

そんな言葉を待っていたかの様に午後5時をしらせるサイレンが鳴り響く。

時間というよりも連絡先をもらったことに興奮したのか、数人の警察官はそろえたかの様に敬礼をしながら、「ご協力ありがとうございます」と大きな声とともに見送ってくれた。

私にとっては何も無いところに向かって話している様でシュールだったが。


この足元を歩くフェネにはなんだかんだ助けられている気がする。全て計算だったのだろうか。

「……で結局君の能力は?」

そうだ、最後まで紹介していなかった。

「コピペです。」

「それだけ?!」

まぁ、複雑なことをやっている自覚はあるがそれを3文字であらわされたら、そんな反応になるよな。

「学校に行ってない時間で色々やって分かっていることは、発動には体液が必要なこと、コピーする時に体液が黒色に変色すること、同じようにペーストする時は体液が白色に変色すること、コピペする対象が大きくなるにつれて体液は汗から組織液にかわること、くらいで。」

「十分すぎると思うよ?」


家に向かって歩いていたが、しばらくは沈黙が続いた。何を話すべきかを迷っているようだったが、流石に辛いので疑問の多い試験のことについて話題を出してみる事にした。

「ねぇ、試験って何するの?ほら、対策とか必要だし。」

「今日の活躍をみてたら対策は必要ないと思うよー」

「んえ?どゆこと?」

「はぁ…君には驚かされてるって事。」

ほぅほぅ…ほぅ?

「じゃあ、試験ってどこでやるの?」

「大丈夫。僕が迎えに行くから。」

え…普通自分で行くもんじゃないの?ということはやっぱり私は問題児?

フェネは続けるようにして話しだした。

「大抵の異能力者は親からの遺伝だから、親から異能力者世界の常識イロハを教えてもらったりするんだけど、君のお家は何かとあるみたいだし、僕が案内してやらないと多分迷う。というか入れないだろうね。」

どちらかというと問題児ではなく問題一家の様だ。何故なぜか社会からハブられた気分になった。なんかもうむなしくなるだけな気がするので話題をかえよう。

「話は変わるけど、フェネって何者?キツネなのに喋るし。私には見えてない人間の姿は、最初は髪の毛茶色だったのにさっきは赤色って。よくわからないんだけど。」

「ん…あぁ、茶色は真面目っぽくしたかっただけ。赤色はご主人の髪色をパクってきた。…てへっ」

てへってなんだよてへって…。それにしてもフェネに飼い主がいたなんて…

話しているうちにいつの間にか自分の家は目と鼻の先にあった。

「フェネの飼いぬsじゃなくてご主人ってどんなひt…」

「今日はここまで!迎えに行くのは2月2日のお昼!それ以降は気軽に帰ることが出来ないから目に焼き付けておくこと!服は支給されるからそれ以外の大切な物は荷造りをしてまとめておくこと!お母さんには適当に言っといてー」

フェネは急ぎながら言いたいことを全部言うと、まるで今までが幻覚だったかの様に姿が揺らめいて消えていった。


午後5時30分。どとうの1時間。やっと終わったのだろうか。はぁ…色々ありすぎた。

あれ?なんか忘れてる気がする。

あっ…

「人と話せてた…」

どうやら出かける前に心配していたことはこの1時間で消え去っていたようだった。ただ怖かっただけだったのかと今なら笑えてくる話だ。

そうだ今日はカレーだった。まだ時間はあるし、今日の出来事は後で振り返ろう。そう思いながら家の玄関のドアの取っ手を掴んだ時だった。忘れていることはもう1つあったのだ。

「手の傷どう説明しよう…。」

別に血はしたたっている訳では無いが、明らかに取っ手には赤色の手形がついていた。

この後母に猛烈もうれつに心配されて救急車を呼ぼうとするとは思いもよらなかった。カレーは美味しかったが…。

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