第71話 (元)トスカータ邸にて

 日が沈み、俺達はトスカータの屋敷で一泊することになった。


「ここはクライスさんが所有していることになっているんですよね?」


 広間のソファでルリリはくつろいでいる

 暖炉と絨毯がある豪華な広間ではあったが、かなり放置されていたようでこの屋敷に来た時には埃が被っていた。それをみんなで掃除をし、何とか一泊できるぐらいに設備を整えた。その後、食事を終えて月光が窓から差し込む中、ゆっくりと広い客間でくつろいでいた。


「ああ……元々はトスカータという貴族が所持していたが、俺が譲り受けている形になっている……」


 らしい。


 ナッソーでクライスがどのように生活していたか、トスカータ家にどのような仕打ちを受けていたのかなどは「スレイブキングダム」では一切語られなかった。まぁ、クライスに可哀そうな過去があったとしてもそれは抜きゲーとして邪魔な情報であるからして語られないのは当然ではある。


「それにしても……いわくつきの屋敷であるから、誰も使っていなかったようですね」


 壁にもたれかかるレンが、このナッソーの村長から聞いた話をする。


「疫病でなくなったという噂ですが。トスカータ一家が病魔に侵されていたという話は死の直前までなく、しばらく姿を見せなかった間に突然一家が全滅し、死体が見つかったと言う話ですか……その死体も綺麗で外傷がどこにも見られなかった……と」


 レンは俺に少し厳しい目を向けた。


「クライス殿———何をしたのです?」


 この空間にいるのは俺とレンとルリリだけ。 

 全員「人体支配」を知っている人間だ。ならば当然、そんな話を聞いたら俺が何かをしたと疑うのが当然であるし、レンはこれからこの国を守る王になる人間だ。そこははっきりさせておきたいのだろう。

 だが———、


「わからない。この島で過ごした記憶はあいまいで、あまり覚えていないんだ」


 そう誤魔化すことにした。

 本当は知らないのだが、それを本当に言ってしまっても信じてもらえないだろう。

 俺は知らないが、クライスはこの島で生きていたのだ。全く知らないは理屈が通らない。


「だけど———、」


 断片的に伝えるしかない。

 俺は一つ言葉を区切り、天井を見上げた。

 ここは一階、その上には昔クライスが使っていた部屋がある。


「———俺はこの家の令嬢に気に入られていたみたいで、ひどいいじめにあっていた……みたいだ。記憶が混濁するほど」


 夢で見た光景だ。

 このトスカータ家の娘にクライス・ヨセフは性的な虐待を受けていた。

 だからだろうと思う。この家の人間がいなくなってしまったのは———。 

 そして、ここからは俺の予想であるが、「スレイブキングダム」でミストの過去が少し描写されている。ミストは孤児だった。その孤児時代にスラム街でレイプされた過去回想がゲーム中で挿入されるので、彼女はトスカータ家とは元々無関係だと思う。それでも彼女がトスカータの姓を名乗っているのはクライスが付けたからだと思う。その理由は恐らくトスカータ家が全滅したのは計画的ではなく、突発的な衝動によるもので、ミストにその名前を授けたのは罪滅ぼしのつもりではないかと思う……。


「いや、そんなクライスが優しい男なわけがない……か」

「クライス殿?」

「ああ、いや……ちょっと物思いにふけり過ぎていた……とにかく、俺がレンと久しぶりに会ってもわからないほど容貌が変わり果てていたのも、その令嬢のせいだと思う。子供の頃のクライスは痩せていて、その……そこまで醜い容貌じゃなかった」

「ええ、美少年でした」


 俺の言葉に間髪入れずにレンが同意する。


「ありがとう。その容貌のせいで令嬢に気に入られて虐待されたから、全てが嫌になって自分の容姿に無頓着になった。むしろ醜く変えようとしたんだと思う」


 その仮説を進めるとルリリが苦しそうに胸を抑える。

 そういえば、彼女は顔を触ると人の心がわかる能力があるのだった。それでクライス・ホーニゴールドの本質を見抜き、〝邪悪〟だと罵倒したのだった。

 その〝邪悪〟さにも、〝邪悪〟になるだけの理由がある。いろいろな不幸が積み重なり、そうなってしまったのだ。〝邪悪〟にはなりたくてなったわけではない。

 それを知ってしまい、彼女は更に胸を痛めているのだろう。

 元から気にしていないから———そんなに気に病む必要はないのに。


「そうですか。そこまで聞ければ充分です。このナッソーでクライス殿がどのような仕打ちを受けて、この状況が作り出されてしまったのか。元をただせば父、ルイマスのせいですから、どのような罪をクライス殿が犯していようが、責める資格は我々にはありません。それどころか。罪を償う立場にあるでしょう」


 レンは壁から身を離し、ゆったりとした足取りで俺へ向けて歩み寄って来る。

 そして、椅子に腰かけている俺の前に膝をついた。


「レン?」


 何のつもりだ?

 謝罪をするつもりか?

 もう彼女には誠心誠意を尽くしてもらった。これ以上謝罪されても、俺は余計だと思うが———。


「クライス殿———上書きをさせてください……と言ってしまえば、それもそれで独善的で、あなたの心情を推し量っていないのかもしれません。ですが……あなたに言いたいことがあります」


 上書き……?

 レンは俺の手を取った。

 そして、言うつもりなのかわからないが……その掌を自分の頬に当て、真剣な瞳で俺の目を見る。


「クライス殿———今夜、私を犯しませんか?」


「……………ハァ⁉⁉⁉」


 真っすぐな瞳で、彼女はそう言った。

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