第70話 埋葬。
ナッソーの村のはずれの海が見える崖の上に、シドニー・ヨセフの墓はある。
十字に組まれた木の棒が積まれて小さな山になっている上に刺してある。その棒が花の冠がかけられた簡易的な墓だ。それでも、元々経済的にも文明的にも豊かではないナッソーの村民にとって最大限の敬意をはらった埋葬だった。この島を病から救ってくれた英雄に対する。
その隣をファブルが操る巨大クワガタが堀り、人が一人は入れる分だけの穴ができた。
その中にルイマスの入っている棺を入れ、土をかけて埋葬していく。
「———安らかにお眠りください。お父様」
ルリリが目を閉じて祈りを捧げる。
俺もルリリに倣って黙とうをし、やがてファブルが土を棺にかけている音が聞こえなくなる。
目を開いて、ルリリを見ると彼女はまだ目を閉じて父を悼んでいた。
「ファブル殿、石を———」
だが、レンは既に目を開けて、ファブルに指示を飛ばす。
ファブルは「へい」と一つ返事をして長方形の大きな石をルイマスを埋めた場所の上に置いた。
「ヨセフ家親子の墓、というわけか———」
十字に結ばれた木の墓の隣に、ナッソーで調達した不格好な巨石を置いた墓。どちらもみすぼらしく、とても貴族の墓とは思えない。
「今はこうすることしかできないことをお許しください。シドニー殿」
レンは頭を下げて目を閉じて祈りをささげた。
「……これで良かったのか?」
「………わかりません」
俺が問うと、レンは目を開け、遠くの海を見つめた。
「この結末が正しいとは思っていません。ただ、他の道がなかったとも思っています。下々の意見を聞かず、権力を振りかざす王に対して、双方が幸せになる道などはなかった。私に対する愛情を失ったとしても父は父です。愛されたかった。最後まで父から褒められることがなかったことが悔いではあります」
「そうか……もっと時間があればよかったのかな……」
「そうなれば、私たちは強引な手段を取らざるを得なかったでしょう。父を王座から引きずり下ろし軟禁し、権力を失わせる。クライス殿が助かり、この国をこれ以上腐敗させないためにはそうするしかなかったでしょう」
「そうだな……」
ルイマスの統治は腐りきっていた。
大臣は私腹を肥やして王妃はワガママ三昧。それを許していたのはほかでもないルイマスだ。
単純に、王という名誉に目がくらんで王位を簒奪したつけが回ってきたのだろう。そこから先、国をよりよくしたいと言う大望もなく、王の特権ばかりを行使し、施しを与えることもなく、権力にしがみつき続けた。
報いという奴なのだろうか。
「———このように父にとって最大の屈辱ともいえる結末になったことは、全てルイマス・ナグサランという王の業によるものだと思います」
「屈辱?」
「ええ……王でありながら、こんな辺境の地で自身が追放した人間と隣り合わせで埋葬される。そして、誰よりも名誉や権力にしがみついた父が誰にも看取られずに息を引き取り、葬儀に参列する人間も十人にも満たない。一国の主を務めた男の最後としては余りにも惨めです」
レンはそうして歩き始めた。
そんなことを言うものだから、てっきりルイマスが眠る墓に近寄っていくのかと思ったら、クライスの父、シドニーの墓へと向かい、十字棒にかかる花に優しく触れる。
「シドニー殿には申し訳なく思いますが……」
シドニーにとっては自分を追放した仇である相手と隣同士で眠ることになるのだ。
「それを思うと、これは私の業なのかもしれません……私も恐らくろくな死に方をせずに、ろくな墓も作られないでしょう」
グッと拳を握り、胸に当て俺へと振り返る。
「ですが———構いません。もう信念に従い生きると決めましたから」
「そうか……業ならこの姿も、俺の業だな……クライス・ホーニゴールドはナグサラン王城に帰るまでにいろいろ悪い事にも手を染めてきた。そのつけを払わされているんだな」
「……そうですね。この世界に罪がない人間なんていないのかもしれませんね」
レンは振り返り、また目線を海の方向にやる。
ルイマスは自身の業のせいで王とは思えない惨めな最後を迎えた。クロシエだって権力の座を追い落とされて、平凡な人間と化した。大臣も同様だ。
多くの人間の恨みを買ってしまったからだと、俺は思っている。
それを業だというのなら、俺やレンにも大なり小なり業はある。人に恨みを買わずに生きていける人間などいない———どんな人間でも叩けは埃は出る。
「それでは———行きましょうか」
「ああ」
葬儀を終えたと、俺達は墓に背を向け歩き出す。
「あ……クライス殿、少し待ってください」
「ん?」
レンに呼び止められ、
「その父の姿———ここでは、いいのではないですか?」
「いい……? とは?」
どういう意味だ?
「ここは王都から外れた辺境の地。ずっと老王である父が元気に歩き続けていたら逆に違和感があるでしょう。ですので、この地にいるときぐらいはその「人体支配」で変えられた姿を元に戻してみては?」
確かに、レンの言葉には一理あるし、老人の体のままでいるのは全身が凝って辛い。
だが———、
「とはいっても、クライス・ホーニゴールドの姿に戻すわけにはいかないだろう。仮にもそいつを俺達は埋葬に来たわけだし……」
「確かにそうですよね」
俺に反論されているのをわかっていたのか、レンは残念そうに苦笑した。
あぁ……彼女としてはこれ以上、俺が父の姿でいるのが耐えられないのかもしれない。
そうさせている原因は俺にもあるがレンにもある。
それに父の死を侮辱し続けていることが、やはり娘としては心が痛んでいるのだろう。
「———わかった」
「え?」
「この島にいる間は姿を変える。ルイマスの姿は使わない。
驚くレンの前で、俺は「人体支配」の力を使い、ルイマスだった肉体を改変させていく。
もっと若々しい、男性の姿に———。
「これで———いいか?」
「その姿は……」
俺は整った顔の、シュッと引き締まった、金髪の男性の身体に肉体を作り替えた。
鏡は見れていないが、痩せているのでそこそこイケメンだと思う。
「くぅくん……?」
レンがぼそりと呟く。
「あぁ……つらい経験があって、暴食をせずに健やかに育っていたらこんな感じだったのかなってイメージした通りの俺の、クライス・ヨセフの姿だ」
俺は痩せたキモデブではない、痩せたクライスの姿に肉体を変えた。万全を期すなら、大臣を倒した時の女クライスの姿にした方がよかったのだろうが、この島に来たことと、レンが過去のクライスを覚えていたことで、強く、その時の彼がそのまま育っていた姿をレンに見せたいと思ってしまった。
細くなったクライスの姿を見たレンは、少し目を潤ませながら、「えへへ」と笑った。
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