第69話 ナッソーの地へ

 レンが女王となったからと言って、前王であるルイマスが早々に城からいなくなってはあらぬ疑いをかけられる。だから、俺はしばらく肉体改変 フォルムチェンジでルイマスの振りをし続けなければならない。

 段階的にみんなの前に姿を現す回数を減らし、やがてレンの支持基盤が盤石になったタイミングでルイマスの死を発表する。

 その時は葬式の時だけ俺が死体の振りをすればいいし、最悪、死後まもなくであれば、「人体支配」スキルを使って肉体を作り替えることができる。それで適当な死体をでっち上げることも可能だ。

 クライスとして大手を振って外を歩くことができなくなり、ルイマスという老人としてしか歩けなくなったのは辛いが、それはクライスが背負った業だと受け止めよう。

 クライスがミストを調教したり、ニア帝国で出世のために行った悪行は消えることはないのだから。


「ここが……クライス殿が追放されたナッソーですか……」


 この、ナッソーという名の島でどのような虐待を受けたせいで心が歪んだとしても、クライスは罪を犯した人間であることは変わりないのだから。


「ああ、そうだ……」


 俺は、レンの言葉に応えながら、ナッソーの島の土を踏みしめていた。

 島民の目があるので、ルイマスに相変らず化けながら。

 ナグサランの王族のみが使用を許された豪華な帆船が、国のはずれの田舎に付けられ、何事かと島民が集まって来ていた。


「平和そうな村ですね」


 南国の雰囲気を持つその漁村は丁度漁を終えた男たちが網にかかった魚を箱に詰めているところで、女たちは荒々しい漁にまた出ていく男たちのためにほつれた服を修復していた。

 平和な漁村の風景そのもの。

 伝染病が蔓延していた村だとはとても思えない光景だった。


「あぁ……シドニー・ヨセフの功績だ」


 彼が頑張って島から病魔を取り除いてくれたからこそ、このナッソーは平和を保っている。


 ズズ……。


 船の上から棺を引きずる音が聞こえる。


「行きましょうか。アニキ」


 棺を引きずっているのは、巨大なクワガタ虫だった。その上に乗っているファブルがクワガタに付けられている手綱を引いて操り、クライスに肉体改変をしたルイマスの死体を引きずっていた。


「アニキではない。余は国王だぞ」

「そ、そうでした……すいやせん……」


 軽率に、ルイマスである俺をクライス扱いするファブルを咎める。

 ニア帝国との戦いを終えて、一命をとりとめたファブルにも事情を説明し、協力してもらうことにした。ファブルは帝国との戦いのとき、蟲を使った情報網、そしてレグルスからの攻撃に対する反撃とはいえ、蟲を操りナグサラン軍として戦いに参加した。その貢献を認め、恩赦を出しレンを襲おうとしたのも未遂ということもあり、無罪放免となった。ただ、王都にいることは許されず、この島へと実質追放となった。


「ここではどんな虫さんに会えるかなぁ……」


 ただ、本人としては自然あふれる環境であればそっちの方がいいらしく、喜んでナッソー行きを受け入れた。


「申し訳ないな。ファブルよ。お主を近くにおけばやはり勘繰られる可能性があり、それを恐れる余の器の小ささを許せ」

「いえいえ、あの戦いで死にかけたところを助けられたんです。命があるだけありがたいです。ヒッヒッヒ……」


 相変わらず、不気味に笑うファブルに苦笑してしまう。


「お主にはあの屋敷をあてがった。クライス・ホーニゴールドの屋敷じゃ。好きに使うが良い」


 丘の上にある屋敷を、旧トスカータ邸を指さす。

 ミストと同じ苗字であるトスカータ。その家が所有していた屋敷だが、現在はクライスが個人で所有していた。それが何を意味するかは俺はわからない。城に保管してあった資料の記載ではあの城にいたトスカータ家は全員伝染病でなくなっており、それが治療が間に合わなかったのか、クライスが何かしらの策謀を巡らせたのかはわからない。

 ニア帝国で暗殺者として育てられた孤児のミストにどうして同じ苗字があったのか。それもわからない。どちらも「スレイブキングダム」のゲーム上では描かれなかったことで、それを知るのはクライスしかいないのだが、俺がどんなに思い出そうとしても思い出せない。

 まぁいい、いずれおいおいわかる日が来るだろう。

 ファブルは「ありがたき幸せ」俺に向かって一礼しながら、巨大クワガタに棺を引かせて砂浜を進んでいく。

 レンが指示を出しながら、同行した数名の水兵たちに荷下ろしをさせている光景を眺めながら、俺も村の奥へと進んでいく。

 この村のはずれの———崖の上にある場所を俺達は目指していた。


「———行きましょうか。クライスさんをとむらいに」


 俺の隣にルリリが浮かない顔で並び立つ。


「本当だったら、堂々とクライスさんとお父様と、クライスさんのお父様の墓参りに来たかった」

「ああ——そうだな」


 俺達はこの地に、墓参りに来たのではない———埋葬にやってきたのだ。

 クライス・ヨセフを父、シドニー・ヨセフの隣に埋葬するために。

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