第68話 戴冠式

 ニア帝国を退けてから———数日の時が経過した。


「余はもう年老いた……ニア帝国からこの国を救ったことを称え、王位を我が娘———レン・ナグサランへ継承させる」


 王の間———その日は、諸侯貴族たちが集められていた。

 ルイマス王に「人体支配」の力で化けている俺は、諸侯貴族たちの見ている前で、頭の上に在る王冠を外し、跪いているレンへと被せ、王の証しであるマントをその背中に羽織らせる。


「———皆の者」


 そして王冠を受け継いだレンは立ち上がり、王の間に集まる諸侯貴族たちへ向き直り、堂々と胸を張った。


「私が———本日よりこの国を治める女王となった———レン・ナグサランである!」


 そう———宣言した。


 自分がこの国を支配する女王であると……。


「「「うわああああああああああ‼‼‼ 女王陛下万歳! 女王陛下万歳! 女王陛下万歳! 女王陛下万歳! 女王陛下万歳! 女王陛下万歳!」」」


 諸侯貴族たちがレンを称える声を上げる。

 その光景を遠くでルリリは泣きそうな顔で見つめていた。

 それは、これから俺がすることが胸が痛むことだからだろう。

 既に俺が父親に化けて、ルイマスの死を冒涜している上に、更に俺は死者に鞭を打つ真似をしなければならない。


 俺はレンの前に一歩出て、


「———レンを女王と余が認めるにあたり、レンがこの国に貢献した功績はニア帝国を退けただけではない……これ———棺を持ってまいれ」


 俺が手を叩くと、アリスとメイド服を着たクロシエが車輪付きの棺を押してくる。

 クロシエは、完全に後ろ盾を失い、これまでの悪行もありメイドとしてこの城に仕えることになった。所業の重さを考えれば処刑されてもおかしくないのだが、レンも俺もこれ以上血が流れるのを望まなかったのと、一応クロシエの協力があったからこそ闇の薬師、マティアスとのコンタクトが上手くいったこともあり、恩赦という体で命を奪うまではしなかった。


 だが、王妃の立場を残せば、また争いの火種になる可能性がある。なので、身分をメイドへと堕とし、これまでの使用人に対する仕打ちの報いとして雑用をさせている。クロシエの性格の悪さから、相当の反発を覚悟していたが、案外とすんなりメイドの身分に甘んじているらしい。噂によると、アリスの弟、ルアに気に入られたいがため、アリスにも媚びを売り始めたのだと聞く。


 その、何ともいえなくなった関係性になった二人が共に持ってきた棺。

 その中にいるのは———、


「開けよ」


 棺が開かれ———太った金髪の男、クライス・ホーニゴールドの眠ったような死体が晒される。

 諸侯貴族たちが息を飲む。


「この者の名は———クライス・ヨセフ。邪悪な〝淫魔の魔眼〟を持つ一族の最後の生き残りであり、先日、クライス・ホーニゴールドと名を偽りこの城に潜入していたのを捕えていた———、」


 この死体は、ルイマスの死体である。


 俺が「人体支配」の肉体改変フォルムチェンジを使ってクライスの姿に変化させた。死体にまで「人体支配」が適用できるとは思わなかった。だが、できた。『幻惑の薬』を使い、それでは俺はルイマスが可愛い女にしか見えず、レンやクロシエに監修してもらって、ほとんど目隠しをした状態でルイマスの身体を作り替えるというかなりの無理を行った。

 なので、実はこのクライスの死体はよくよく見れば、全然クライスには似ていていない。閉じている目元と輪郭がきりっとしていて、痩せれば絶対にイケメンだろうと言う風貌になっている。

 だが、この場はそれで誤魔化せる。何故なら、クライスの顔を覚えている人間など、この場には、俺側の人間しかいないのだから。


 俺は、ルイマス王として言葉を続ける。


「———そして、この国がその〝淫魔の魔眼〟により裏から人心を操られ、ヨセフ家に支配されていたと判明した。ので———毒にて処刑した。その判断を下したのはこのレン・ナグサランである」

「……………」


 レンはギュッと眉間にしわができるほど、強く目をつむっていたが、カッと目を見開き、


「この者は「人体支配」という力を使って人間を操ることができる! 私はそのような力は危険すぎると判断し、毒による処刑を行った! 全てはこの国を守るためである!」


 レンは打ち合わせた通りのセリフを堂々と言う。

 これは必要なことだ。


 ルイマスが大々的に、「人の心を操る力がある」と言ったクライスをレンはその場で庇ってしまった上に、クロシエのヨセフ家によってこの国は操られていたという言葉。レンが操られていると思う者が出てくるのは間違いない。


 クライスの正体が暴かれてしまった以上、クライスが生きている限り善意でも悪意でもこの国に反乱の火種が生まれてしまう。

 だから、ここで死んでおかなければならない。

 人を操る力を持っている人間は、もうこの世から死滅したと、大衆には思わせておかなければならない。

 遠くでルリリが辛そうに両手で顔を覆っている。

 仕方がないのだ。

 ここで徹底的にレンはクライスと決別しないと———国民が納得しないだろう。


「この私、レン・ナグサランは民の平和を守るためならば非情な手段を取る! これはその決意の表れであると思っていただきたい!」


 そう宣言して、言葉を締める。

 彼女は打ち合わせをしたセリフを言いきった。

 後は諸侯たちの讃える声を聴き、この式を終えるだけだ。


「……う、うおおおおおおお‼ 女王陛下ばんざ、」

「———ただし!」


 ん?

 レンが諸侯たちの「女王陛下万歳」の言葉を遮った。


「———ただ、彼の父、シドニー・ヨセフは人を操るような力はなく、最後までこの国に忠義を尽くした善人であった! であるが、我が父、ルイマス・ナグサランは不当に彼を追放した。彼に罪はなかった。そのことだけは、ここで謝罪をさせていただく!」


 戸惑う諸侯の前で、レンはぐるっと棺を回り、クライスの死体に向かって跪いた。


「王として———ここに謝罪する」


 頭を下げる。


 彼女のいる位置は若干妙で、棺の正面ではなく少し斜めの場所で跪いていた。

 その彼女の頭を下げた先が、棺を通り越して、俺に当たるように位置を調整していたのだ。

 戸惑う諸侯貴族のどよめきが起こったが、レンはしばらく頭を下げ続けた。


 レン、それはマズい……。


 せっかくクライスとヨセフ家との関係を断ち切る儀式を死体に鞭打ってまで行ったのに、謝罪をしてはやはりまだクライス・ヨセフに操られているのでは? その残滓が残っているのでは? と、疑われかねない。


 だが、彼女の誠意は———嬉しかった。


 その後は形式のっとり、式は進行した。 


 こうして、ルイマスからレンへ王位を譲り渡す———戴冠式は終わった。

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