第67話 ルイマスの死

「———遺体いたいは何処に?」

「国王様の自室の中に、亡くなられた状態のまま放置しております」


 俺達はアリスからルイマス王崩御の知らせを聞かせられ、凱旋ムードを消して審議を確かめに彼の部屋へ向かう。


「城の人間にはまだ知られていないんだな?」

「———はい、おっしゃる通りです」


 ルイマス王に化けている俺とアリスは城の人間に聞かれないように小声で話しながら廊下を進む。

 現在廊下には誰もいないが、大声で話すような内容では消してない。

 ここで今、歩いている国王が既に死んでいるなんてことは———。


「昨晩はいろいろあり、〝戦の塔〟が灯り、国王様が諸侯たちの前に姿を現したと聞き、国王様の自室に確認に入ったところ、既に事切れている国王様の姿があり……そして、そこにいるはずのルリリ様の姿がみえず……」


 アリスがチラリとルリリを見やると、彼女はびくりと肩を震わせた。


「……ルリリ様はルイマス王の部屋の鳥かごに囚われておりました……ですが、私が部屋に入った時には鳥かごが破壊されていて……その状況で人を呼んでしまえば、ルリリ様に国王殺害の疑いがかかる可能性もあると思い」

「わ、私が……光皇翼こうおうよくを使って飛び出した時には……お父様はベッドで寝ていました……ひどくうなされていて……もしかしたら鳥かごを破壊したときに破片か何かお父様の頭に当たって……」


 わなわなと手を震わせて、恐怖に震えるルリリ。


「大丈夫だ。きっとルリリのせいじゃない。気に病むな」


 そんな彼女を俺は励まし、遂にルイマスの部屋に辿り着く。


「ここか」 


 扉をあけ放つ。

 豪華な金の装飾が施された家具があちらこちらに見える、きらびやかなまさしく王にふさわしい部屋。

 そんなきらきらした空間で、窓際には似つかわしくない人が一人入れるほどの、いびつさを感じさせる巨大な鳥かごが設置されていた。

 鳥かごは———破壊されている。

 窓に向かって破壊されており、開け放たれてた窓からは風が入り込み、カーテンを揺らす。

 その揺らめくカーテンの下に、うつぶせの状態で老人が倒れていた。


「ルイマス王……」


 この国の最高権力者———国王は何か救いを求めるように窓の外へと手を伸ばしたまま、絶命していた。

 レンとルリリがダッと駆け出す。それぞれ倒れている彼を父と呼び、嘆き、その体に触れようと手を伸ばす。


「触らない方がいいわよ。状況が状況だから———」


 ベッドの上から声が聞こえる。

 意外な人物がいた。


「クロシエ……」

「はぁい……クライス・ヨセフ」


 ベッドに座っているクロシエは妖艶に微笑んでいた。その姿はまさに悪女というのにふさわしい表情———だったのだが……、


「その恰好……どうしたんだ?」


 彼女はメイド服を身に着けていた。

クロシエの顔立ちは美人で整っているものの、気が強そうなツリ目で、何となく野心が見るだけで感じられるような顔立ちをしており、非常に似合っていない。


「こっちもいろいろあったのよ。それに、お互い様でしょ。そうやってルイマスの姿をしているってことは———帝国を撃退する計画は順調にいったみたいね」


 俺の姿から察してくれる。彼女は『変化の薬』が目的で俺が薬師のところに向かった意図を推測したのだろう。


「———クライス、元の姿に戻れば? 『変化の薬』はまだ持ってるんでしょう? その姿は気持ち悪いから。死んでいる人間と同じ姿の人間が歩いているなんて」

「…………」

「どちらにしろ、ここに人が入って来られると、まずいでしょう?」


 ルイマス王の死体がある現状、俺がルイマスの姿をしていようがクライスの姿をしていようが、何も知らない第三者に目撃されるとまずい。


「———肉体改変フォルムチェンジ


 俺は体に「人体支配」スキルを使い、クライス・ホーニゴールドの姿に戻した。

 そんな姿を見てクロシエは目を丸くし、アリスは素早く「見張っています」と部屋を出た。これで、事情を知らない誰かが入ってくることもないだろう。


「薬を使わないで、できたのね」

「おかげさまでいろいろあったからな……それで、どうしてルイマス王が死んでいる。お前がやったのか?」

「ええ」


 あっけからんとクロシエが肯定する。


「どうして? どうしてこのタイミングで殺した? 理由はなんだ?」

「……? タイミングも理由も何も、全部知ってるでしょ? 私は大臣と共にこの国を乗っ取ろうとしていた。それで毒薬をルイマスに飲ませ続けて、あの体には毒が蓄積して、いつ死んでもおかしくなかった。その時が来たってだけ」


 そうだ、クロシエのせいでルイマスの身体は元々ボロボロだった。

 クロシエは元々、大臣と共にレンとルリリを排除した後にルイマスを殺してこの国を乗っ取ろうと企んでいた。そのためには自然死に見せかける必要があり、弱い毒をずっと彼に盛り続けていたのだった。


「そう、か……ルイマス王が亡くなった時、クロシエは傍にいたのか?」

「いないわよ。私もセンパ……じゃなくて、アリスに呼ばれてここに来て、ルイマスの死体を見たんだから」


 クロシエは今、アリスのことを「先輩」と呼びかけた。本当にいろいろあったようだ。

 それにしても———何とも言えない、最後だ。

 この部屋で一人、誰にも看取られずに亡くなった……国を治めた王の最後にしては、随分と———惨めな最後だ。


「……せっかく、ニア帝国を退けたが、これでは戦勝を祝うわけにはいかなくなったな」

「ん? クライス、あなたルイマスが死んだことを公にするつもり?」


 俺が呟いた独り言にクロシエが反応する。


「公にするつもりも何も……そうしなきゃあダメだろう……」

「いやいやいや、状況を考えなさいよ。昨日、あんたはルイマスとして諸侯の前に姿を現して、レンと協力してニア帝国を撃退して、レンと共に帰ってきたんでしょう?」

「それが……どうした?」


 一応聞くが、クロシエが言わんとしていることはわかっている。

 明日、ルイマスが死んだことを発表するのは早すぎるということは———。


「昨日の朝、ルイマスはレンを罵り、軍の指揮権を奪うとまで言っていたのよ? それが一日も経たないうちに掌を返して協力して、帝国を撃退した。それに私がヨセフ家が人の心を操ると糾弾したその日のうちに! レンと一緒にクライスあんたが投獄されたその日のうちに! その次の日にルイマスが死んだとなったら、諸侯がどう思うか、少し考えたらわかるでしょう?」


 わかる。


 このクロシエのせいで、クライス・ヨセフという人間は人の心を操る人間であると城中に触れ回ってしまっている。 


 次に、ルイマス国王と第一王女、レン・ナグサランは親子でありながら、仲は常に険悪だった。


 そして、城内の人間はルイマス派、レン派、大臣派という派閥があり、レン派にはクーデターも辞さない覚悟があった。 


 最後に、レンは自分の派閥の人間に指示を出して、クライスと自分の房を一緒にするようにした。


 そんな状況下で、ルイマス王の死を発表したとすれば———、


「第一王女、レン・ナグサランがクライス・ヨセフと結託し、国王を操り、用済みになったから捨てた。そう思われるだろうな……」


 もしくは———俺がレンすらも裏から支配したと思われるだろう。


「そんな! せっかくクライスさんとお姉さまは頑張ったのに!」


 聞いていたルリリが悲痛な声を上げるが、状況的にそう思われても仕方がない。

 それだけの偶然が重なってしまっている。

 このままでは要らぬ疑いをかけられて、ナグサラン王国に亀裂が走る。

 これからレンが統治しなければならないこの国に———。


「……やるしか、ないのか?」


 そうなるよりは———レンとルリリのため、倫理観に背くようなこともやらなければいけない……。


「ええ———それしかないでしょう? クライス・ヨセフ」


 流石にクロシエもまずいと思っているのか、頬を汗が伝っている。


「そう———しましょう」


 と、ずっと沈黙していたレンがスッと立ち上がり———告げる。


「国王、ルイマス・ナグサランの死は公表せず———隠します」


 俺達が、倫理観に囚われて口にすることもはばかれた最善手を———。

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