第66話 凱旋

 俺達はシーアから王都へと帰り、堂々と大通りを通って城へと戻った。

 王都の民たちは俺達を歓迎しつつも、戸惑った様子を見せていた。

 手を振り「ナグサラン王国万歳!」と声を上げる民衆の声に混じり、ひそひそと噂話が聴こえる。


「おい……昨日シーアがニア帝国に攻められたって言うのは本当なのか?」

「そうだろう? 〝戦の塔〟が灯されていたし、レン王女がこうして戦いを終えて帰ってきているわけだから……」

「レン王女は投獄されたって聞いたぜ? ルイマス王からひんしゅくを買っちまったからって……」

「でも今、並んで座っていらっしゃるわ……」


 レンとルリリ、そしてルイマスに化けた俺は馬車の窓から手を振りながら大通りを通っている。


「……私たちが投獄されているのは噂になっているようですね」

「ああ、流石に一日も立てば、城の外にも情報は行き届くんだな」

「これからどうするのです? 父上はまだ城の中にいますよ……クライス殿がそのまま行けば、偽物だとバレてしまうのではないですか?」

 俺とレンは手を振りながらも、これからのことについて言葉を交わす。

「堂々と正面から行く。ルイマス王からの反発や、兵士からの抵抗はあるだろうが———ねじ伏せる。そのための覚悟は決めた」


 グッと俺は拳を握り——ポケットから『幻惑の薬』を取り出す。


「これを飲めば、ルイマス王でも女と錯覚し、「人体支配」で長時間、意のままに操ることができる。それでクロシエの〝光堕ちの呪い〟と同じようなことをして偽物のようにふるまわせて、ひとまず俺がルイマス王に成り代わって、本物には失脚してもらう。力づくで強引だが、とりあえず権力を失わせないと話もできそうにない。話はそれからだ。ルイマス王に俺達のやり方が正しく、レンと和解してもらうために説得するのは、ルイマスから王という冠を取り除いた後だ」

「そうですか……すいません、クライス殿に全てを任せる形になってしまって……」

「気にするな。俺の「人体支配」はこういうときが使いどころだろう?」

「です、ね」


 気まずそうに謝るレンを俺は励ます。

 彼女は一時、クーデターで血を流して政権を奪うことまで考えていた。それと比べると、「人体支配」を使うとかなり平和的に解決できそうだった。

そんな俺達のやりとりを聞きながら、ルリリは悲し気に目を伏せた。


 ◆


 王都をパレードのように練り歩き、王城の門までやってきた。

 門をくぐると流石にルイマス王から指示された衛兵がレンと偽物の俺を捕えにやって来るだろうと身構えていたが、そんなことはなく、あっさりと城の衛兵たちは俺達を出迎えた。


「———あれ?」

「少し……様子がおかしいですね」


 衛兵たちに全く俺たちを疑う様子がない。

 ルイマス王はまだ城の中にいるというのに、外から帰ってきた俺たちを、昨日の朝さんざん反逆者扱いしたレンの帰還を、何事もなかったかのように受け入れるのはおかしい。


 何か———起きたのか?


「レン様! 国王陛下! お戻りになられたのですね!」


 馬車に一人の衛兵が駈け寄る。


「君は———昨日、牢獄から俺たちを逃がしてくれた……?」


 駆け寄ってきたレン派閥に所属する兵士は俺の言葉を聞いて眉をひそめて、


「逃がす……? 国王陛下を?」

「あ、違う……いや、レンへの協力大義である」


 忘れていた。

 今の俺はルイマス王だった。

 ルイマスが投獄されていたなんてことはないので、流石に兵士は戸惑いの表情を見せた。

 だから、誤魔化すために兵士を褒めたたえると、彼は敬礼し、


「いえ! ですが、レン様……確かにあのクライス様の言葉通りに国王陛下とともに帰還されましたが、一体何が……? 昨日の騒ぎが嘘のように和解されているご様子ですが」

「あぁ……いや……」


 ここにいるルイマスは偽物だと言うわけにはいかず、説明に非常に困った様子でレンは視線を泳がせる。

 いや、それよりも……なんでこの衛兵は俺を歓迎しているのだ。

 少し探りを入れてみるか。


「そんなことよりも、城には何か変わったことはなかったか?」

「変わった事……と言われれば、変わったことだらけですが、レン様が大臣と共に脱獄したこと、ニア帝国が本当に攻めてきたことと、」


 この衛兵の言うことはもっともだ。昨日は一日でいろいろなことが起こり過ぎた。


「———そして、国王様がいつのまにやら城を抜け出し、レン姫様と共に戦地へ向かった事……変わった事と言えばそれぐらいですかね」

「そう……か」


 この兵士の中では、いや、恐らく城中の人間の認識として、ルイマス王は昨晩この城に〝いなかった〟という認識なのか?

 ということは、あれからずっと引きこもり続け、誰にも姿を見せなかった。

そして、城の外でレンと共に姿を現したから、いつのまにやら抜け出したという認識になっているということか……。

 俺にとってはかなり都合のいい事になっているが……なんだか、あまりいい事じゃない気がする。


「とにかく———レン様と国王陛下が和解し、ニア帝国の侵略も退けることができて良かったです!」 


 衛兵は馬車から降りやすいように扉の下にタラップを置き、再び姿勢を正して敬礼をする。

 俺は馬車から降りながら、他の兵士の様子もうかがう。

 俺の姿を見て、「偽物だ」と指摘する者はいない。皆、俺がルイマスだと信じ込んでいる。

 本物は、やっぱりまだ引きこもっているようだ———。


「あ! アリスさん!」


 遠くにアリス・ニーテの姿が見えて、ルリリは先日まで車いすに乗っていた様子はどこへやら、彼女へ向かって走り寄る。


 アリスは、一度、俺の顔を見て驚愕の表情を浮かべていた。かなり目を見開き、体が震えている。まるで死人でも見たような表情で———。


 そんな彼女に、ルリリは駆け寄り、何やらアリスと話し込む。しばらく言葉をやり取りすると、アリスは俺をチラチラ見て、何度も頷き、何やら納得した様子だ。

 俺が、ルイマスではなくクライスだとルリリから説明を受けたのだろう。

 彼女は顔から驚愕を消し———代わりに憂いを帯びた表情を張り付けた。


 何だ? 


 何で、そんな悲しげな顔をしているんだ?


「———え‼」


 一足先にアリスの元に辿り着いたルリリがアリスに何かをささやかれて膝から崩れ落ちる。


「ルリリ……どうした……何を聞かされた?」


 俺とレンもアリスの元に速足で歩み寄り、「何かあったのか?」と尋ねた———。

 アリスは伝えづらそうに一瞬ためらった様子を見せたが、


「———レン姫様、クライス殿……おかえりなさいませ……実は、昨晩……国王陛下が崩御ほうぎょされました」


「「え……っ⁉」」


 ———国王、ルイマス・ナグサランが死去したと彼女は俺達に伝えた。

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