第65話 勝鬨

 夢を———見ていた。


 都合のいい夢を———。


「すまなかった。シドニー・ヨセフ……そして、クライス・ヨセフよ。お主らをナッソーに追放し、苦しめたこと、このルイマス・ナグサラン個人として謝罪する。本当に申し訳なかった」


 それは、ナグサラン王城の庭でのワンシーン。

 十四歳ぐらいの少年、クライスとその父親、シドニー・ヨセフがルイマスに頭を下げられている。


「頭をお上げください、国王様……もう、過ぎたことです」

「そうじゃな……もう、過ぎたことじゃ。じゃが、謝罪はせねばらなん。余はただ単に王になりたかった。そのただ単純な名誉のために、あまりにも多くの犠牲を払った。そのことを今更悔いても、何も戻って気はしない。だが、子供には、子供たちにはその罪を背負わせてはならん……余も大人として、それぐらいの道理は持っているつもりだ」


 ルイマスの陰から、十四歳ぐらいのレンが飛び出てきた。


「久しぶり……その、クライス、くん……」


 照れた様に微笑み、俺に手を伸ばす。


「会いたかったよ! レンちゃん!」


 俺はその手を握り、少女のレンはパアッと顔を明るくして、


「こっちこそ会いたかったよ! くぅくん!」 


 二人でハグを交わした。 


「———カッコよくなったね」


 そう、レンは耳元でささやいた。

 そんな俺達の光景を、遠くの小屋の近くからルリリとアリスが見守っている。二人とも今と比べて容姿が幼い。


 こんな過去は———ない。


 都合のいい夢だ。


 クライス・ホーニゴールドが夢見ていた、あったら良かった———光景……。


 ◆


 明るい。

 朝日が目に当たっている。


「……ん?」


 目を開く。

 港町シーアの軍事砦の指令室。俺はそこで椅子の上で眠ってしまったのだった。だから、全身が痛い。ふかふかのベッドはルリリが占領し、彼女はまだ穏やかな顔で夢の中にいた。


「ぐ……むぅ~ん……」


 伸びをしてみると、くぐもった老人のような声が俺の喉から発せられる。

 少しだけ驚いて自らの手を見ると、皺だらけの老人の手がそこにあった。 

 そうだ……昨日、俺はルイマスに化けた状態で眠ったんだ。ここにクライスがいてはマズいから念のために「人体支配」を使って……。

 老人の身体で、椅子の上で眠ったものだから、通常よりも体に負担がかかってバキバキになっている気がする。


「……父上?」


 声が聞こえ、ふとレンがいる方角を見る。

 彼女も起きていた。

 そして———、


「今の……お言葉は一体……」


 ポロポロと涙を流していた。

 俺の顔を見ながら———。


「レン……?」

「———ッ、そ、そうでした……父上はここにはいない……クライス殿が化けているんでしたね……」


 レンは涙をぬぐい、立ち上がった。


「朝になってしまいました……兵たちを集めて勝どきを上げなければ……」


 そう、頬を叩いて気合を入れる様子のレンの横顔はどこか悲しげだった。


「レン? 何か、あったのか? 怖い夢でも見たのか?」


 俺が声をかけると彼女は首を振って、優し気な笑みを俺に向けた。


「いえ、確かに———私は夢を見ていましたが、そのようなものでは決して……夢の中に父が出てきました。そして私と父は二人きりで、どこか遠くの南国のような島国にいて……墓参りをしていました。父は花束をお墓に捧げるとひたすら「すまなかった」と謝り、私にも「父でありながら、娘を恐れ、向き合わずにすまなかった」と謝罪し、最後に「兄に謝りに行く」と言って消えてしまう夢です。怖い夢ではないのですが……とても悲しい夢でした」


 南国の島……俺が以前に見たクライスの記憶の光景。そこで映っていたナッソーの光景はまさしくそのような光景だった。

 そのような島で墓参り……か。


「不思議な夢を見たもんだな」

「ええ……本当に……」


 俺も、存在しえないクライスの理想の光景を夢に見てしまった。レンがそのような夢を見た時と同じ夜に見たと言うのが、何とも不可解だった。


「……さて、ルリリを起して兵を集めましょう。クライス殿。私たちは戦に勝利したのですから!」


 彼女は手を叩いて、また俺に微笑みを向けた。


 ◆


 シーア砦の広場に、今回のニア帝国撃退戦で集まった、ナグサラン王国軍が整列していた。

 その正面の城壁の上から、レン・ナグサラン、ルリリ・ナグサラン、そしてルイマスに化けている俺が立ち、兵士たちの視線を浴びている。


「———よくやってくれた! 諸君らの活躍のおかげで、ニア帝国の魔の手からこの街シーアを救うことができた!」


 レンが声を張ると、兵士たちが手を上げて「おおおおおおお‼」と応える。敵を見事退けたおかげで士気が最高に高まっている様子だ。


「今日! ナグサラン王国の民草が朝を迎えることができたのはひとえに諸君らの活躍があったからこそである! ナグサラン王国第一王女として、最大限の感謝の意を表する!」

「おおおおおおおおおおおおお‼」


「———この戦‼ 我らの勝利である‼」


 レンが剣を抜いて天に掲げる。 

 すると広場の軍人たちは高らかに拳を天に突き上げる。


「ナグサラン王国万歳! ナグサラン王国万歳! ナグサラン王国万歳! ナグサラン王国万歳! ナグサラン王国万歳! ナグサラン王国万歳! ナグサラン王国万歳! ナグサラン王国万歳! ナグサラン王国万歳!」


 広場は熱狂に包まれる。

 その光景を見て、俺はようやく、一つの試練を乗り越えることができたんだと実感した。

 レンの活躍で———戦に勝利し、皆の前で宣言をした。


 これで———レンに対する支持は盤石になったはずだ。


 あとは———城に戻り、ルイマス王を失脚させ、レンに王位を継がせるだけだ———。

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