第64話 限界、寝る。

 猛将———レグルス・ガイエルンの二つの玉は破壊された。


 空から降ってきたルリリの踏みつけによって。当たり場所、いや、落ち場所が悪く……ルリリは高度何十メートルの高さから思いっきり奴の二つの玉めがけて落ちてきたのだ。


 もう———恐らく奴が「屈服」のスキルを使えることはないだろう。


 女をレイプすることしか考えていない男が、もう二度と射精をすることができない体になってしまったのだ。その精神的ダメージは大きいだろうし、物理法則に人間の意思で介入する魔法という力には精神の強さが重要だ。精神力が弱い人間が分不相応な強い魔法を使おうとしても、何も起こらないだろう。

 そう考えると、俺とルリリはこの数日間でいろいろあって、精神が強くなったのかもしれない。いろいろな障害を乗り越え、自信がつき、できないと思っていた魔法の可能性の幅を広げた。


 できると思ってやってみたらできた。「人体支配」に関してはそんなことの連続だった。ルリリも自分には何もできないと思っていたが、やってみたら姉のレンに負けないほどの才能を秘めていた。


 何事も、自信を持つのが大事なのかもしれない……。


 そう、自信を持ったからこそ、ルリリは敵の総大将を討ち取り、この国を救う英雄になれたのだから。


「う~ん……う~ん……!」


 その英雄———ルリリは今、ベッドの上でうめき声をあげて寝込んでいる。

 レグルスを踏んでしまったことがトラウマになったのだ。

 ニア帝国からの侵略戦争に参加しようと光皇翼こうおうよくを使って城から跳んできたものの、シーアには俺とレンの姿はなく、近くの砂浜でようやく見つけたと思ってテンション高く俺たちの前に辿り着いたら、知らない男の股間の上に着地し、その玉を踏みつぶしていた。


「う~ん……グシャ……グシャって……」


 そら、トラウマになるわ。


「寝かせてあげましょう。ルリリも疲れているでしょうから」 


 寝ているルリリに姉らしい優しい笑みを向けるレン。

 俺達は、シーアの砦に戻ってきていた。

 レグルス率いる別動隊も、シーアを攻めていた魔物軍団も全て全滅させた。

 俺の「人体支配」の身体能力の強化によるものか、こちら陣営に死者はなく、流石に怪我人は出たもの、被害は最低限に抑えることができた。

 俺達は———ニア帝国の侵略を阻止することに成功した。


「疲れているのは……レンも同じだ……ろう?」

「クライス殿……こそ……」


 俺とレンは椅子に座り、背もたれに体重を預け、何度もまばたきを繰り返して今にも眠りに落ちそうだった。

 互いに体力が限界だった。

 レグルス戦で発情をさせられたり、「人体支配」で肉体の限界値まで能力を引き出させられたり、肉体を酷使しすぎた。砂浜からここまで帰って来れたのが奇跡だと思うほどだ。

 砦の外では、ナグサラン軍兵士が魔物の死体の片づけや港や街の被害の確認などで奔走していた。

 あわただしく足音が響き続ける砦の中で———疲れ切った俺たちはその音が子守歌にすら聞こえる。


「勝ったのだから……勝どきを上げねばなりませんね……」

「あぁ……だけど、もう指一本も動かせそうにない……」

「私もです……ですが、クライス殿……クライス殿はこのままではまずいかもしれません……その普通の姿のままでは……一応ここに私はルイマス王と共に来たということになっていますし、兵士の誰かはクライス殿が投獄されていると知っているやもしれません……」

「それも、そうだな……」


 面倒くさいが———、


 ———肉体改変フォルムチェンジ……。


 俺の肉体の機能を「人体支配」により、思うがままに肉体を作り替える。

 全身を加齢させ、ひげを生やし、ルイマス王と全く同じ顔に作り替える。流石に服装までは変更できないので、クライス・ホーニゴールドのままだが、顔はルイマスなので偽物と見抜ける兵士はいないだろう。

 これで、ようやく眠れる。


「……くぅくん」

「?」 


 レンが、何かあだ名で俺を呼んだような気がした。

 目線を上げて彼女を見ると既に目は閉じられていて「すー、すー、」と寝息を立てていた。

 限界が来たのか……。

 俺ももう眠ってしまおう……目を、閉じてしまおう……。


「———せんせ」

「———、ミストか?」


 閉じかけていた目を開き、首をひねってミスト・トスカータの姿を探す。

 部屋の中には、砦の指令室の中に彼女の姿は見当たらない。


「———身を潜めています。私はまだニア帝国の人間ですから。敵の本拠地に堂々と姿を現すことはできないんですよ。せんせみたいにおじいちゃんに変装するスキルは私にはないので……」

「それは……確かにそうだな……でもよかった。お前も無事で……」


 ミストはレグルスを撃破すると、ナグサラン軍に見つかるとまずいと、レンが回復する前に姿をくらましていた。

 彼女はレンに比べて肉体のダメージが大きくないが、それでも心配はしていた。


「———せんせ、レグルスお抱えのハーレム部隊。あいつらを発見したので報告に来ました」

「ハーレム部隊……そうか、まだそいつらがいた……!」

 敵はまだいたのだと思い出して、体を起こそうとする。

「だめだ……もう、今日は限界だ……」 


 だが、体が言うことを聞かない。椅子から立ち上がることができそうにない。


「安心してください、せんせ。あのハーレム部隊は砂浜近くの村を襲撃しようとしていましたけど、レグルスやゴブリン部隊がいつまでたっても到着しないから混乱し、立往生をしていました。ですので、ナグサラン軍にそれとなく奴らの存在を伝え、何人かの兵士がその村に向かっています。奴らも捕縛されるのも時間の問題かと……」

「そうか……ありがとう、ミストよくやった」

「———ご褒美はおち○ぽでくださいね♡ せんせ♡ それじゃあ、待ってますからいつでも呼んでください。せんせがこの国をせんせ自身の手でつかみ取るその日まで、ミストは陰から見守っていますから♡」 

「———ああ、近いうちに何とか、お前が堂々とこの国で歩けるようにしてやるよ。ありがとう、ミスト」 


 彼女の言葉の前半部分は無視し、礼を言うと、ミストの気配はいつの間にか消えてしまった。

 よし、ミストのおかげで、憂いも消えた。 


「すー、すー……」

「う~ん……う~ん……!」


 俺も、二人の王女と同様に、もう眠りに落ちてしまおう……。


「……ひとまずは、おやすみ」


 ———今夜は、いい夢が見れそうだ。

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