第62話 生命の真理
俺は第一の賭けには———勝った。
それというのは〝レグルスがホモではない〟ことだった。
もしも、俺がキモデブの男に戻っても、奴の性器がバキバキに勃起し、このクライス・ホーニゴールドという人間に対して性的欲求を感じていたのなら、俺は死ぬ……いや、レグルスに犯されるしか道はなかった。
レグルスはことあるごとに親友であるクライスを認めているようなことを言っており、恐らく友人として親愛の感情は持っているのだろうが、その感情が行き過ぎて肉欲的な愛に変わっていなくて本当に良かった。
下手をすれば、レグルスは「屈服」のスキルが女性にしか適用できないと認識しているが、それがただの思い込みで、実は彼が肉欲を感じる相手すべてに適用されるなんてことになったら、状況的にも絶望的だし、ビジュアル的にも地獄だ。キモデブがマッチョマンに発情している光景なんて……はたから見たらどんなに吐いても吐き足りない醜悪さだろう。
ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ……!
砂浜に肉を打つ、打撃音が響く。
「なんでだ⁉ どうしてだ……⁉ クライスゥ————‼」
レグルスの声は明らかに動揺していた。
俺は———レグルスの大剣を機敏に避けながら、奴の肉体に打撃を叩きこんでいた。拳、蹴り、膝蹴り……レグルスの大剣は大きなだけあって小回りが利かない。どうしても大振りになる。
レグルスは———実際のところ隙だらけだった。
大きく、大胆な動きをするレグルスの動きを縫って細かく打撃を叩きこみ、ダメージを蓄積していく。まるでボクシングで相手の攻撃を避けながらジャブを叩きこんでいくように。
「どうして———テメェがそんなに強え⁉」
レグルスは大剣を振り上げて、俺の脳天にめがけて一気に振り下ろすが、俺はたやすくそれを避け、砂が巻き上がり、左右に津波のように吹き飛んでいく。
俺は———大剣の上に乗り、
「これが「人体支配」の力だ———‼」
レグルスの顔面に思いっきり蹴りをくらわせた。
「グッ……!」
レグルスの顔面が大きくゆがむ。
「
「———ッ!」
俺の足がめり込んでいるレグルスの顔面に力が入り、グワッと目が見開かれ、俺を睨みつけ———、
「がああああああああああああああっっっ!」
大剣を手放し、思いきり俺の顔面に裏拳を叩きこむ。
速い———!
俺はレグルスの攻撃をよけきれず、くぐもった声を漏らして吹き飛ばされてしまった。
「い……! やっぱり一筋縄じゃいかないか……」
口の中を切ってしまった。流れ落ちる血をぬぐいながら、レグルスを睨みつける。
「てめぇは! 「人体支配」によるブーストは自分自身に使えないんじゃあなかったのか⁉ 男には「人体支配」は使えねぇんじゃなかったのか⁉ 使えるんならそれこそおかしいじゃねぇか! それならどうして俺を頼った⁉」
レグルスの言葉はもっともだ。
「人体支配」で身体能力を高められるのなら、クライスはレグルスという力を頼らなくていい。人を操る技も、自力で破壊する力も持っているのなら、もはや神と言ってもいい最強の存在だ。国家転覆など単独で果たしてしまえという話になる。
だけど、俺は知らなかったのだ。
クライス・ホーニゴールドという人間が、この世界で最強の存在だということを。
「そうだ———確かに俺は「人体支配」を男には使えない」
「そうだろう⁉」
「だけど、全く支配できないわけじゃない。お前のような魔物と違って、人間の男なら、数秒ぐらいなら支配できる。少しは使えるんだよ」
「な———ッ⁉」
レグルスの顔に動揺が走る。初耳だったようだ。
クライスは彼に男に「人体支配」が多少なりとも効くことを伝えていなかったのか、それとも彼自身知らなかったのか……まぁ、恐らく後者だろう。
クライス・ホーニゴールドという男は元々、女を犯すために脳細胞の全てを使っているような男で、だからこそ「人体支配」という能力に目覚めたような男だ。それを男に使うなんて考えたことぐらいはあるかもしれないが、心の底から気持ち悪いと思ったのだろう。
「人体支配」はエロスキルであるがゆえに、支配した対象と精神がリンクし、快感、オーガズムといったエロに関する感情を共有する特性がある。愛する女と共有するのなら喜ばしいものだが、男とエロに関する感覚を共有するなど気持ち悪くて仕方がない。
だから———クライスの肉体は、全細胞は、男を支配すると拒否反応を示す。
「そう———俺の「人体支配」が適用できるできないの範囲は、俺が、クライス・ホーニゴールドが対象を性的に愛せるかどうかにある……決して〝男〟だから支配できないとかそういうことじゃない。男でも愛せることができたら———俺は支配できるのだ!」
男を能力の制限によって支配できないわけじゃない、嫌いだから支配できないのだ。
「なら———俺は自分自身を〝支配〟することはできる! 自分を愛していない人間などいないのだから!」
拳を握りしめて力説する。
そんな俺にレグルスは疑惑の目を向け、指を指す。
「クライス……てめぇはそんな醜い
「なんだかんだで自分を好きじゃない人間なんていない。醜い自分だとしても、そんな自分を嫌いだと言っても、自信のなさや挫折感からくる
「————ッ⁉」
ハッとレグルスの目が見開かれる。
彼も、気づいてしまったようだな。
「———オナニーが、嫌いな人間などいない」
いや、人間だけじゃない、この世に存在する生命体全て、オナニーが大好きなはずだ。
俺は———真理を、キメ顔で言い放った。
「チィ……! そういう、ことかよ……!」
厄介そうに、レグルスは舌打ちするが、直ぐに
「だがよぉ……その肉体には限界が来てる見てぇじゃあねぇか‼ 膝がガクガクだぞ?」
「…………」
確かに、俺は運動不足でキモデブのクライスの身体に無理をさせ過ぎていた。
「
実は、もう全身が悲鳴を上げていて限界だった。
レグルスは拳を叩き合わせながら俺への距離を詰める。
「———念の為、拳に武器を切り替えさせてもらう、クライス……テメェは「人体支配」で機敏に動くデブになってるからな……そのガクガクしている膝がブラフかもしれねぇ。俺は油断しねぇ……あんなデカい剣で派手にやろうとせず……堅実に殴り殺させてもらう」
この砂浜での勝負で、大剣という大降りでバカみたいな武器に頼ったから、動けるデブと化したクライスに翻弄されてしまった。
その反省を生かし、レグルスは素早い動きにも対応できるように大剣を捨て、俺が機敏に動いたとしても対応できるように目を細めて俺の一挙手一投足に集中していた。
「ブラフか———そうだな———」
俺の肉体は軋んで、正常に動かない。立っているだけで震えがこみ上げる。
「この膝や全身の震えはブラフじゃない———安心していいぞ、レグルス」
「あ?」
あっさりと認める俺を不審に思ったのかレグルスが足を止める。
そう———この肉体の疲労はブラフじゃない。
「だがな、レグルス———ブラフは張っていないが、
「………? ————ハッ⁉」
レグルスは最初、俺が何を言っているかわからないと言う様子だったが、直ぐに何かに思い当たったようで———振り返った。
振り返った先にいるのは———レン・ナグサラン。
彼女は、天に伸びる光の剣をかかげ、
「
一気に、レグルスに向かって振り下ろした。
「ガッ⁉ ぎやあああああああああッッッ………⁉」
光で作られた巨大な剣が———レグルスの右腕を斬り落とし、肩から噴水のように血が噴き出した。
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