第58話 ハーフゴブリンの男

 東の砂浜には蟲の死体が散乱し、ファブルがポツンと倒れていた。


「ファブルっ!」


 首が変な方向に曲がっている。

 海には三隻の軍艦があり、レグルスの艦隊が来たと言うことがわかる。

 ファブルは奴らにやられたのだ。

 俺はファブルに駆け寄り、首元に手をやって脈を確かめる。


「……まだ息がある」


 虫の息ではあったが、ファブルはまだ生きていた。


 ———支配ドミネート


 ファブルの肉体を支配し、治療を試みる。骨や肉、そういった破壊された細胞を無理やり分裂させて活性化し、ファブル自身の魔力と治癒能力を高め、首の損傷を内側から修復していく。

 ルリリの眼を見えるようにしたことと、容量としては一緒だった。 

 見る見るうちにファブルの傷は修復していく。


「グ……ウゥ……」


 ファブルが呼吸し始める。


「フゥ……」


 何とか一命はとりとめたようで、安心して額の汗をぬぐう。

 だけど……ここにはファブルの姿しかない。

 レグルス部隊は既にこの海岸からいなくな、


「せんせ‼ 危ない!」


 ギィィィンッ!


 金属音が閃く。

 いつの間にか俺の後ろに、大きな体格のゴブリンが立っていた。鎧を身に着け、剣を振りかざし———それをミストが受け止めていた。


「ギギャギャギャギャ————‼」


 鎧を着たゴブリンが声を上げると、岩場の陰から一斉に武装したゴブリンたちがやって来る。


「ミスト!」

「はい、せんせ!」

 

 ———支配ドミネート


 ミストの肉体を支配する。

 が———あくまで肉体を動かすのはミスト本人だ。俺がやるのは「人体支配」スキルによる肉体強化の付与だけ。

 彼女の操作までしている余裕はない。何故なら俺も———、


 ———自己支配セミドミネート


 自らの肉体にも「人体支配」による肉体・魔力強化を付与させる。

 そして、迫りくるゴブリンたちを———俺たちは薙ぎ払った。

 ミストと俺、互いに「人体支配」の付与を受けていることで、ゴブリンの目にもとまらぬ速さで移動することが可能になり、彼らの攻撃は一切当たらず、ミストはナイフで的確に鎧の隙間を縫うように突いて命を奪う。

 そして、俺は「人体支配」の肉体強化に任せるまま、鎧の上からぶっ叩き、鎧ごとゴブリンの肉体を砕いていく。


「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ゴブリンの悲鳴が響き続ける。

 俺とミストは、「人体支配」の恩恵を受けて、無双状態だった。

 高速で移動と超強化された筋肉による高威力の攻撃が可能になっている上に、通常反応できないような死角からの攻撃でも、「人体支配」で内側の筋肉や骨が損傷ようが構わず無理やり反応して対応し、対処後は無理やり修復して元に戻すという荒業をやってのける。

 おかげで、五十体ほどいた鎧を着たゴブリンが、三分もかからずに全滅した。


「な、なんだったんだ……この鎧を着たゴブリンは……?」


 砂浜は蟲とゴブリンの死体で血なまぐさく酷いことになっていた。


「エリートゴブリンです。ゴブリンの中の精鋭部隊……せんせ。そんなことも忘れちゃったんですか?」

「あ、あぁ……そうだったな」


 一応、それはクライス・ホーニゴールドとして知っておかなければいけない情報だった。

 ミストが訝し気に俺を見ているが、要らぬ疑念を抱かせてしまったとひやひやしてしまう。

 ミストは、とりあえずその疑問はわきに置こうと思ったのか、ゴホンと一つ咳ばらいをして、周囲を見渡す。


「ですが、確かにおかしいです……エリートゴブリンだけが残されていて、レグルス将軍たちも、あいつのハーレム隊もいない」


 ハーレム隊……それは憶えている。

ゲーム中で、レグルスが映るたびにセックスをしている彼の部下の五人のモブ女軍人だ。卑猥な格好をレグルスから強制されているが、完全にレグルスに陶酔しているので喜んでその衣装を身にまとっている。

 かなりエロティックな見た目なので、できれば見たくはあった。彼女たちがここに居ないと思うとがっかりという感情が沸き上がるほど。


「すれ違ったのか?」

「その可能性はありますが……だけど、待ち伏せされていたのが……」 


 エリートゴブリンを残されていたのが、ミストは気にかかるようだ。


「ハハハハハハハハハハッッッ———‼」


 突然、そんな俺達の疑問に答えるように野太い高笑いが響く。


「———お前、誰かと思ったら、クライスかぁ⁉」


 そして岩陰から大剣を持った大男が出てくる。


 レグルス・ガイエルン———この「スレイブキングダム」のもう一人の竿役で、クライスの相棒というポジションの男。クライスが内側からナグサラン王国を崩壊させていくのに対して、レグルスは外から崩壊させる、荒々しいパワータイプの男。


 大きな剣と屈強な体にふさわしく、その実力は相当なもので並大抵の人間じゃ相手にならず、レン・ナグサランほどのレベルでないと対等に戦うことすらできない。

 そんな男が俺を指さし、笑ながら近づいてくる。


「ファブルを餌にクライス。テメェをおびき出そうと思ったら変な女が来やがる。ミストと二人だけで。だったら、エリートゴブリン部隊で楽にぶっ殺せると思って攻撃をさせたら、全滅させやがった。明らかにミストは実力以上の力を発揮させていたし、ヘンな女、テメェも人間離れした動きをしてやがった。見覚えがある。明らかに「人体支配」での身体能力の強化作用だった……てーことはだ。てめぇがクライスだってことだ。女! 女に変わっちまってやがる! ハハハハハハハッ! こんなにおもしれえ事があるかよ!」


 レグルスは数少ないクライスの「人体支配」スキルを知っている相手だ。

 クライスが彼の権力と武力を得るために協力を持ち掛け、その時に自分が有能だと売り込む必要があり、不本意ながら披露したのだ。それによってレグルスはクライスを認め、それどころか高く評価して、一人間として興味を持ち、親友とも呼べる親しい間柄になっていく。

 クライスとレグルスは仲がいい。

 だが———、


「本当に———面白れぇなぁお前はクライス‼」


 大剣を携え、俺へと歩み寄りながら、叫ぶ。


「殺し甲斐があるッッッ‼」


 ———親友だろうと敵に回れば即座に命を奪う。レグルスにはそんな冷酷さがあった。


「殺すって……勝てると思っているのか?」


 レグルスは「人体支配」スキルを把握しているはずだ。だから、タイマンでは俺に決して勝つことができないと理解しているはずなのに……それどころか、俺の傍らにはミストもいる。二対一では更に状況が厳しいだろう。

 そう、思っていたが、ミストは冷や汗をかいていた。


「いえ、せんせ……この状況はマズいです……あのハーレム部隊がいて、奇襲をかけることができたのなら、あの男を倒せる可能性はありましたが、こうやって面と向かっての勝負となると……」

「ミスト……?」


 彼女も「人体支配」スキルを知っているのに……俺が負けると思っている?

 何故だかわからないが———とりあえず、


 ———支配ドミネート! 


 レグルスの肉体を支配して……その大剣を彼自身の喉元に突き立てるように肉体を操作する! 

 躊躇ためらわない。大勢の人を守るために俺はレグルスの命を奪う覚悟を固め、


 ザッ、ザッ、ザッ……! 


「え⁉」


 レグルスの歩みが止まらない。

 大剣を持った手もだらんと垂れ下がったまま、自らに向ける気配がない。

 レグルスはニヤニヤと笑い続けている。


「何で……自殺しない⁉」


 全く俺の「人体支配」スキルが効いていなかった。


「———? クライス……お前、今俺に「人体支配」スキルを使おうとしたか?」


 言い当てられる。

 レグルスはにやりと口角を上げて。


「忘れたのか? 俺に「人体支配」スキルは効かねぇ。何故なら俺はゴブリンとのハーフ……半魔族だからだ!」


 そう言って見せつけるように尖った耳を揺らす。

 そうだった———忘れていた。

 この男はゴブリンの巣穴で生まれた男。通常、ゴブリンの繁殖方法として、巣穴に連れてきた別種族の牝と交配し、雄のゴブリンを生み出す。ゴブリンの遺伝子は強く、どんな異種族と交配しても必ず子供はオスのゴブリンが生まれる。それだけ繁殖能力という点には優れているのだ。故に、ハーフのゴブリンなどは存在しない。

 存在しないはずだった。

だが、レグルス・ガイエルンがここに居る。

彼は、人間の母親がゴブリンにレイプされて生まれた、突然変異の本来存在しえない、半魔族の男だった。

 半分モンスターであるがゆえに、人間の体を支配する「人体支配」スキルが効かないのだ。

 ならば———力づくでいくしかない。


「ミスト!」

「やるしかない———ですね!」


 ミストと共に、レグルスに向かって駆けだす。

 ミストが右から、俺が左から、「人体支配」スキルの身体強化によって高速で接近し、ミストはナイフを、俺は拳を振りかざし、レグルスを攻撃しようと、


 ————パァンッ!


 レグルスは———知覚できない速さで片手で大剣を振り、ミストにぶち当て、逆の手は拳を作り、俺の腹にめり込ませた。

 一瞬の———ことだった。


「ぐえ———ッ!」


 腹部に強烈な圧迫感を感じ、胃の中の物が逆流しそうになる。


「甘ぇんだよッ‼‼」


 俺とミストの身体が吹き飛ばされ、海岸の境目にある木々に肉体を叩きつけられる。


「ガハッ!」


 俺の身体を受け止めた木はボキリと見事に折れてしまい、レグルスの腕力のすさまじさを伝えてくれる。


「カ……ギ……ッ、ヒュー……ヒュー……!」


 ミストも同様に、へし折れた木の傍で必死に息をしていた。背中を叩きつけられて、息が一瞬止まったのだろう。

 剣を当てられていたが、刃の部分はナイフでガードしてた。だから、間一髪で体が真っ二つにならずにはすんだが、相当のダメージは負っているようだった。


「なんだぁ⁉ もう、終わりかぁ⁉ クライスよぉぉぉ‼」


 叫ぶレグルス……。

 まずい、奴は……強すぎる。

 この状況で打てる手が、俺には思いつかなかった。

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