第55話 全兵士を操り、強化する。

 ———敵は、全滅していなかった。


 続々と骸骨兵士たちが海の底から這いあがって来て、ナグサラン兵士たちに襲い掛かる。


「くそっ、やはりやっかいだな……まものというものは……!」


 レンは痛む頭を押さえながらも、剣を抜いて首を振る。


「レン⁉ 大丈夫なのか?」


 彼女は魔力酔いで万全とは言えない状態のはずだ。


「てきがっ、つぎつぎと来ているのです……! 多少ふらつくぐらいで、寝てなどいられませんッ!」


 レンは自分の顔を頬で叩き、無理やり酔いから自分の自律神経を回復させると剣を抜いて城壁から飛び降りた。


「はああああああああああああッ‼」


 そして、近くにいる骸骨兵士を片っ端から斬り割いていく。


「———ナグサランの誇り高き兵たちよ! 怯えるな! 敵は弱い! 前に進んで敵を斬り伏せろ!」


 レンが剣を掲げて、兵士たちに発破をかけると「おおおおおおおっ‼」と腹が響くような大声が上がる。

 骸骨兵士は不死身ではあるが、再生能力があるわけでもなく、脆い。だから強い攻撃を受けて体が破壊されれば、行動不能になる。

 だから、とるに足らない相手だとレンは次々と骸骨兵士を切り捨ていき、兵士たちもそれに励まされるように骸骨兵士たちと斬り合っていく。


「レン! 光皇剣こうおうけんは使うな! 敵に懐に入られている。今範囲攻撃をすると味方が巻き込まれる!」


 レンはチラリとこちらを見ると頷いた。そして全く魔法を使わずに骸骨兵士を倒していく。

 レンは酔っているが、気力で何とか通常通りのコンディションに無理やり持って行っているようだ。魔力酔いの影響などないかのように敵の攻撃をかわし続ける。

 彼女に関しては心配いらない。

 だが——、


「うわああああああああああ!」


 何人かの未熟な兵士は骸骨兵に勝てず、体を斬りつけられて負傷し、味方の兵士に担がれて下がっていく。

 不安要素はある。そして、それはそれだけではない。


「———次が来るぞ!」

 

 岸辺で戦闘をしている、兵士の一人が声を上げた。


————ゴオオオオオオオオオオオオ‼


 海が盛り上がる。

 山のように盛り上がった海面が割れ、石でできた人型の巨人が姿を現す。


 ゴーレムだ。


 三メートルほどはある鉱物の魔物は、海に沈んだぐらいでは死なかった。


「うわあああああ‼ 硬い! 刃が通らない!」


 そして、骸骨兵士には対処できた兵士たちも、硬い石のゴーレムには剣の攻撃が通じず、どんどん陸地に上がられる。


「厄介だな……」


 ゴーレムは硬いだけじゃない。怪力なのだ。

 腕をブンと振るうだけで何人もの兵士が一度に吹き飛ばされていく上に、遂には———。


「城壁が破壊されたぞおおおッッッ!」


 ゴォンッ! と音がして、ゴーレムの拳が城壁を破壊した。


「砦内部に敵が侵入してくる‼」


 ゴーレムが開けた穴から次から次へと骸骨兵士が押し寄せる。

 状況がドンドン悪化してきた。

 ゴーレムだけではない———。


「グヒッ、グフッ……!」

「ブホオオオオオッッ……!」


 ブタの鳴き声の様な、音が岸辺から上がり始める。


「生き残りのゴブリン、オークも来たぞおおお‼」


 海流に巻き込まれて死ななかったゴブリンやオークが岸辺まで泳ぎ切り、次から次へt上陸してくる。


 本当に———魔物軍団というのは厄介だ。 


「そうそうと、あっさりと終わらせてはくれないか……!」


 先ほどの光皇剣こうおうけんで全滅———終わり。とまではいかなかった。

 そして、最強のレンに関しては心配することはないが、他の兵士は違う。人間サイズの骸骨兵士やゴブリンは対処できるが、ゴーレムやオークのような大型の魔物になるとこちらが一網打尽となってしまう。

 これは戦争だ。

 レン一人だけが強くても戦線が維持できず、敵が街に侵入し、民に被害をもたらしてしまう。

 それは避けたい。


「策は———ある。あるが、とりあえず、この姿だとやりにくい……!」


 ———肉体改変フォルムチェンジ


 老人であるルイマス王の身体から、「人体支配」が使いやすくなるスリムなボディの美女の姿に、自らの肉体を変化させる。

 そして、懐からある〝薬〟を取り出し、一気に飲み干しながら、戦場を見渡せる城壁の上に設置されている櫓を目指す。

 薬が入った瓶を投げ捨てて梯子を上っていくと、魔物に向かって矢を放っていた兵士が俺に気づいて狙いを魔物から俺に定める。


「お、女‼ 見慣れない奴だな! 何者だ⁉ どうやってここまで上がってきた!」


 野太い男の声———。

 まだ……ダメか。

 俺は意識を集中し、先ほど飲んだ〝薬〟が早く全身に回るようなイメージをした。そうすることで多少は「人体支配」スキルがアシストしてくれて、効力が出るような気がしたのだ。


「おい! 答えろ!」 


 聴こえてきた声が——高い、女の声になった。


 きた———!


 正面の弓兵を見る。


 ——金髪の女だ。


 この櫓という空間の中で彼女だけが弓を構えて、俺に狙いを定めている。

 成功だ。

 薬が効いてきた。


「———ッ!」


 答えない俺に焦れたのか、弓を持つ金髪の女は矢を放とうと指の力を緩め始めた。


 ———支配ドミネート


 俺は———〝彼〟の肉体を支配した。


「な、指が動かない⁉」

「悪いな、ちょっと気持ち悪いかもしれないが、我慢してくれ」

「う、うおおおおおお⁉」


 弓持つ金髪の女の狙いを、俺から岸辺の魔物に変更させ、矢を放たせる。


「いったい、痛い何が起きてるって言うんだ⁉」


 〝彼〟の肉体を支配した状態で、次から次へと俺の操作で弓を放たせる。


「いける———短時間じゃなく肉体を支配できる———!」


 櫓から足元の戦場を見下ろす。

 骸骨兵士や、ゴーレムと戦っている兵士たちがいる。


 それらすべて———俺の目には金髪の女の子に見えていた。


「『幻惑の薬』の力によって、俺は男も支配できる!」


 先ほどの弓兵も、戦場にいる兵士たちも———すべて俺の目の中では金髪の女だ。


 俺は男は支配できない。


 「人体支配」スキルがエロスキルで、支配しようとするとクライス・ホーニゴールドの細胞が全力で拒否反応を起こす。


 ならば———男と思わなければいい。


 自分を———騙せばいい。


 そのために、あえて自分の見ている認識を惑わせる『幻惑の薬』を自ら飲んだ。

 そして、戦っているナグサラン兵士たち全てを、俺が理想と思う金髪の女だと思い込み、視界に映る光景を、俺が思い描いた通りに無理やり変更させる。


 所詮はただの誤魔化しだ。


 だが、クライスの拒否反応を騙すのには成功した。


「行けッ‼ お前たち! 俺の支配を受け入れろ!」


 ————魔力支配エネドミネート


 戦場にいる兵士たちの魔力を支配し、ブーストさせる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「なんだこれはあああああああああああ!」

「おっほおおおおおおおおおおおおおお!」


 兵士たちの声が響き、彼らの体に魔力のオーラがまとわりつく。

 体内の魔力が活性化したことで、筋力増加、治癒能力の強化にもつながり、通常の何倍もの身体能力を得た兵士たちがニア帝国の魔物兵士たちを圧倒していく。

 骸骨兵士やゴブリンの攻撃を躱し、ゴーレムやオークのような巨大魔物の身体も、剣を打ち付けて砕いていく。

 時折、俺が肉体を支配し、兵士の身体を操作し敵の攻撃を躱させてあげたり、武器強化の魔法を使って剣の硬度を上げて、ゴーレムの石の身体より硬くしたりしていた。


 俺は自分のことを———裏で糸を引いて操る、人形遣いのようだと思った。


 悪役だな。

 そういうことをするのは大抵悪役だ。  

 本当にこの「人体支配」スキルは、悪役ムーブしかできない能力だ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……⁉⁉⁉」


 上げる声にはさすがに戸惑いの色が混ざっていたが、俺の「人体支配」による肉体強化により、後退していた戦線を徐々に押し戻し始める。

 魔物の生命力に、一時は撤退もあり得るかと危惧していたが、やはり余裕で勝てそうだ。


 シュルン———ッ!


 一本の縄が、櫓の柱に巻きつけられた。

 何だ?


 ピンッと張られた縄は、逆側が地上に結び付けられており、その上を曲芸師のような身軽な人物がぴょんぴょん飛び跳ねて伝ってきて、一気に櫓の上に登って来る。

 登ってきた人影は、動きやすそうな全身黒ずくめのタイツのような恰好をしていた。

 彼女は———ナイフを抜いて俺に向け、


「あんたが指揮官ね———」


 一気に、俺に向かって襲い掛かってきた。


「ミスト……!」


 彼女は———俺が良く知る顔だった。


 だが、ここは戦場———俺と彼女は敵同士。


 話し合う時間なんてない。


 迫りくる———ミスト・トスカータ相手に俺は躊躇ためらい、一歩下がってしまう。

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