第54話 戦闘開始からの即終了……?
夜の海に艦隊の明かりが見える。
ニア帝国の侵略が始まったのだ。
だが———これからの戦いは、語るに値することにはならないだろう。
何故なら、俺達は帝国の侵略に対する対策はしっかりと行っている。奇襲に対してナグサラン軍は防備を固め、一番脅威とされているレンは五体満足でここにいる。
そして、クライス・ホーニゴールドは元々レン・ナグサランを無力化するために派遣された工作員なのに、その任を放棄して敵側に寝返っているのだ。
何をどう考えても帝国に勝ち目はない。
「———来るぞ、砲に弾を籠めろ!」
レンが砦の城壁の上に立ち、号令をかける。
その隣でルイマス王に変身している俺は、シーアに近づいて来ているニア帝国の軍艦を見つめている。
甲板の上には異形のオークや石の巨人、ゴーレムといった魔物が立っている。本来、俺に招かれるように何の対策も立てられていないこの港に来るはずだった竿役の魔物たち。
それも今、軍艦の上から動けず、一方的な的になっている。
レンが剣を抜き、上に掲げる。
もうすぐ敵艦隊が射程距離に入るのだ。
「て——————————————‼」
剣が振り下ろされ、レンの号令をきっかけに、砦の大砲が一斉に火を噴いた。
轟音———。
夜の海に柱が立つ。
ほとんどの弾は命中こそしなかったものの、一発は当たり、敵艦を沈める。
そして、それに応えるかのように敵の艦隊からドンドンと砲音が上がり、砦の城壁に命中し、破裂する。
戦いの火ぶたが切って落とされた。
迫るニア帝国の艦隊と、シーアの砦が大砲を撃ち合う。
段々と近づいてくるニア帝国の艦隊に対して、レンは剣に魔力を溜め、金色に彼女の剣が輝いていく。
———もうそろそろか。
「———ルイマス王!」
レンが俺に号令をかける。一応、ルイマスの姿をしていて、クライスはここに居ないことになっているので、レンは父の名を呼んだ。
敵艦隊が、射程距離の入った。
————
レンの魔力を支配し、彼女の魔法力をブーストさせる。
レンは金色に輝く剣を天に掲げる。
「はああああああああああああああああああああああっ‼」
金の柱が天に昇っていく。
レンが構成する光の魔力の柱だ。俺の「人体支配」スキルの特性、魔力ブーストにより増強されている面もあるが、先が見えないほどの長さの、超ロングレンジの光の剣が作られる。
「
彼女は柄をしっかり握り、一歩前に足を出し、腰を落とし、
「———
しっかりと力を込めて、無限に伸びる光の剣を———横薙ぎに振るった。
光皇剣・飛竜———レンが自身の魔力が許す限り光の刀身を伸ばし、横一閃の斬撃を放つ。敵を一掃する技。
海上にいる敵艦隊にそれを放ち———海を、割った。
まるで、モーゼの十戒のように。
海の底の地面が見え、そこにすら一文字の傷が作られている。
そして、レンが狙った、ニア帝国の艦隊は多くが真っ二つに切り裂かれたものの、何隻かは光皇剣の斬撃を軌道上にはおらずに、生き残っていた。
それでも、割られた海の隙間を埋めるため海水が流れを作り、それは巨大なうねりと化し、
作り出された巨大な渦潮の前に、海の上を浮かぶ船などひとたまりもない。たちまち海底に引きずり込まれ、レンが割った海の亀裂が塞がった頃には、海上には艦影はなかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッーーー‼」
———全滅だ。
あっさりとニア帝国の侵略軍は全滅してしまった。
ナグサラン軍の兵士たちは、拳を上げて声を上げ、「レン様!」「レン王女!」「ナグサラン王国万歳!」と声を上げ、勝利を称えた。
「———終わりましたねぇ」
「ああ……」
やっぱり———この戦は語るに値しない。もう終わってしまった。
レンは強すぎる。
もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな、と思うほどに。
「それでは勝どきをあげましょうかぁ……くらいしゅどの……」
レンがトロンとした顔をして顔を赤らめている。
まるで酔っているかのように。
あぁ……そう言えば、「人体支配」の魔力ブーストには魔力酔いという副作用があるのだった。ルリリや大臣を操った後は特にこのような酩酊している様子はなかったのですっかり忘れていたが、レンは気分がよさそうに少しにやけた面を張り付けている。
彼女は特別、そういった〝酔い〟というのに耐性がないようだった。
「そうじゃな」
他の兵士の目があると思い、一応、ルイマスとしてレンの言葉に応える。
「ええ……行きましょうかぁ……くらいしゅ殿ぉ……」
大丈夫か?
べろんべろんに酔っぱらっていて、俺は今ルイマスに化けているにも関わらず、クライスと彼女は呼び続けている。
考えを改める。レンは酒に弱いんじゃない、非常に弱い。多分一滴でも飲んだらこうなってしまうほどに。
一撃で決められてよかった。
彼女に関しては
「しっかりせい。兵の前で勝利宣言をするのはお主なのじゃぞ?」
「わかっていましゅよぉ……」
フラフラになりながら、多くの兵に見えるように城壁の端まで歩いていく。
まぁ、勝どきを上げるだけなのだ。いざとなったら、俺が「人体支配」でクロシエを操った時のように口を操作すれば何とかなるだろう。
何も心配することはない。
俺は心穏やかに、敵艦隊がなくなり、静かになった海を見つめた。
「ミスト……」
ミスト・トスカータ。
彼女もあの軍艦のどれかに乗っていたのだろうか。
乗っていたとしたら、命はないだろう。
戦とはいえ、自分を慕ってくれていた彼女の命を奪う結果になってしまった事実に胸が苦しくなる。
何とか、戦が始まる前に知恵を捻って彼女とはコンタクトをとって生き残れるように策を巡らせた方が良かったが……最善の方法が何も思いつかなかった。
許してくれ、と心の中で謝る。
と———ミストに対して思いをはせている時だった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
岸辺から兵士の恐怖に満ちた声が上がり、次々と剣を打ち合う音と銃声が響き始める。
「な、なんだ———⁉」
敵は全滅したんじゃなかったのか?
城壁の端からから身を乗り出して下を見つめる。
———戦闘が行われていた。
ナグサラン軍の兵士たちは、敵と戦っていた。
次々と海の中から這い上がって来る——剣持つ動く骸骨兵士たちと。
「アンデット兵……!」
ゾンビをはじめとした、不死の魔物たち。
奴らはしぶとく、海流に巻き込まれたぐらいでは死なず、海底を歩いてシーアに上陸してきていた。
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