第52話 戦が始まる。
〝戦の塔〟に火が灯る。
それはナグサラン王国全土の諸侯たちに戦の始まりを告げる証し。
全ての貴族は兵を率いて王の元に直ちに集い戦に備えなければならないという指令。
夕暮れ時———。
ナグサラン王都の城壁前には諸侯が率いる兵たちが集い、王の号令を待っていた。
〝戦の塔〟に火が灯ってから、数時間しか経っていないというのに、千に上る兵がそこにはいた。ニア帝国の侵略に対する迎撃部隊を構成していた。
城壁の上に人影が現れる。
王を待つ諸侯の兵士たちはついに王からの号令がかかると気を引き締め、ピリッとした雰囲気が包まれる。
「———諸君、よく集まってくれた!」
レン・ナグサランだった。
次期女王と言われる姫騎士だが、国家反逆を企てていたという不穏な噂のある人物。
ルイマス王が姿を見せると思っていた諸侯たちは戸惑い顔を見合わせた。
「ニア帝国軍が侵略を企て、港町シーアに魔の手を迫らせている。我々は敵に潜入させていたスパイからその情報を受け取った。よってこれから迎撃に向かう! この国を奪おうとする卑劣漢どもに鉄槌を下せ‼」
「……お、おお、おおおお~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」
腑に落ちない点が多く、諸侯たちは足並みそろわず、声に覇気がない。
まず、ニア帝国が攻めてくると言うのが寝耳に水なだ。そして、その号令はルイマス王がかけるべきで、どうして第一王女がかけるのだと違和感を抱いていた。
が———、次の瞬間、諸侯たちの疑問に答えるようにある人物が前に出た。
「ル、ルイマス王……⁉」
老王———ルイマス・ナグサランがレンの隣に立つ。
二人の仲は最悪で並び立つことはなかったと言うのに、珍しくこの場では揃い、しかもレンの方が先頭に立って号令をかけている。
それが意味するところは———、
「———皆の者」
ルイマス王が声を上げる。
「———余は、この戦の指揮を———第一王女、レン・ナグサランに執らせる! そして、この戦、勝利したあかつきにはレン・ナグサランの功績をたたえ、王位を譲り、余は退位することをここに誓う!」
ざわっと諸侯たちが騒ぎ始めた。
確かに王は老齢で、亡くなればレンが継ぐだろうと誰もが予想をしていた。だがあまりにも仲が悪く、下手をすればルリリに王位が行く。最悪誰も指名しないで王位が空位となり、後継者争いで国が荒れることも覚悟していた。
それが、生前退位とは———誰も予想できなかったことだ。
あの権力にしがみつくルイマス王が、自ら権力を捨てるなど。
「私は———侵略の魔の手から民を救いたい。そのためには諸君の力が必要だ! ナグサラン王国の兵たちよ!」
レンが剣を抜き、遠くの空へと掲げた。
「シーアへ向え‼ 帝国の手から街を守るのだッッッ‼」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~っっっ‼」」」
レンの剣の切っ先は———港町シーアに向けられ、空を赤く染めている夕陽は、水平線の彼方へと沈みかけていた。
◆
カーテンから差し込む日の光を、ナグサラン王城の最上階でルリリは頬に受けていた。
ジッと外を見つめる。
カーテンを貫通し、二つの大きな光が見える。
一つは太陽だろうが、もう一つは———〝戦の塔〟の火。
クライスがニア帝国の侵略に備えて軍を集めているのだ。
だからなのだ。
だから、自分にこの部屋のカーテンを引くように言ったのだ。
軍を率いるのに邪魔なルイマス王を足止めするために。
ルリリはアリスからその指示を聞き、意味が分からないまでも父にカーテンを引くように頼み、ルイマス王はルリリの頼みならばと言葉通りに従った。自分が戦の蚊帳の外に置かれることになるとも知らずに——。
いや、どちらにしろ蚊帳の外にはおかれるか……結論として、カーテンを引く意味は全くなかった。
「うぅ……うぅ……!」
ルイマス王は寝ていた。
私室のベッドの横になり、夕方だと言うのにうめき声をあげて眠っていた。
「ゆるしてくれぇ……ゆるしてくれぇ……!」
悪夢を見ているようだ。
ひたすら誰かに寝言で謝っていた。
「…………」
ルリリはそんな父親を、ただひたすらに可哀そうと思った。
ただ、自分ではどうすることもできない。娘とはいえ、ルリリとルイマスは違う人間だ。
「……誰か、教えてくれ……余は、間違ったのか……ならばどこを間違ったのだ……?」
ルイマスの寝言がはっきりとした言葉として紡がれる。
「…………」
ルリリには答えることができない。
彼が歪んでしまった起点は彼にしかわからないし、それを気づくのも、修正することができるのも、彼自身以外いないのだ。
ルリリがどう言葉をかけたところで、一時の慰めにしかならない。
だったら———ここにいても仕方がない。
「……いかなきゃっ」
慣れない足に力を入れて踏ん張り、ふらふらになりながらも二本の足で立つ。
鳥かごの中。
ルイマスが作らせた、娘を閉じ込めるための鳥かご。そこからもう、出なければいけない。
自分自身の力で——。
クライスは自分自身の力で帝国の魔の手からこの国を救おうとしている。彼はこの国に恨みしかないはずなのに。それでも救おうとしている。
この国の王族であるルリリが、ただそれを待っていていいはずがない。
王族というのは国に生かしてもらっている一族なのだ。その一族が国の危機でありながら、ただ鳥かごに囚われているという理由で、何もしようとしないで救われるのを待っていいはずがない。
「……
魔力の翼は———発現しない。
だが、自分一人でできるはずなのだ。
クライスに自分の真の力を引き出してもらったからできた———光の翼。
彼のブースト能力がなければ、できない。
自分一人の力では
間違いだ。
自分の中の真の力ということは、元々ルリリ自身の中にある、彼女自身の力なのだ。
クライスがしたのは、補助輪を付けて走らせただけ。やり方がわからなかったから、支える補助をしていただけ。
人は補助輪がなくても、一人で漕ぎ出せるものなのだ。
———今がその時なんだ!
「来て……
ルリリが集中し、周囲の魔力が彼女の足元に集っていき、彼女の足元がキラキラと光を帯び始める。
やがて、彼女の元に集う魔力は室内だけではなく、外からも集まっていき、外から内へと吹きすさぶ魔力の風によって、カーテンの幕が大きくはためいていった。
太陽の光がルリリを五体を照らす。
「———行きます!」
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