第51話 肉体改変 ~フォルムチェンジ~
俺の「人体支配」スキルはエロスキルだ。
それによって、この能力にはいくつか制約がある。
人間の肉体を操れるチート能力であるのは間違いないが、この世界が「スレイブキングダム」という抜きゲーの世界であり、その「人体支配」スキルを持つクライス・ホーニゴールドという主人公が女の子を犯すために極めたスキルであるという、力の根源そのものに制約がかかっている。
まず一つ目に、人体を支配するスキルなので、人間しか操れない。魔物や動物、蟲といった存在は操ることができない。この制約は単純に俺がそれらの肉体の仕組みを知らないからできないだけの可能性はある。ゲームでコントローラーを渡されてもどのボタンで動かすのかわからなければ動かないように、人間以外の肉体の操作方法を俺は知らないのだ。だから、とりあえず現状はできない。
そして次に、男の肉体は短時間しか支配することができない。これは「人体支配」スキルの持ち主であるクライスの性格上の問題と、「人体支配」の特性上の問題だ。
エロスキルであるがゆえに、「人体支配」で支配している間、相手の心と自分の心が繋がってしまう。気持ちが共有されてしまい、セックスをしているような感覚に襲われる。それがエロを極めるクライスはどうにも我慢できず、男を支配してるときは、全細胞が拒否をする。女好きのクライスが男とセックスするなんて、死ぬよりも辛いことだからだ。
「クライス……お主、何のつもりだ……?」
魔人と化した大臣が目を丸くする。
「大臣、悪いが———お前をぶっ飛ばさせてもらう」
『変化の薬』を飲んだ、俺の肉体がぶよぶよと変質していく。
そして、俺の肉体の変質はやがて、収束して、今までのクライス・ホーニゴールドとは違う全く別人の肉体を作り出す。
「クライス‼ お主は何をするつもりだと、聞いてい……る……⁉」
俺は——『変化の薬』を飲んだ。
レンルートで彼女の精神を崩壊させるために、父親の姿に化けて彼女を犯すシーンに使われた妙薬に。アリスルートでアリスと共に可愛らしい弟であるルアを男の性欲を処理する道具にするために肉体を〝女〟に変換させた。
別人に化けることも、性転換もできる万能薬———それを、飲んだ。
その俺を見つめている大臣の目が、ニヤッと弓なりになった。
「プッ……ク、クククク……クカカカカカッ⁉ 何のつもり、プッ……! 何のつもりだクライス⁉」
俺は、体を———〝女〟に変換させた。
デブでブサイクのクライス・ホーニゴールドが、女になったのだ。自分で自分の顔はわからないがさも面白い顔をしていることだろう。
「クハハハハハッ!」
「笑い過ぎじゃね?」
「ハ~ハッハッハッハ……‼ これが笑わずにおれるか……! 女に、女になりおった……ブサイクじゃと思ったが、女になったら一層ブサイクになりおったのぉ……」
「ほっとけ……」
「じゃが、何のつもりかはわからんが……儂を笑わせて殺すのをためらわせようと言うのなら、失敗じゃな。その程度の滑稽さで儂の決意は止まらん……もはや時間はない。今この瞬間を持って、クライス……お主の命を奪わせてもらう」
大臣は、再び目に殺気を宿らせて、俺の首をへし折ろうとしてくる。
だが———、
「笑わせようなんて……思ってないさ。本気だ。本気で、大臣あんたを倒そうと思ってる……」
「倒す? 儂をか? 「人体支配」も使えないくせに? 魔人と化した儂に「人体支配」は通用せん! そのような絶望的な状況で、どうやって儂を倒すと言うのだ⁉」
「誰が「人体支配」を、お前に使うと言った?」
「人体支配」を使う対象は———、
「———俺自身だ」
———
俺の視界から、大臣の顔が———消えた。
「な————⁉」
いや、大臣が消えたんじゃない。‶俺〟が大臣の目の前から消えたのだ———。
あまりにも早すぎて自分でも知覚できない速度で。
気が付いたら、大臣から十メートルほど離れた場所に立ちっていた。
大臣は何が起きたかわからず、茫然と俺を見つめ、やがて俺を掴んでいた手に目を落とした。
「————⁉ グアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼」
折れていた。
俺をさっきまで圧殺しようと、掴んでいた大臣の右の手。その指がべきべきに折られていた。
ナイフで刺しても傷一つ付けられなかった、あの鋼鉄の魔人の手が———。
「これは……」
自分の体を見下ろす。
女になった、ポッチャリ系の女性の肉体の自分の体を———。
「人体支配」は人間の肉体に込められている能力を限界まで引き出す能力がある。レンやルリリの身体で限界を引き出すということは試していたことだが、自分の身体にここまでのポテンシャルがあるとは知らなかった……。
「だけど、まだだ……」
まだ———行ける気がする。
ト~ン、ト~ン、とその場でジャンプする。
まだ、この「人体支配」スキルには————先がある。
「……まだ研ぎ澄ませられる」
「ク、クライスウウウウゥゥゥゥゥゥ‼」
大臣が怒りを表すように頭部から炎を吹きだし、俺へ向かって襲い掛かって来る。
先ほど、俺は肉体の限界を超えて大臣の指を折った。だが、もっとだ。もっと力を高められる。
「人体支配」スキルができることは肉体のリミッターを解除することだけじゃない。
ルリリを治療したときのように———人間の免疫、細胞、筋肉、ホルモン、それらすべてを自由自在に操る能力までもがあるのだ。
つまりそれは———このデブの体を理想通りシェイプアップさせ、戦いにふさわしい
イメージする。
身体にまとわりつく脂肪を、全て筋肉に変換———肉体の細胞組織を、俺の理想とする最強の肉体へと変質させる————。
「————
グニョグニョと肉体が盛り上がっていき、また、俺の肉体が別の存在へと変質する———、
大臣の手が俺へと届く。
「死———、」
大臣の手が眼前に迫った瞬間———俺は踏み込んだ。
そのまま大臣の懐に入り、
「なッッッッ————⁉⁉⁉」
大臣の横面を———思いっきり蹴り飛ばした。
魔人と化し、鋼鉄の皮膚を持つ大臣の頬に———ヒビが入る。
「ガ……ガガ……⁉」
無敵の怪物と化したはずの大臣の目が白目を向き、そのまま横薙ぎに吹き飛んでいった。
ガシャアアアアンン!
破砕音が響く。
魔人大臣の巨大な体躯は〝戦の塔〟の魔導装置を包んでいたガラスを割り、内部で魔力の暴走が起きたのか———ゴオオオッと凄まじい炎が上がった。
「お……〝戦の塔〟に火が灯った……」
フロアをまばゆく照らす炎が中心で上がっている。
結果オーライだ。
行き当たりばったりだったが、何とか目的は達成できた。
「あ、アニキ……本当にアニキなんですか?」
「ん?」
女の体になり、肉体も「人体支配」のスキルを使ってデブからやせ型の女にシェイプアップして、もはやクライス・ホーニゴールドの原型はない。
「見ていただろ。なるべく使いたくはなかったけど、こうでもしなきゃ、状況を脱せなかった」
「それはそうですが……滅茶苦茶違和感が……」
「だろうな……」
俺は魔導装置に張り巡らされたガラスに映る自分の姿を確かめる。
金髪で短い髪のスレンダー美人と言ったところか。
「なんか……レンに似てる気がする」
「人体支配」で肉体改造を施したが、それは俺のイメージに頼るところが大きく、せっかく自由に肉体を変えることができるのなら、理想の女性像にしたいところだった。
クライスが元々金髪であるのもあるだろうが、完成した女体化して痩せたクライスと言うのは、そっくりとは言わないまでもレンに似ていた。
「これで髪の毛を伸ばそうものなら……」
と、試しに自らの髪を撫でてみる。
————
イメージがしやすいように、肉体変質の専用の言葉も作り、自らの髪を変質させていく。
「お~~、お~~、できた」
髪の毛の細胞を調節したのか、髪を撫でる動きに合わせてみるみる伸びて、女の子らしい金髪になる。
「やっぱり、更にレンだな……」
おっぱいも盛れそうだが。そこまでやると彼女と区別がつかなさそうになるのでやめておいた。
俺の理想の女性像というのは———やっぱりレンなのだろうか……。
「あ、アニキ、言われても嬉しくないでしょうが……綺麗ですぜ」
「本当に言われても嬉しくないよ」
現時点で女体化したとはいえ、俺は男だ。
男に綺麗と言われて嬉しいわけがない。
そんなやり取りをしていると、ダッダッダッと階段を駆け上がる音が近づいて来る。
「クライスど……の⁉」
レンが最上階までたどり着いていた。
が、状況が全くわからないと目を丸くし、
「誰、ですか?」
「ま、そうなるよな」
俺を見て当然の疑問を口にした。
それから、何がどうなったのか、彼女に理解させるまで時間を要した。
◆
〝戦の塔〟に灯る火。
それを、ナグサラン王都にある高い灯台から輝く爛々とした灯を港町シーアから遥か遠くの海上から、船の上で見つめている男がいた。
「どうやら……敵は準備を進めているらしいな」
頬に傷がある屈強な男。
彼は———全裸だった。
潮風に、筋骨隆々のその肉体を彼は惜しげもなく晒していた。
「アッ……アッ……アァッ♡」
彼の膝には裸の女がいた。
股を開き、彼の竿を受け入れ、全身を使って〝それ〟を扱く。
セックスをしていた。
帆船の上で、他の乗組員が作業をしている中、甲板の上で堂々と椅子に座って女を犯していた。
だが、そんなこと、誰も気に留めない。
全裸の男も、必死で肉棒を扱く女も。
当然の、いつもの事のように。
「手ごたえがありそうじゃねぇか、なぁミスト!」
「……………」
彼が座る椅子の横には床につけて俯いている暗殺者の姿があった。
「アァ~~~~……大きいィィ……深いィ……♡」
男の膝の上で腰を振る女から目を逸らすように、目視に耐えられないように。
「へ………待ってろよォ、クライス……!」
全裸の男は、女が必死に腰を振っているのも気にも留めずに座っている〝椅子〟にさらに体重を落とした。
「ウゥ……♡」
「アァッ……♡」
男が座っているのは、ただの椅子ではなかった。
女だ。
裸の女が二人横に並んで男を乗せる肉の椅子となっている。
それだけではない他の女土台の女の上で複雑に絡み合い、手すり、背もたれの役目を持ち、合計で五人の女が一人の男が座るための肉の椅子を作り上げていた。
その上で女のことなど気にも留める様子もなく、これから侵略する国を睨み続ける男。
ミストは彼に心底嫌悪感を持っていた。そしてそんな彼に頼らざるを得ない自分に対しても無力感を持っていた。
「頼みますよ———レグルス将軍。クライス先生を救えるのはあなただけなんです……」
「ああ、わかっているさ。友達を助けるのに力は惜しまない。俺はそういう男だ」
クライスの親友であり、ニア帝国侵略の指揮の全権を持つ将軍————レグルス・ガイエルンは、肉のひじ掛けに肘を深くついて、顎を乗せ、女を痛みに悶えさせていた。
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