第50話 手は———ある。
大臣は———魔物と化した。
獣人のような体毛に包まれ、体の節々から炎が噴き出る二本角の魔人———イフリートの化身という存在に変質してしまった。
「クックック……! どうだ、クライス手も足も出まい……!」
「グアアアアッッ……!」
巨大な手に鷲掴みにされた状態で、全身を締め付けられる……が、
「……手は、出るぞ……!」
右手だけは拘束から免れていた。それ以外の肉体の部位は、魔人と化した大臣の手に掴まれて、全く身動きがとれない。が右手だけでも動くのなら———、
「ハッ……! 片手だけ動かせたところで何ができる?」
「俺だって……、無防備じゃない……!」
腰に護身用のナイフぐらいはクライスも装備していた。
体を鍛えていない戦士でもない、医者を偽る「人体支配」使いの男だが、流石にその程度の装備ぐらいはしていた。
動く右手でナイフを取り出し魔人大臣の掌に突き立てた。
ガキィンッ……!
「なっ……⁉」
「クックックック……‼」
まるで鉄にナイフを突き立てたような感覚。
ナイフは全く大臣の手を傷つけることなく、弾かれた。
「硬すぎる……」
「炎の魔人となったこの儂に、何の魔法の加護もないナイフが刺さるものか!」
グッと大臣は更に力を込めて、俺の肉体を握りつぶそうとする。
「グアッ……!」
まるで人形だ。
「クックックック……クライスよ……無駄な抵抗はやめて、答えてもらおうか……」
人形のように大臣に掴まれて、
「答える……?」
「あぁ、儂と共に王国を裏切るのか、それともここで死ぬか———選べ」
「死ぬか選べって、……大臣、わかっているぞ……確かに、俺は今お前に命を文字通り握られている状態だ。だが、お前も俺に命を握られている状態だということが……!」
「……グッ」
大臣が牙を食いしばり炎が漏れる。
彼とて必死なのだ。
ここで俺を殺したところで———レンがここにやってくる。
〝戦の塔〟の上、地上から遥かに離れた最上階で、無敵の
魔人化したとて、彼女の技の前ではほぼ無意味。一瞬で切り捨てられるだろう。
「お前が今ここで生きのびるには、俺に協力してもらって、レンを「人体支配」で俺に殺してもらうしかない……!」
「グッ……!」
大臣が押し黙る。
そう———それしか手がないのだ。大臣が自由になるには。
魔物と化した大臣を操ることはできないが、レンなら操ることができる。
俺の力でレンを操り、自ら命を絶たせるなりなんなりさせて無力化するしか、大臣がここから逃げる手段は———ない。
「その通りよ……だから、どうしたと言うのだ。クライスよ。儂にも選択肢はないが、お主にも選択肢は実質ないのだぞ?」
「そうか? お前に俺は殺せないだろ?」
俺が死ぬ=大臣の死につながる。
「その通りよ。だが、お主がそのような態度でいる限り、どちらにしろ儂に道はない……」
ギラリと大臣の目が輝く。
「レン姫がここまでたどり着くのに、三分程度はかかろう。その間にここから飛び降り、逃げると言う手も……生き延びる可能性は低いがあるにはある。レン姫に追い付かれる可能性は高いが、ここで死を待つよりはいいだろう———クライス、一分やる。選べ! 一分経ってお主が儂との協力を拒否する場合、もしくは何も回答しなかった場合……」
大臣の巨大な親指が俺の頬にあてられる。
「儂は、貴様の首の骨を———折る!」
大臣の目は本気だった。
「————ッ!」
一分。
大臣は完全に自棄になっている。完全に追い込まれた獣だ。絶望し、生き延びる道が見えず、必死になって噛みついている
こいつの言葉は本当だ。俺が何も言わなかった場合、確実に殺しにかかってくる。
どうする……?
レンが到着するのを待つ時間はない。いや、どちらにしろレンに期待はできない。この場にレンが到着したらその瞬間にやけになっている大臣は俺を殺すだろう。
ならこの状況は自力でどうにかするしかない。
大臣は操ることはできない……なら、ファブルを使うか?
「ヒッ……ヒィ……ッ!」
ファブルは怯えて、巻き込まれないようにだいぶ離れた場所で震えている。
ダメだ……ファブルも使えない。
あいつを「人体支配」で操ることはたやすいが、そこから蟲を使って大臣を倒すビジョンが見えない。
地下室でファブルの触手蟲と対峙したときのように、直接「人体支配」スキルでは操れない。そして、もしかするとファブルを支配し、その体を通して操れば行けるかもしれないが、危険な賭けだ。それに一分という時間はあまりにも短い。その間にイフリートの化身を倒せるだけの蟲を用意できる確証もない。
「さぁ! 一分経ったぞ! 答えを聞かせてもらおうか⁉ クライス」
もうか……。
仕方がない……。
「大臣、答えは……ノーだ」
「そうか、ならば……死ね……!」
大臣の親指に込める力が強くなる。
徐々に徐々に、じわじわと俺の首をへし折ろうとしている。
ゆっくりと殺そうとしてるわけではない。
大臣はなるべく時間をかけて、俺の心変わりを待っているのだ。
それも、わかっている。
だから、
「大臣……」
「おお、気が変わったか、クライス……⁉」
「いいや、お前に協力するのは拒否させてもらう……だが、」
俺は右手をポケットにつっこみ、懐から薬を取り出した。
銀色の液体が入っている薬の瓶を———。
「それは……⁉」
大臣が問いかけてくるが、質問に答える義理はない。
「———ここで死ぬのも、拒否させてもらう!」
その銀色の液体を俺は一気に飲み干した。
その、『変化の薬』を———。
「—————ッ⁉」
カッと全身が熱くなり、俺の肉体が変質していく———今までのクライス・ホーニゴールドとは、全く別の存在へと———。
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