第49話 裏切りの大臣

 〝戦の塔〟の頂上に辿り着く。


 風が吹きすさぶ手すり一つないフロア。

 その中心に巨大なガラス張りの魔導装置があり、その下には幾何学模様のような魔法陣があった。


「これが起動魔法式か……エドガー」


 レンが大臣を呼ぶ。

 大臣は少し不貞腐れたような表情をしながらもその魔法陣に触れ、ボウッと魔法陣に光を灯した。

 なんだかんだと従順にレンに従っている。


「あれは、レン姫には起動できないのですか?」


 大臣が塔に火を灯してくれるまで、待つしかないと思い、世間話のようにレンに話しかける。


「実は……私には高度な魔法を習得する学と器用さがないのです。光皇剣こうおうけんは私だけが持っている才能ギフトのようなものでして。お恥ずかしい限りですが、それがなければ私はただのそこらへんにいる兵士と何ら変わらないのです」

「そういうものなのか」

「そういうクライス殿はどうなのです? 一級の魔導士であるエドガーがいたので今回は頼りませんでしたが、よくよく考えるとクライス殿も魔導士としては相当優秀ですよね。魔法で人を治癒する医師なのですから」

「俺は……」


 レンの言葉を否定しようと思った。

 所詮はチートスキル「人体支配」に頼って得た名声だ。俺自身この世界の魔法をろくに勉強もしていないのだから、あの高度な知識がないと起動できなさそうな魔法陣も俺には起動できるわけがないと否定しそうになった。

 だが、俺は「人体支配」を使ってルリリの魔力を調節し、目が見えるようにしたし、解呪もした。魔法陣もそれと同じように魔力の流れを調節するだけなら、できるのではないか?

 元々、大臣に頼る必要は、なかったのかもしれない。


「やってみればよかったかもしれないですね……」

「クライス殿ならきっとできますよ」


 落ち着いたら、魔法の勉強もしてみよう。そう思った時だった。


「………む?」


 大臣の手がピタリと止まった。

 まだ、〝戦の塔〟に火は灯っていない。


「どうしたエドガー?」

「起動式が完全ではない……どこかに不具合があります……」


 大臣は魔法陣から手を放し、外側へと歩いていく。


「ああ、ここですな……」


 フロアのふちに立ち、柱を指さす。


「ここにも魔法陣が描かれています。ここを修正しなければ、魔法陣は起動しません」

「できないのか?」


 レンが様子を見に、大臣の元へと歩み寄る。


「できなくは……ありませんが……」

「もったいぶるな、方法を教えろ。時間がないのだ」


 大臣が指さす場所をレンが覗き込んだ時だった。


 彼の口角が上がった。


 嫌な予感がする———。


「レンッ! まずい大臣から離れ、」

「え———?」

「嘘じゃボケェ! 喰らえ! 光魔法———」


 大臣は両掌を開き、頭頂部に添え、そのハゲ頭の先端に魔力を集中させ———、


閃光レイッッッッ‼‼‼」


 彼の頭からフロアを覆わんばかりのまばゆい白い光が発せられた。


「まぶしっ……」 


 至近距離にいたレンは溜まらず目をつむり、


 ドンッ!


 その隙をつかれ、大臣に肩から押された。


「あ————!」


 〝戦の塔〟には安全のための柵も手すりも何もない。 


 その縁側ふちがわでタックルされてしまえば、彼女の体を受け止めてくれるものは何もなく、地上から遥か上空の中空へと体が投げ出されてしまう。


「レン————ッッッ⁉」


 大臣の頭から発せられた光によって眩まされた視力が回復したころにはレンの姿は最上階のフロアにはなかった。

 やがてドンッと音がして、慌てて俺が下を覗き込むと、地上にクレーターを作り、片手をついてアメコミヒーローのように着地をしているレンの姿が見えた。


「………ッ!」


 こちらに向かって何かを彼女が叫んだが、あいにくと彼女が豆粒に見えるほど距離が離れてしまっている。


「よかった……何とか無事か……」


 流石は破壊王女ブレイクプリンセス

 五十メートルは優にある高さから落ちたところで何ともない。

 ピンピンとした全く問題のない足取りで再び彼女は塔の中へと入っていく。


「ふ……やはり死にはせんか……所詮は時間稼ぎよ」

「大臣。何のつもりだ?」


 レンは大急ぎで階段を再び駆け上がってここに来るだろう。


「決まっておろうが。クライス、ファブル。貴様らに話があるからだ」


 彼女がここに辿り着けば、大臣は無事では済まない。


「話……だと?」


 彼はレンに減刑を要求していたが、もはやそれもこんなことをしてはままならない。

だというのに、なぜか大臣は口元に笑みを浮かべたまま余裕を崩そうとしていない。


「ああ、クライスよ。儂と共にナグサラン王国を裏切り、ニア帝国の侵略に協力せよ」

「な———ッ⁉」


 このタイミングで———大臣は裏切りを敢行した。


「お前、自分が何をしているのかわかっているのか?」

「わかっておるわい! 無駄な問答は不要! 早くせねばレン姫がここに辿り着く! クライス、ファブル! 儂はこの国を裏切り帝国につく! 貴様らはどうする⁉ 儂と共に来るか⁉ いや———来い‼」


 俺へ向けて手を伸ばす大臣。


「来るわけないだろ……何をどう思って俺がお前と共に裏切ると思うんだよ。俺にレンを裏切る理由はない!」

「あるであろうが! レン姫はともかく、この国の王はお前の父を死に追いやり、そのことを悔いるどころか、お主までも死に追いやろうとした! そんな国に尽くす義理がどこにある!」

「そ、それは……」


 確かに、そう言われれば俺にはこの国を裏切るに足る理由はある。

 だけど……、


「それは……大勢の人間を巻き込む理由にはならない。俺がこの国を見捨てたら、多くの何も知らない民間人が犠牲になる。だから、裏切れない」

「チィッ! 醜悪な顔をしているくせに優等生ぶりおって!」


 悪かったな、確かにクライス・ホーニゴールドはブサイクだよ。

 でも、お前にだけは言われたくなかったよ。


「ファブル‼ お主はどうじゃ⁉」

「お、俺は……」


 ファブルは震え俺と大臣を見比べている。


「あ、アニキに任せます……」


 判断ができないと、逃げるように顔を伏せてしまった。


「情けない! 儂もお主も大罪を既に犯したもの。この国に義理立てしても絶望しか待っておらんというのに……まぁよい、蟲を使うだけのお主が共に来たところで、今は何の役にも立たんわ!」


 ひでえ言い草……だが、その言葉が耳に入っていないのか、ファブルは顔を伏せたまま動こうとしない。


「今、重要なのはお主だけよ! クライス! 貴様は何がどうあっても儂に協力してもらうぞ!」


 そう言って大臣は手を前に突き出した。

 その手には光る液体が入った瓶が握られていた。


「なんだそれは?」

「クライスよ。儂に協力しろ。儂に協力しなければ———お主を殺す‼」


 そう言って、大臣は瓶の中身を一気に飲み干した。


 俺を、殺す……? 


 ということは、魔法をこれから使うつもりか? それで脅そうとでもいうのか? 

 ということは———あの液体は、もしかして魔力増強剤か何かか……?

 まぁ、よくわからんがとりあえずは———、


 ———支配ドミネート


 大臣の肉体の権限を俺に譲渡させ、


 グギッ!


 首を思いっきり捻らせた。


「ぐえ……⁉」


 急速に首に負荷がかかったことで大臣の意識がシャットダウンされ、その場に崩れ落ちるようにして気絶する。


「どんな算段があったかわからないが……「人体支配」を持つ俺にタイマンで勝てるわけがないだろう……」


 大臣はそのことを知らないわけじゃなかったと思うが……。


 とりあえず、大臣の反逆は一瞬で終わった。


 まぁ、そんな道を選ばざるを亡いほど、彼は追い込まれてしまったということか……勝ち筋が薄い道だとしても、この先自由が手にできないとわかれば藁にでもすがる思いでレンに反抗し、俺の協力を取り付けたかったのか。


 そう思うと同情はするが……それにしても、


「この薬は何だったんだ?」


 彼に近寄り、大臣がまるで起死回生の一手のように見せつけた瓶を拾う。

 その中に入っていた液体は既に大臣の体内に消えているが、一体どんな効果が、


 ガシッ……!


「え⁉」


 足首を掴まれた。


「……クックックック!」

「だ、大臣⁉」


 彼の頭がゆっくりと持ち上がっていく。先ほど俺の人体支配によって意識を失ったはずなのに、もう瞼が開いていた。


 気絶からそんなに早く立ち直れるはずがないのに————⁉


「大臣⁉ お前何をやっ———、」


 彼の体を見た瞬間、次の句を繋げなかった。


 大臣の体は〝異常〟が起きていた———。


「クックックック……フハハハハハハハハハハッッッ‼」


 彼の体が———巨大化していた。


 普通より少し小さいぐらいの身長しかなかった大臣のからだがぐんぐんと伸び、筋肉が風船のように膨張していく。


 俺の足首を掴んでいた右掌もどんどん巨大化していき、やがては俺の上半身を包むほどの大きさとなった。


「グ————ッ⁉」


 締め付けられる。

 巨大化した大臣に上半身を鷲掴みにされて、グッと圧迫されて肺から空気が漏れる。

 やばい、このままだと本当に殺される。

 俺は巨大化した大臣に照準を絞り、



 ———支配ドミネート



 彼の肉体の権限を俺に、


 ギリリリッ!


「ぐあああああああああ‼」

「クックックッ……」


 権限譲渡が、できない⁉


 俺の「人体支配」スキルが、大臣に通用していない⁉


「だ、大臣……何を……⁉ したんだ……⁉」

「見てもわからんだろう……だから、教えてやろう。あの薬屋に寄った時、貴様が王に〝化ける〟薬を買っていたように儂も〝化ける〟薬をくすねておったのだ」


 大臣の頭部から二本の角が生え、口裂けて牙が生え、全身から獣のような体毛が生え始める。

 もはや人とは呼べない、異形の存在と化していた。


「『魔物化の薬』という薬をな! 今の儂は烈火の魔人———イフリートの化身よぉ!」


 大臣の口の端、全身のあらゆる場所から炎が噴き出る。


 その熱が間近で伝わって来て、全身から汗が噴き出る。 


 ヤバい———マジで。


「クライスよ。もう一度聞く、儂と共に裏切れ———」


 俺の「人体支配」スキルでは———魔物と化した大臣を操れない……。

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