第48話 クライス、ダイエットを決意する。

 〝戦の塔〟へたどり着く。


 石造りの巨大な塔。あくまで戦を知らせる目的のみで作られた塔であり、飾り気も何もない、質素な作り。出入り口も人が一人通れるぐらいの小さい扉しかなく、そこに一人の槍を持った守り人が立ち、守っている。


「———こ、これは、レン王女! どうしてこのような……」


 俺達が彼の前に姿を現すと、レンに気づいて彼は慌てて敬礼をした。


「戦だ。港町シーアへ兵を集める。〝戦の塔〟に火を灯すんだ」

「は⁉ 戦ですか……⁉ そのような報告は受けていませんが……それに……」


 チラリと大臣と俺を見る。


「エドガー様は投獄されているはずでは……?」


 ああ、やっぱり大臣が投獄されている情報ぐらいは出回っているか。あいつが捕まってからは一夜明けているから。


「特例で今だけは解放している。全てが終われば再び牢に入れる」

「なっ———⁉」

 レンの言い草に、大臣は目を丸くしている。

 何を今更……さんざんレンにあくまでニア帝国の侵略を阻止するために一時的に釈放しているだけだと言われているだろう。

 金と女を使って国の政治を腐らせ、王女の純潔を奪おうとした人間が多少手を貸したぐらいで罪を免れるわけがないだろう。死刑がせめて無期懲役になるぐらいだ。


「はぁ、その全てが終わると言うのは……これから何が起きるんです?」

「ニア帝国が攻めてくる」

「何ですって⁉」

「それを撃退するために軍をシーアに集結させる必要がある。だから、〝戦の塔〟に火を灯してくれ」

「……わかりました」 


 やはりレンは信用されているようで守り人は真剣な顔でうなずく。


 が———、


「ですが、今すぐに火を灯すことはできません」


 心苦しそうに彼は言った。

 火を灯せない?

 こんな緊急事態なのに?


「どういうことだ?」

「火を灯す———〝火付け人〟がいないのです」

「? 更にわからない、君が火を点ければいいのではないのか?」


 レンの眉根が寄せられる。

 普通灯台は守り人が明かりをつけるものだと思うが、なぜだか彼はできないという。


「〝戦の塔〟は諸侯に戦があることを知らせる重要な役目を持っています。そしてその明かりは無暗に灯すことができません。もしも何らかの手違いで戦がない時に灯してしまえば王の信用の失墜につながります」

「ああ」

「ですので、〝戦の塔〟の灯りは厳重な魔法陣で制御されており、高度な魔法士でなければ明かりを灯すことができないのです」

「君にはできないのか?」

「実は……私は代理の人間でして……」

「何っ⁉」


 そんな重要な施設を守っている奴が代理なのか⁉


「ならば本物の守り人は?」

「現在休暇中でして」

「すぐにここに呼ぶことはできないのか?」

「王都を出た遠い別荘地に行っておりますので……」

「なんたることだ……」


 レンが頭を抱える。

 タイミングが悪すぎる。

 普段滅多に明かりが灯らない、暇な部署であるだろうに、肝心要の大事にいないなんて……。

 軍を動員させるのは諦めるしかないか……と、ふと横を見ると大臣の姿が目に入る。

 こいつ、メチャクチャ魔法に関しては優秀だったはずだ。


「魔法士……大臣じゃあダメか?」

「え?」


 レンが振り返る。


「大臣も優秀な魔法使いだ。その高度な魔法陣とやらも大臣なら発動させることができるんじゃないか?」


 俺は大臣を以前に操った時の感覚を思い出していた。

 ファブルの蟲を撃破するために、彼の体を操り、魔法を使った。その時に大臣の能力の全貌が何となくだが把握できていた。彼は悪辣な人間性ではあるが、魔法に関しては一級の腕を持ち、高度な魔法も習得しているようだった。


「まぁ……エドガー様ほどの方なら……できるとはおもいますが……」


 守り人が俺の意見を肯定する。


「ですが、エドガー様の手を煩わせるのも……」

「構わない緊急事態だ。それに、こいつにはもう立場も何もない、ただの罪人だ。行くぞエドガー」


 レンがクイっと首で扉を指し示す。


「…………」


 俺達が〝戦の塔〟の中へと入っていく間、大臣は一言も発さずに険しい表情をしていた。 


 ◆


 塔の頂上まで続く長い階段を俺達は昇っていく。


「ハァ……ハァ……」

「大丈夫ですか、クライス殿」


 階段があまりにも長い……デブには辛い長さだ。レンはすいすいと登っていき、ファブルも意外とそのレンの歩みについてってたが、俺と大臣は少し後方でひーひ―言いながらついて行っていた。


「だ、大丈夫だ……くそ、こんな長い階段を登るなんて……この体にとっては拷問だ……」


 俺の言葉にレンが苦笑を浮かべる。

 この世界に来るまではここまで太っていなかったからわからなかったが、デブにとって階段の上り下りというのは本当に辛い。何十キロもある余分な脂肪の重みが直で足に負担として襲い掛かって来る。


「これは、何とかして痩せないとな……」

「クスッ、全てが落ち着いて余裕ができたら私も協力しますよ。だからもう少し頑張りましょう」


 ダイエットの協力を約束してくれるレンが先を指す。そこにはわずかな光が見える。

 もう最上階はすぐそこの様子だった。


「ハァ……ハァ……レン王女! 一つ確認しておきたい!」

「ん?」


 最後尾を歩く大臣が張り上げ、レンが彼に視線を向ける。


「儂は何のために協力しておる⁉ 当然罪は減刑されるのだろうな⁉」

「そのことか……」


 大臣は保証が欲しいようだった。この侵略を食い止めた先に、どのような利益が自分にもたらされるのか。それが減刑という形でもたらされるのかどうかを。


「減刑はする。だがどんなに軽くしたところで二度と城の中を自由に歩き回ることはできんだろう」

「な———⁉」


 大臣の目が見開かれる。予想外だったように。


「少なくともエドガー。お前に国の役員としての地位はもうない」

「そんな! 儂がこれだけナグサラン王国にどれだけ尽くしてきたか!」

「それ以上にお前はこの国にもたらした害が大きい。城のメイドたちは何人もお前に性格が変わり果てるほどの仕打ちを受けたと聞いた。何人もの女子の心を破壊したお前を、許すわけがないだろう?」

「あのメイドの女どもは最初は嫌がるような口ぶりだったが! 儂が優しくしてやれば喜んで股を開いたぞ! 旦那が喜ぶように色んな技も教えてやった! それのどこが、」

「お前の価値観で物を語るな。まぁ、お前が最大限協力し、帝国軍を退け、最大限減刑するとして……妥当なところでクライス殿の御父上シドニー・ヨセフと同様の島流しだろうな。二度と王都の土を踏めないほど遠方の土地へ、お前を追放する」

「そんな……重すぎる!」

「命があるだけありがたいと思え。行くぞ」


 冷たく言い放ち、レンは塔を登っていく。


「…………」 


 その背中を大臣はずっと恨みがましく見つめていた。

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