第47話 薬屋前にて、アリスとの遭遇

 マティアスの店で『変化の薬』を手に入れることができた。

 後は〝戦の塔〟に灯をつけて港町ナッソーにナグサラン軍を集めて帝国兵を迎え撃つだけだが、一つ問題があった。


「ルイマス王に変化するには……彼の体の一部が必要だ」


 『変化の薬』は魔法で術者の思った通りの容姿に変貌することができる。だが、既にいる人間とうり二つとなるには情報が足りない。ただ飲んでルイマス王の顔を想像するだけではイマイチ似てない感じになってしまう。

 だから、それを防ぐために、ルイマス王の体の一部が欲しいところだった。


「髪の毛とかですか?」


 レンが尋ねる。


「レン、何か……今持っていないか? その、娘だから……」

「流石に持っていませんよ。娘だからと言って常日頃父の体の一部など持っているわけがありません」

「だよな……そう、髪の毛程度でいいんだけど……王妃様は?」


 クロシエは気まずそうに視線を下にやる。


「あのジジイのものなんて持ってるわけないでしょ。もしかしたら、この服のどこかに髪の毛ぐらいついてるかもしれないけど……」


 クロシエは朝に王の間で裁判したときのままだ。王妃らしいドレスを見に纏っている。ルイマスとの関係は冷え切っているわけではない。クロシエは隙あらばルイマスを暗殺しようとは思っているがルイマスはそんなことは知らず、良好な夫婦関係を気づいていると思っている。


「だったら、やっぱり一度城に引き返すか……」


 悪手な気がする。

 全員で城に戻り、ルイマス派の衛兵に見つかればレンがいるので拘束はされないものの大立ち回りが予想される。そうなればレンがクーデターを起したと思われ後々禍根を残す。


「それに、まだ時間はあるけど……なるべく急いで〝戦の塔〟に灯をともしたいんだよなぁ……」


 そう、思いふけっていた時だった。


「———クライス殿?」


 レンとは違う、女性の声がして、正面に注意を向ける。


「あ、アリス⁉」


 ルリリの専属メイドがなぜか王都の裏路地にいた。


「どうしてこんなところに? それにレン様も……大臣まで⁉ 脱獄したのですか⁉」


 ハッとしたように目を見開く。

 そりゃ、普通に察するわな。


「どうしてこんなところに……は、こっちのセリフだよ、アリス。どうしてルリリの傍にいないんだ?」

「そ、それは……ルアを避難させようと……」


 気まずそうに視線を逸らす。

 彼女は俺が言った帝国兵が攻めてくると言うのを信じているのだ。だが、王は何もしようとしない。そうなると戦火がこの街を襲い、たくさんの命が失われる。

 そんな中、せめて弟だけは助けたいとの思いで城を抜け出してここに来たのだろう。


「あれ? 姉さん?」

「ルア‼」


 仕事が丁度終わり、マティアスの店からルアが飛び出してきて、アリスの元に駆け寄る。


「どうしてこんなところに、姉さん仕事は?」

「少し……抜け出してきたの。でもすぐに戻るわ……あなたと一緒に……」

「一緒に? 僕今から城に行くの?」

「え、ええ……しばらく私が暮らしているところで寝泊まりするの……いいわね」

「僕はいいけど……」 


 アリスがレンを見る。


 使用人の家族が城に無許可で出入りするなどあってはならない。だから、レンが止めるかもしれないと不安げな目で見るがレンは、文字通り目をつむって何も言おうとしない。


「この街は、危ないからな……」


 そう、独り言のように言った。

 それでアリスはレンの心情を察し、「ありがとうございます」と言って、ルアを抱きしめた。

 このまま城にアリスはルアを連れて行くのだろう。


「———丁度良かった」

「はい? クライス殿?」


 彼女がここに来てくれたのは天啓とも言っていい。俺が進めている計画において、彼女が来てくれたことは非常に助けになる。


「何が丁度良いのですか?」

「アリス。君にいくつか頼みがある。ルアを連れて城に戻った後、ルイマス王の髪の毛をどうにかして入手して俺たちの元に届けてほしい」

「髪の毛を?」

「無理か?」

「……現状、王は姫様と共におり、専属メイドである私が姫様の身の周りの世話をすることを許しております。なのでルイマス王に近づく機会も多くそれは可能かと思いますが、その髪の毛をどう使うのです?」

「まぁ、少しな———そして、ルリリに伝言を頼みたい。彼女は今、王の部屋にいるんだよな?」

「え、ええ」

「そのカーテンを明日の朝まで引いておいて欲しい」

「カーテンを? そのようなことをどうして?」

「それはな———」


 俺はアリスにこれから俺たちがどういうことをして、港町ナッソーで帝国軍を迎え撃つのか、計画の詳細を話した。


「そのようなことを……本当にできるのですか?」


 綱渡りのような計画ではあるが、実現不可能ではない。


「できる」

「そう、ですか……クライス殿は凄いですね。私ではとても考えつかないような壮大な計画を難なく思い描くなんて……」


 別にすごくもなんともない。この世界が元々ゲーム世界でそのゲーム、「スレイブキングダム」をプレイしているから、闇の薬師だったり今後の展開だったりといった知識があるので、対策を立てられる。ただそれだけのことだ。


「了解しました……では一旦、私はルアと一緒に城に戻ります。クライス殿御武運を———」


 ルアを抱きしめた状態のまま、アリスはぺこりと頭を下げて立ち去っていく。

 よし、何とかルイマスに化ける算段はついた。

 そちらはアリスに任せて、俺達は〝戦の塔〟へ向かおう。

 アリスとは逆に王都の外側へと向かおうとした時だった。


「———あの……私もあのメイドと一緒に城に戻るわ」 


 おずおずと手を上げてクロシエが言う。


「は? いきなり何を言い出しているんだ?」


 城に戻っても一応投獄された身で脱獄者なのだ。城の中を自由に歩き回ることはできないし、もしみつかったらまた牢に逆戻りなのだ。

 自分勝手で意地悪な彼女がそんなことを言いだすなんて何か企んでいるとしか思えない。


「ダメだ」


 何をしでかすかわからないから一応却下しておく。


「何で? 私はもう役割はないでしょ。薬師の元には連れてきたんだし。それに今私が城に戻ったところで何もできないわよ。それにぃ……」


 チラリとアリスの後ろ姿へ視線を送るクロシエ。正確にはアリスではない、彼女と今手を繋いでいる弟の———、


 マジかよこいつ……。


「何歳差あると思ってるんですか?」

「はぁ⁉ 何が⁉ 何の話⁉」 


 ルアにべた惚れなのを見抜かれていないとでも思っているのか、顔を真っ赤にして否定する。


「余計にダメだ。何をしでかすか、」

「クライス殿———少しいいでしょうか?」


 クロシエの提案を却下し続ける俺の耳元にレンが口を寄せて囁く。


「お母様はここで帰した方がいいかと思います。我々はこれから戦場へ向かうのです。役割の終えた非戦闘員を連れて行っても、足手まといにしかなりません。それにお母様が死ぬ危険が高い。仲は良好とは言えないても、あの人は一応私の母です。無残に死ぬのを見るのは忍びない」

「だけど、城に戻って何をするか……」

「冷静に考えてみてください。お母さまは今、もう何も持っていません。ルイマス王からは裏切られ、利害で繋がっていた大臣は力を失っています。あの方が今後無事に生きていくには私かルリリに頼らざるを得ないのです。あの人は賢い……というよりしたたかな方です。そのことは重々承知し、下手に私たちから不評を買うような真似はしないでしょう」

「確かにそう言われれば……そんな気もする」 


 仕方がない、確かに王妃はこれ以上一緒にいても足手まといだ。


「わかった。アリスと一緒に城に戻っておいてくれ」

「いいの?」

「ただし、何かアリスやルリリ、ルアに変なことをしてみろ……俺はあんたの言う〝淫魔の一族〟として、徹底的にあんたを追いつめるからな」

「ヒッ———⁉」


 睨みつけて念を押す。

 クライスの祖父のアドルフに彼女の親が受けた仕打ちは、クロシエの心の中に深いトラウマとして刻みつけられている。

 それがあったからこそ不安に駆られて、俺を投獄させたのだが、今は彼女に何の権力もなく、何も誰も、彼女を守ってくれない。


「わわわわ、わかっているわよ……!」


 ガタガタと体を震わせ、俺から距離を取り、ダッと逃げるように立ち去りアリスの後を追う。


「……不安だが、まぁこの脅しがちゃんと効くかは天に祈るしかないな」


 今はとにかく時間がない。 


「———行こう、〝戦の塔〟へ」


 王都の外壁に建てられた、戦いを告げる灯台へと俺達は歩を進めた。

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