第46話 抜きゲーにおいて、薬は大抵何でもできる。

 マティアス・ホルジオ。

 少しパーマがかった茶色い髪が特徴的な顔立ちの整っている知的な青年。


「おやおやこれは王妃様に王女様……それに大臣、エドガー様まで……これは一体どういうご用件で?」


 人当たりのよさそうな笑みを浮かべたまま、両手を広げてわざとらしいリアクションをするマティアス。

 一見するとかなり人がよさそうだが、その実、同性愛者で亜人種と幼い子供が大好き。特にルアは彼の好みにドストライクにマッチしており、彼をお手伝いとして雇っているのも、性的に彼を食べる目的があるからにほかならない。


「———王妃様、いつもの夜のお薬が切れたので?」


 彼はルアの顔が特に気に入っているらしく、姉がいるとわかると、その姉と弟共々犯しつくしたいと思っており、二人の精神を破壊するために巧みにクライスと協力し、彼らを近親相姦の道へと堕とそうとする。

 そんな彼の店の常連が、王妃、クロシエ・ナグサランだ。

 ここは闇の薬屋らしく、普通では手に入れられない強力な媚薬も取り扱っている。それを使ってクロシエはルイマス以外の男と寝て毎夜毎夜快楽に浸っているのだ。


「そういうわけじゃないわ。今日は別件よ。この男があんたに用があるみたいでね」


 王妃が俺を指さす。


「あなたが? 初めまして……ですよね?」

「ええ、クライス・ホーニゴールドと申します」

「マティアス・ホルジオです。以後お見知りおきを」


 ニコリ笑いかけるマティアス。


 俺が転生しているこの世界線ではここで初めて会うが、「スレイブキングダム」のゲーム本編では、マティアスとクライスは非常に気が合い———仲が良い。

 とはいうのも、マティアスの薬師という立場は便利過ぎるのだ。ハードなエロゲーである以上、媚薬も睡眠薬も、挙句の果ては姿を変える薬まで生み出せる天才薬師、マティアスはいろいろなシチュエーションを生み出すことが可能だ。「イキたくないけど、媚薬のせいで発情してしまうシチュ」「睡眠薬で動けない状態で犯されるシチュ」といったハードな抜きゲーではド定番なシチュエーションでユーザーを満足させる非常に有能なキャラだ。

 だから、ゲーム本編ではクライスは何か悪だくみを思いつくたびに彼の元に頼りに行く、そのただの思い付きをすぐさま叶え、クライスの要求通りの薬を用意する彼の姿は、まさにどこかのネコ型ロボットと見まがわんばかりだった。

 そして———今回もマティえもんの力が必要な時が来た・


「マティアスさん。初めて依頼するにしてはぶしつけだが、『変化の薬』を始め、今から俺が言う薬を用意して欲しいんだ。構わないか?」

「『変化の薬』? どうしてその薬の存在を? 店頭では扱っていない品なのですが?」


 マティアスの視線が王妃に注がれる。彼女は自分の役目は終わったとばかりに戸棚に並んでいる媚薬を手に取り、「これ効かなかったのよねぇ~」とブツブツ言っている。


「王妃から訊いたわけではありません。ただ噂で聞いたのです。このナグサラン王国にありとあらゆる薬を生み出せる万能の薬師がいる、と。性別すらも変えられるほどの超常の薬を生み出せる———凄腕だと」

「なるほど、そのような噂が」

「実は我々は現在、切羽詰まっています。一国一秒も惜しい状況です。脅すわけではありませんが———現在ナグサラン王国は危機的な状況に陥っています。なので、あなたの力をお貸しいただきたい。お金は後々いくらでも用意します」

「……で、しょうねぇ。ただならない事態が起きているのはわかります」


 視線が俺が引き連れている一向に注がれる。 

 大臣と王女と王妃。この国の重鎮がそろっているのだ。ただ事でないことは一目でわかる。

 だが、即決はできないようで、マティアスは鼻の頭を指で押さえて考え込む。


「———マティアスさん! この薬はこの棚でいいんですよね?」


 と、その思考を棚の整理をしていたルアに声をかけられて中断させられる。

 だが彼は特に不機嫌になる様子はなく、


「そうだ、ルア君。君は物覚えが良くて非常に助かるよ」


 笑顔で彼をねぎらう


「えへへ、ありがとうございます。では、僕はこれ以上邪魔にならないように裏で在庫の整理をしていますね」

「ああ、頼む……いや、できればその奥にある赤い木箱をここに運んできてくれないか? すこし、必要そうだ」

「はい!」


 元気よく返事をしたルアは速足で店の奥に行こうとし、


 ドンッ


「あ———」


 媚薬の棚を眺めながら、フラフラと後ろに下がったクロシエと接触した。

 バランスを崩したクロシエはお尻から床に落ちる。


「痛っ⁉ ちょっと、クソガキ! あんたどこ見てんのよ‼ ちゃんと前を見なさいよ!」


 フラフラと不注意な動きをした自分が悪いとは微塵も思っていないクロシエはルアを場とするが、


「ああ! ごめんなさい! 大丈夫ですか、‶お姉さん〟!」


 ルアはすかさずクロシエに向かって手を伸ばして、彼女を取り助け起こす。


「————ッ⁉」


 ルアの顔を間近で見た瞬間、クロシエの目が見開かれる。


 あ、面倒なことになりそうだ。


 ルアの顔はアリスとそっくりなのだ。「スレイブキングダム」本編ではクロシエとルアが絡むことはないが、自己中心的で差別思想があるクロシエだ。ダークエルフの少年に触られて、またヒステリックに罵倒するかもしれないな……。


「あ、ありがとう」


 あれ? クロシエが素直にお礼を言った?


「ごめんなさい! 怪我はありませんでしたか? 痛い場所は? もしもどこか痛むんでしたら僕が先生に頼んで薬を———当然、代金は僕が払いますから!」

「い、いえ! 大丈夫、結構よ……お金、そんなに持ってないんでしょう? 私は大丈夫だから無理しようとしないで……」


 クロシエの様子がおかしい。

 ルアの顔に視線が釘付けとなり、トロンとした顔をしている。


 えぇ……マジか。


「良かった。傷でもできたら大変ですからね。〝綺麗なお姉さん〟!」


「—————ッ!」

 胸を抑えて天を仰ぐクロシエ。


 嘘だろ……惚れやがった……。


 自分が嫌っていたダークエルフのメイドの弟だと言うのに、顔がいい男なら誰でもいいのか?


 ルアはクロシエのリアクションに全く気付かず、店の奥に消えていった。


 その後姿を名残惜しそうに見つめているクロシエに、ドン引きながらも、マティアスへ向き直る。


「そ、それでなんだが、『変化の薬』を少なくとも2本。そして、『幻惑の薬』をいくつかと———頭痛薬と吐き気止めをあるだけくれないか」

「構いませんが、高いですよ?」

「金ならいくらでも用意する」


 すかさずレンが言う。


「気前がいいことで……ですが緊急事態といいますが、その薬をどう使うつもりですか? 何か悪いことに使うつもりでないですよね? フフフフ……」


 からかうように笑うマティアス。


「そんなことには使わない———この国を、この街を救うために使うんだよ」


 それに、薬を使って悪いことをしているのはお前の方だろうが。

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