第45話 闇の薬師の元へ
俺達は王妃の案内でナグサラン王都を進む。
真昼間で市が開かれている活気のある街並み。
一応、俺達は罪人だ。だから顔を隠すためにフードを被り、裏通りを歩いて進む。
「その必要はない」
と、大臣は言う。
彼以外はみな顔を隠していたが、彼だけは国の重役と多少は顔は知れ渡っているだろうに堂々と顔を晒して歩いていく。
「ちょっと! 兵士に見つかると面倒になるって言うのがわからないの⁉」
王妃が苦言を呈するが、大臣は聞く様子はなく。
「まだ我らが捕まって時間が経っていない。城の中の兵士にはともかく、この街にまで情報は伝わっていないだろう———それに、」
大臣が言いかけた時だった。
路地の奥に銀色の鎧姿の二人が見えた。
こちらにはまだ気が付いておらず、二人で談笑しながら十字路を俺達から見て左から右へと通り過ぎていくところだった。
「お」
大臣は何の算段があるのかニヤリと笑い、手を上げて声をかけようとした。
マジか⁉
このハゲはこっちが極秘の任務を遂行中であることに気が付いていないのか⁉
王女と王妃と大臣がこんな薄暗い裏路地に一緒にいたらどう考えてもおかしい、無駄な騒ぎになるだろう。
案の定、大臣が手を上げただけで、兵士二人はこちらに気づいたようで首をこちらに向けようとした。
———
「「————ッ⁉」」
二人の兵士の頭が、〝固定〟されたこちらを見ようとしたが、全く見れずにそのまま路地を歩き去っていく。
「ふぅ……」
めっちゃ気持ち悪い、吐き気がする。
短時間なら、なんとかなるが、やっぱり男を「人体支配」でどうにかするのは避けたい。
「余計なことを……」
「あ⁉」
せっかく俺がミスをフォローしてやったと言うのに、大臣は悪びれもしない。
「見つかったら面倒になるのはわかってただろ。首の骨折るぞ」
イラっときて感情のままに強い言葉を言ってしまう。
「見つかっても面倒にはならん。今のはあの兵士がどの派閥か確かめる為よ。これからしばらくこの王都内を行動するのであろう。ならば、街の警備を担当する兵士は味方に引き入れた方が良い」
「確かにそれは正論だが……増員を呼ばれると格段に活動しにくくなる。少なくとも薬師の元で『変化の薬』を買うまではは誰にも見つからずに行きたい」
「増員など呼ばれはせんわ。今の奴がレン派であり、投獄の情報が入っていない、あるいはそれでも忠誠をレン姫に誓っている奴であれば、味方に引き入れ他のレン派の協力を取り付けてもらう。それ以外だったら、賄賂を渡せばいい」
「賄賂ってそんなの受け取らない兵士だっているだろう」
「そんな馬鹿真面目な人間は皆、レン派になっとる。今この国の兵士はレン姫を支持する人間か儂の賄賂を受け取る人間のどちらかだ。つまりここにその二人がそろっていると言うことは、どんな兵士も味方にできると言うわけだ」
確かに。言われてみればそうだ。
そう考えるとレンと大臣がいることは非常に心強い。良い兵士も悪い兵士も従えることができる。レンの言うとおりだ、カスにはカスなりの使い道があった。
「———それでもなるべくなら見つからない方がいい。レン様と大臣のどちらかには従うだろうが、あんたたちは立場が対極に位置しすぎている。そんな二人が一緒にいると逆にどちらの信用も失う可能性が高い。泥棒と肩を組んで笑っている警察なんて信用できないだろ?」
「けーさつとはなんじゃ?」
あ、しまった。この世界でそんな概念あるわけなかった。
「今と通ったみたいな衛兵のことだよ。東方の国ではそんな言い方をしているって聞いたんだよ」
「ほぉ、お主は東方の国の知識もあるのか?」
「ま、まぁ、帝国でいろんな人に会ったからな……」
現代日本から転生したとは言えないので適当な嘘でごまかした。
その後も、俺達は王妃に案内されるまま入り組んだ裏路地を進み、衛兵の姿を見るたびに身を潜め、どうしても見つかりそうになった時には「人体支配」の力を使って、俺達の姿が見つからないように兵士たちの体を動かした。
マジで気持ち悪い。
頭がガンガンしてきた。
意外と街を巡回している衛兵が多く、4度も「人体支配」のスキルを使ってしまった。
「大丈夫ですか?」
レンが気づかうように俺の背中をさすってくれる。
「だ、大丈夫です……」
男を操作するたびに俺の体に襲う拒否反応。これを何とかしないととても帝国との戦いで使えそうにない。
「人体支配」には副作用がある。支配するときに相手の心と繋がり、上手く説明できないのだが俺と支配されている対象が一つになっている感覚がして、若干の高揚感、幸福感、興奮が俺に与えられていた。
ぶっちゃけ操っている時はセックスをしているような、相手と合体し感覚を共有し溶け合っているような感覚がするのだ。それが異性なら、王妃のような悪辣な人格の持ち主でもそこまで気持ち悪くない。だがやっぱり男となると……俺はノーマルだし、クライス・ホーニゴールドという肉体が全力で拒絶の声を上げる。それが頭痛や吐き気として俺を襲うのだ。
どうにかこの副作用をなくしたいものだが……どうすればいいのか。
「それにしても、複数人操れるのですね」
「え?」
「先ほど二人の衛兵を同時に操っていました」
そういえば、そんなことは初めてやった。
慌ててたのでできるかどうか考えるよりも、すでに体が動いてしまった感じだった。
「最大で———何人まで操れるのですか?」
「わからない……やってみたことが……」
「制限がないのだとすれば、クライス殿は本当に恐ろしい人間となりますね。一人で一つの国を滅ぼせるほどの恐ろしい人物に」
「そう……ですね」
とんだ人間爆弾だ。
そう考えるとこの国にとって、レンにとっては俺はすぐにでも殺しておきたい、力を封じておきたい人間なのではないかと思ってしまう。
多くのフィクションで強い力を持ちすぎた人間が恐怖に駆られた市民に迫害されてきたように、俺もレンから、恐怖の対象として見られているのではないかと思った。
そんな目で見てはいないかと、彼女の顔を見る。
「———レン?」
レンは笑っていた。
「私と———おんなじですね」
「———ッ!」
そうか、一人で国を滅ぼせると言うのはレンも変わらない。
そんな彼女と同じような生まれつき強大な力を持つ者。それが俺だった。
だから、彼女は嬉しそうだった。
まるで、同じ痛みを共有できる仲間ができたように。
「そうですね、ヘンな力をお互い持ってしまった者ですね」
「ですね。フフフフフ……」
「アハハハハ……」
レンと笑い合う。
「何笑っているのよ、ついたわよ」
と、それを遮るように案内をしていた王妃が立ち止まり、俺達を睨みつける。
「ここが……闇の
暗い路地の中にポツンとツタが蔓延るおどろおどろしい雰囲気の店があった。
『マティアス・ホルジオ工房』
看板には、様々な薬品を用いて姉と弟の近親相姦を促すアリスルートの竿役の男の名前が書いてあった。
「行くぞ……」
雰囲気の重々しさに流石のレンもごくりと喉を鳴らして気合を入れ、扉に手をかけようとする。
その瞬間だった———ガチャリと内側から扉が開き、褐色の肌を持つ少年が出てきた。
「わ、お、お客さんですか?」
可愛らしい顔立ちでの耳が尖ったダークエルフの少年———、
「君は———ルアか⁉」
「え⁉ レン様⁉ どうしてこんな下町に?」
ルア・ニーテ———ルリリの専属のメイド、アリス・ニーテの弟で、彼女の学費で学校に通っている真面目で姉思いの少年だ。
「詳しくは……言えんが、少し用事があって……ルア、君は学校に行っているのでは?」
「もう今日は終わりました。僕、最近学校が終わったらここで働いているんですよ」
ルリリに近しい人物の弟だけあって、レンとは何度か面識がある様子でにこやかに会話をしている。
「どうして? 学費はアリスの給金でまかなえているんじゃないのか?」
「それはそうですけど……できるだけ姉さんの負担は減らしたくて……それにマティアスさんも人手がなくて困っていると言ってましたから」
ルアが首をひねって店の奥を見やる。
大量の薬品入りの瓶が並ぶ棚の前に人がいた。
「ルア君、お客さんかい? 入ってもらいなさい」
ルアに声をかける、眼鏡をかけた美青年———、
「いらっしゃい、どんなお薬をお探しかな?」
マティアス・ホルジオはどこか怪しい笑みを浮かべて俺たちを迎えた。
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