第43話 全員クズで、国を救います
「どうして
レンは当然の疑問を口に出す。
王妃を解放するのはそれが目的だが、これから港町シーアに行き、帝国軍を迎え撃たないといけないというのに、そんな寄り道している暇はあるのかと言いたげだ。
「王妃はルイマス王にもレン姫にもルリリにも薬を盛っていた毒婦。その薬を売っていた
「ええ……それはわかっているのですが……まさか敵将にクライス殿は毒を盛るつもりですか? そのようなことをする必要があるのですか? 「人体支配」が使えるのに?」
「薬を盛る必要があるのは敵じゃありません。俺自身にです」
「———?」
ますます話が分からないと、レンは首をさらに捻る。
「レン様。帝国軍の撃退———それが可能になる算段はつきました。だけど、その後のことは考えていますか?」
「その後?」
「ニア帝国の侵略軍を撃退したのは誰か、大々的に言うつもりはありますかと聞いているんです」
「———それは」
レンは口ごもる。
レンは現在、罪人だ。俺もそうだ。
そして、俺は女の体と心を自在に操れる〝淫魔〟だと触れ回っている。この国を闇に陥れる〝淫魔〟だと、ここに居る王妃の虚言を信じたルイマス王に寄って広げられ、更に俺が帝国を引き入れたと——こっちに関しては真実だが——触れ回っている。
なら、俺を隣に侍らしているレンが帝国を撃退したところで、妙な勘繰りが入ってしまう。
俺に操られたレンが、俺が罪を免れるために自らが引き入れた帝国兵を打ち払う自作自演を片棒を担がれたのではないか———と。
実際そこまで邪推する人間は少ないかもしれないが、一番肝心のこの国の王様は確実に考える。
そうなれば、レンはせっかくこの国を救った英雄なのに、猜疑心に満ちたルイマス王からは疑惑の目が向けられ続け、再度投獄。あるいはでっち上げの罪で処刑を言い渡される可能性もある。
レンもそのことは薄々感じているのだろう。
「帝国の侵略軍は……誰にも知られずに、撃退するつもりです。民衆は敵がすぐそこに迫っていたという過去の事実でさえも恐怖します。だから、民衆が心安らかでいられるように、秘密裏に倒し、何事もなかったかのように帰還する……つもりです」
彼女の答えは、消極的なものだった。
「そんな‼ それでは儂らが貴様らに協力したところで恩赦も何ももらえん働き損ではないか⁉」
大臣が抗議の声を上げる。
「黙れ! 私は最初からあなたたちに恩赦を与えるとは言っていない。あなた方には選択肢がないと言っているだけだ!」
大臣の首に
「いえ、秘密裏に誰にも知られず撃退するのはダメです。それではレン・ナグサランといいう英雄に正当性がなくなります。この国を守るために戦った英雄が、ルイマスという権力にしがみつく父親に黙殺されます」
「———わかっています」
「ですが、今の状態で我々が帝国軍を撃退してもダメです。今の我々はただの罪人の上に、帝国を引き入れたと知れわたっています。それで帝国を撃退した英雄と言っても、自作自演だと人々は支持してくれないでしょう」
「それもわかっています! ですから———覚悟はあります」
キッと瞳に何か黒いものを宿らせたレンが俺を見据える。
「覚悟?」
「ニア帝国を撃退した後、父を殺します」
「———ッ⁉」
これはまた、ぶっ飛んだことを言い始めた……。
「ニア帝国を倒し、その後この国に戻り、私の派閥の軍部の人間を集めクーデターを起こします。そして、父を殺した後、私が王位を簒奪します」
「そんな手段をとっても———」
「反発はあるでしょう。ですが仕方がない。父のあの様子を見たでしょう? もうあの人は老害です。一国をしょって立つ者としてふさわしくない。この国の今後を考えると———私がこの手を血で染めるしかないのです」
そこまでの覚悟があるとは思わなかった。
優しくて真面目だと思っていた彼女が、父殺しを思うほど追いつめられていたとは。
「クライス殿、あなたの指摘通りです。ですので大変申し訳ありませんが、ニア帝国を撃退した後はどこかに身を隠していただきたい。その後私が王位を継いだ後、この国から父の派閥のものを一掃し、あなたが無実であることを宣言します。そうなればあなたも表も堂々と歩くことができる。少し時間はかかるかもしれませんが、必ず私は成し遂げますので———」
「そんなことをする必要はありません」
「え———?」
悲痛な決意をしていたレンの言葉を俺は一蹴する。
「レン様の想定している未来はだいぶ回り道をする。そんなことをせずとも〝第一王女のレン様〟が〝正当性〟を持って帝国軍を撃退すれば、民衆はあなたを支持してくれます。そして国王が正式にあなたに冠を譲れば、クーデターなど起こさずともあなたはこの国の新しい王になれます」
「??? だから、それは今の猜疑心に満ちている父には不可能な話で……」
話が堂々巡りをしているように感じたのだろう。明らかに混乱している顔だ。
「
「
「飲んだ者の姿かたちを思った通りに変化させる薬です」
『変化の薬』———それは「スレイブキングダム」でアリスルートに用いられるので印象に残っている。近親相姦をテーマにしたブラコンのメイドのルートでは、最後最愛の弟ルアが女の子の体に〝変質〟させられ、アリスと共に性奴隷として男の相手をさせられるというエンドになる。その女の子の体にしたのが何を隠そう『変化の薬』だ。
「そんな薬があるのですか?」
「ええ、それだけの腕を持つ人間に、あの王妃はずっと薬を買っていたのですよ」
俺がチラリと見るとクロシエは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「ですが、そのような薬があったからと言って……どのように使うのです?」
「俺がルイマス王に〝変化〟します。そうなれば後は簡単でしょう?」
「———ッ!」
気づいたようだ。
「ルイマス王が隣に立ち、「レンを支持する」と言えば民衆はあなたを認めます。だってあなたを支持していない一番の
一番厄介で一番権力を持つ反対派が認め、帝国軍を撃退するという成果を上げるのだ。
それは民衆の目には衝撃的で、センセーショナルに映るだろう。
後にルイマス王本人が何をどう言おうと、消すことができない栄光として残る。
レンは英雄として人々に支持され、ルイマス王が下手に手を出せない聖域と化す。手を出してしまえばルイマス王自身が身を滅ぼすことになるほどの聖域に。
そして———状況に応じてはまた俺がルイマス王に化けて、レンに完全に王位を授けると宣言することも可能だ。そうなる、一度譲った権力は、元の場所には返ってこない。ルイマス王は元王となり、権力のない口うるさい老人と化す。
「ですが、父上に化けるなどできるのですか? そんな便利な薬が」
「あるんです。実際に変化したのも見ています」
「え⁉ お父様にですか⁉」
それは一大事だとレンは目を丸くするが、少し俺は話を盛ってしまったと反省する。
実際その光景をこの目で見たわけじゃない。
「スレイブキングダム」のHシーンとして見ている。
男に犯されまくり、精神を疲弊させたレンが、最後に心を壊すHシーンがある。それが、ルイマスに彼女が犯されるという父と子の近親相姦シーンだ。
真面目で性に対して強い抵抗感を持っていたレンがそのシーンをきっかけに完全に精神を崩壊させ、性の奴隷と化す衝撃的なシーン。だが、実はレンを犯したのはルイマス王本人ではなく、彼に『変化の薬』で化けたクライスだった。
その知識が、まさかこの状況で使えることになるとは思わなかった。
「とにかく、レン様。『変化の薬』を使えばあなたに正当性を与えることができます。俺が化けたルイマス王を隣に置き、諸侯を引き連れて、敵を撃退すれば、皆あなたを支持するでしょう。そうなれば、あなたはクーデターなど起こさずともこの国の女王になり、腐ったこの国を正しく導くことができる」
「本当に———できるのですか? そんなことが———」
「できます」
確信をもって頷くと、レンも俺を信頼に満ちた目で見返す。
「わかりました。王妃も連れて行きましょう……そして、正々堂々と誠実に、帝国軍を撃退しましょう」
こうして俺、大臣、ファブル、レン、クロシエの五人は牢を脱獄した。
帝国からこの国を救うために———。
「まさか、全員クズのメンバーで帝国を迎え撃つ羽目になるとはな———」
と思わずつぶやくと、
「私もか?」
レンに突っ込まれてしまう。
すいません、あなたはクズじゃありませんでした。
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