第42話 プリズンブレイク

「これからシーアに向かうって……帝国兵を迎え撃つのか?」

「ええ」


 レンは肯定し、魔力で作った小さな光皇剣こうおうけんを作り出し、俺の拘束を解く。

 縄が切られ、あっさりと自由の身になってしまった。


「迎え撃つって言っても、軍勢が足りないだろ? 敵はゴブリンもゴーレムも内包している混成軍だぞ? ルイマス王があの状態だったら、迎え撃つための迎撃軍も構成できない。まさかレンだけで行くってわけじゃ……」

「私だけじゃありません。クライス殿も行くのです。今は時間がないので詳しくは聞きませんが、あなたは元々帝国軍に所属し、その侵略軍を引き入れる工作員のような役割を与えられておきながら、裏切ってこの国を救おうとしている———」


 レンの顔が若干赤くなり、小声で「私に惚れた云々という話は今すぐにでも聞きたいところですが……」と呟くが、ばっちり俺の耳に入ってしまった。

 もしかして、レンはさっきファブルが言った、俺が彼女に惚れたから裏切ったと言う話を信じたのか?

 それは誤解だが———今解いている時間はない。

 レンは咳ばらいをして気を取り直し、話を続ける。


「———ゴホンッ、つまりはまだ帝国軍と思われている現状、あなたの〝技〟は恐ろしく有用だ。敵の中枢に入り込み、敵の大将を〝自殺〟させられることができる。あなたの能力は恐ろしいほどに暗殺に向いている」

「な、なるほど」

「指揮官を失った兵士……ましてや頭の足りない魔物。それをまとめる頭がいなければ烏合の衆。私の光皇剣こうおうけんがあれば、一瞬で全滅させられるでしょう」

「お、おお……」


 綺麗な顔をして……非道な手段をスルスルと思いつく女だ。感心する。

 彼女の作戦は完璧だ。たしかにそれだったらたった二人でニア帝国の侵略軍を撃退できる。

 よく考えれば、俺とレンは無敵のコンビなのかもしれない。

 俺の「人体支配」は一対一では敵がどんな相手だろうと倒せるし、レンは光皇剣こうおうけんで無限に剣の雨を降らせて雑魚を一掃できる。

 勝てる……が、まだ漠然ばくぜんとまだ何かが足りないような不安感がある……。


「では、さっそくここを出ましょう。すまないが、ジミー」


 レンが番兵の名前を呼びかけると、番兵は「は、はいぃ!」と裏返った声で返事をする。


「———ここを破壊する。少し下がっていてくれないか?」


 光皇剣こうおうけんを———ただのナイフだった光の剣を巨大化させ、の両手剣程度のサイズになったそれで、カンカンと檻を叩く。

 番兵———ジミー君は慌てて檻の前から遠ざかろうとしたが、

「待ってくれジミー君……だっけ? 逃げなくていい。カギを開けてくれるそれだけでいい」

 俺は彼を呼び止めた。

「クライス殿?」

「ジミー君。俺は人間を人形のように操る力を———〝淫魔の魔眼〟じゃなく、〝人体支配〟のスキルを持っている」


 俺は初めて、この世界で自分がエロスキル「人体支配」を持っていることをはっきりと告げた。ただのモブっぽい番兵相手に———最悪だ。秘密にしていたことなのだから、もっと重要な場面で大切な人に初めて告げたかった。ルリリとか、レンとかに。自分の不運を呪うほかない。


「〝人体支配〟……?」

「そうだ、それで君を操ってカギを開けさせることもできるが、操られるのは君も不愉快だろう? どうだ? 結果としては何も変わらないのだから、君が自主的に開けてくれるか? どちらにしろ君は罪に問われないだろう。俺たちが逃げても君には止める手段が全くなかった。何故なら俺が〝人体支配〟のスキルを持っているから———レン様が俺の目を開放した以上、止める手段は君には———ない。だから俺たちがここを脱獄するのは仕方がないことだ。君は罪に問われない。だから、開けてくれないか? この扉を、君の意志で———」


「……………ッ!」 


 番兵は追いつめられた表情をしていたが———やがて、


 ガシャンッ…………。

 扉の鍵を開けた。


「檻なら私が破壊できましたのに……」 


 レンは扉をくぐりながら不満げに呟き、


「なるべく穏便にすませられるのならそうしたほうがいいだろう。これから帝国軍を撃退しなければいけないのに、余計な手間はかけたくない」

 扉を破壊なんてしたら、城の兵士たちが一斉にここに来る。

 それでも何とか状況を切り抜けることはできるだろうが……俺はなるべくそんな無駄にレンの評価を下げる行動はとりたくなかった。 

 自由の身になったレンは腰を捻りながら、軽い調子で、


「よし、それでは……大臣を解放しましょう」


 衝撃的なことを言いだした。


「———は⁉」


 彼女の発言の意図がわからない。大臣は降ってわいた幸運に「い、いいのか⁉」と顔を輝かせていた。


「どういうつもりだ⁉ レン、大臣を解放するなんて……こいつはただのエロ大臣で、百害あって一利なしだぞ!」

「言い過ぎじゃぞ」

「そんなカスを解放するなんて、正気の沙汰とは思えない!」


 傷ついた大臣がツッコんできたが無視した。


「いえ、こんなカスにも〝一利〟はあります。この男もクライス殿と同様、帝国に味方だと思われている存在。クライス殿が敵の懐に入り込む時に、同行させていたら説得力を生みます。より確実に敵将の前にクライス殿は行くことができる。それに大臣は私たちに従うしかない———」


 檻の隙間から光の剣をレンが差し込み、大臣に一瞬笑顔で圧をかける。


「———そうでしょう? 私たちには光皇剣こうおうけんも「人体支配」もあるのだから」

「ヒ、ヒィ……!」


 大臣が恐怖の声を漏らす。 

 確かに、俺の能力があればどんな時でも拘束・無力化することはできるし、最強のレンの前で下手に反抗しようとすれば、一瞬で八つ裂きになるだろう。

 そう考えると———大臣は俺達の敵じゃないし、いざという時の保険として十分機能するか。

 それに、確かに言われてみると〝大臣〟という存在はまだ使い道がある。逆らわないのなら、できるだけ使っておきたい。


「な、なら、俺は⁉ そういう理由ならこの淫蟲いんちゅう 使いのファブルも解放してもらえないので⁉」


 喜ぶ大臣の横で、ファブルが声を上げる。


「い、いんちゅー?」

「レン様、そこは気にしなくていい……聞き流してください」


 みだらなむし の意味が分からず、レンが首をかしげたが、直ぐに気を取り直して、


「……そ、そうですか。うん……クライス殿、この従者に関しては判断をあなたに委ねます。彼が付いてくれば確かにクライス殿がまだ帝国側にいると言う説得力が増します。ですが、無駄に悪人を解放するのもいかがなものかとも思いますので……」

「うぅ~ん……」


 どうするか……。

 ファブルに関しては連れて行ってもいいけど、行かなくてもいいんだよなぁ……。


「アニキィ! 俺は帝国じゃなくてアニキに付き従ってここまで来たんです! 帝国に義理があるんじゃなくてアニキに義理があるんです! アニキが王女たちを犯しつくしたいと言ったから、アニキに協力したんです!」

「おかっ……⁉」


 レンの顔が真っ赤に染まる。


「馬鹿! 余計なこと言うな!」

「アニキ、俺は帝国がアニキの敵になるのなら兄貴と共に戦います! 役に立ちます! だからどうか! それに、レン姫に惚れたというのならその恋路を全力で応援させていただきます! だから、ここから出してくだせぇ!」

「ほっ……⁉」


 更にレンの顔が赤く染まる。


「蟲さんと触れ合えないこんな牢獄の中はもう嫌なんです!」


 悲痛に涙を流しながら懇願する。


「……わかった。来い」

「あ、アニキィ……!」


 涙を流すファブル。

 仕方がない。多少は同情できる点もある。最愛の蟲という存在と離れ離れになり、禿げたおっさんと二人っきりで居続けたのだ。そりゃそうとうストレスがたまっただろう……。せめて外に出して、多少の気晴らしはさせてやろう。

 まぁ、おっさんも一緒に着いてくるんだけどな。


「だけど、忘れるなよ。あくまで一時的な解放だ。お前らの罪が帳消しになったわけじゃない。罪は罪としてちゃんと償ってもらうからな」

「わかっておるわい」

「アニキィ……わかりました」

「話はまとまったようですね。すまない、ジミー。彼らの房も———」


 レンが促すと、流石にジミー君は不服そうだったが、他ならぬレンの命令なので渋々従い、大臣とファブルを解放する。


「あぁ~……もうこのまま死を待つのみかと思ったが、幸運とはあるもんじゃの」


 大臣が首を流しながら檻から出、


「蟲さんに、蟲さんにようやく会える!」


 ファブルが勢いよく檻から飛び出てきた。


「———よし、では行きましょう! シーアへ!」


 役者はそろったとばかりにレンが号令をかける


 が———、


「ちょちょちょちょっ! ちょっと待って⁉」


 俺達がさっきまでいた房から声が上がる。

 王妃クロシエだ。


「———私は?」


 先ほど俺たちと一緒に出るのを許されず、まだ檻の中にいる彼女は、自らを指さし言う。


「私は解放してくれないの?」

「お母さまはダメですよ。あなたは完全にナグサラン王国こっち側の人間でしょう? どうして解放してもらえると思ったのですか? エドガー、お母さまは帝国の人間から味方だと認識されているのですか?」

「い、いやぁ……」


 大臣が心苦しそうに首を振り、


「儂と王妃様は協力しておったが……基本的に帝国とのやり取りは儂しかやっとらんかったから……」

「帝国にも敵として認識されている———と。ではやはりダメです。行きましょう」


 スパッと王妃を見捨て、外に出ようとするレン。


「ま、待ちなさいよ‼ レン! あなた母を見捨てるの⁉ お願い、何でもするから~、ここから出してぇ~!」


 同情を引くような声を出す王妃。

 それに対し、明らかにレンは嫌そうな顔をし、


「あのですね……大臣と蟲使いはこれからの〝戦い〟で有用だから一時的に解放したにすぎません。遊びに行くわけじゃあないんです。お母さまは足手まといにしかならない。だから、解放しないんです」

「そ、そんなぁ……」

「待ってください、レン様」

「クライス殿?」


 にべもなく、王妃を拒絶するレンに対して意見する。


「王妃も一緒に連れて行きましょう」

「……どういうつもりです?」


 いぶかし気に俺を見るレン。

 そりゃあ、確かに意図がわからないだろう。だが、王妃を連れて行くことは、彼女が知っている、〝ある情報〟は、これからの戦い———どころか、戦いが終わった後で有用になる。


「彼女には———闇の薬師くすしの元に案内してもらいます」

薬師くすし……?」


 理由わけを聞いてもレンはピンと来ていない様子だった。

 当然か。

 なぜ彼女が有用か、闇の薬師くすしを頼る必要があるのかは、「スレイブキングダム」をプレイし、ナグサラン王国が崩壊するシナリオを読んだ俺にしかわかりようがないのだから———。

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