第41話 彼女は共に行こうと決めた
いやいやいや……これは流石におかしいだろ!
どうして———レン・ナグサランまで一緒の房に入れられてるんだ⁉
布をほどかれて初めて今いる房がどんなものか把握したが、一人用のベッドしかない。
ここは明らかに一人用の通常の独房だ。
そこに王妃と王女と元貴族の息子が一緒に入れられているのはどう考えてもおかしい。
「どうして———ここに?」
「他に入れられる房がなかったので……仕方なく入れられた……ということになっています」
レンが静かに答え、彼女が視線をスッと横にやると、檻の前に番兵が立っていた。
重要人物が一か所に集合しているから、張り付いているのだろうか?
彼は俺と目が合うと「ヒッ」とビクビクと震え、唯一の武器である槍を心なさげに握りしめていた。
あいつは恐らく、カギを持っている……。
「レン様———どうして、俺の目を開放してくれたのですか?」
あの番兵を「人体支配」で操ってこの檻を出る算段は付いた。目が解放されたのだから、「人体支配」を使っていくらでもここを出る手を思いつく。
だからこそ、疑問だ。
———レンはどうして俺の目を解放してくれたのだ?
どうして———「人体支配」を使えるようにしてくれたのだ?
「あなたの———真意が知れたから」
「俺の真意?」
「あなたは純粋な善意でこの国を守ろうとしている———という意志のことです」
「———ッ!」
さっきと大臣との会話。それを全部彼女に聞かれていた。
レンは無表情のまま変わらず、続ける。
「クライス殿……私とて、一軍の最高指揮権を握る女です。馬鹿ではありません。あなたがここ来てから腑に落ちない点は多くありました。どうして私の体を狙う刺客がこの城に入り込んでいたのか。どうして、プライドの塊のようなお母さまが使用人を労り共に家事をしだしたのか。どうして巧みに罪を免れていた大臣が致命的に言い訳できない状況で捕縛されたのか———そして、どうしてそれらの事件があなたが来てから一度に起こりえたのか……疑問でした」
レンの目が鋭く光る。
その眼に心の奥底を見抜かれているような気分になって頬を一筋の汗が伝う。
「……試されていたというわけですか?」
「試させていただきました。正面から
「ということは……」
「クライス殿。私のあなたに対する信頼は変わっていません———あなたのことを私は信じます」
レンは俺に優しく微笑みかけた。
「レン様……」
信じてくれた嬉しさで思わず顔がほころんでしまう。
「レン……あなた何やってるのよ⁉」
そして、忘れていたころに、王妃がヒステリックに声を上げる。
「ヨセフ家の男の目を開放して! 〝淫魔の魔眼〟を使われたらどうするの⁉ 私たちおチ〇ポ奴隷にされてしまうのよ⁉」
「クライス殿はそのようなことはしないし……恐らくできない。お母さま、あなたが認識している能力はクライス殿の持つ〝技〟とはまるで違う。もしも見ただけで女を魅了する能力であるのなら、あなたもルリリもアリスも既にクライス殿の支配下にあり、このような状況下に陥らない。少しは黙ってもらおう」
「ぐ、ぐぬぬ……」
一喝する。
レンは恐ろしく冷静だ。冷静に状況を見抜き、把握している。
「クライス殿。お母さまの認識は
「————ああ」
完全にバレているなこれは。
なるべくなら、「人体支配」はエロスキルなので誰にも知られずに置きたかったが———状況が状況だ。
ここは素直に話して、情報を共有して協力をこぎつけた方がいいだろう。
「それは、お母さまが言うように女性限定で使えるものですか?」
「いや、違う」
最初はそうだと思っていたが、大臣を支配できた。気分が悪くなると言うリスクがあるが、男性にも使える。
「では、この牢に囚われている状況———その能力を使えば脱することはできますか?」
「ああ」
都合よく番兵が近くにいるのだ。やろうと思えばいつでも彼を「人体支配」で操りカギを開けさせることができる。
「それはここにいる誰かの心と体を支配してですか?」
「…………部分的にそう」
名前を当てるランプの魔人かな?
今、視界に入っているうちの〝番兵〟の〝体〟だけを支配する。他の人間は使わないし、心はそもそも支配できない。だから、部分的に肯定するしかない。
レンは先ほどから質問を次々と浴びせて来る。俺の能力を把握するためなのだろうが———もどかしい。いっそのこと自分から「人体支配」について一から十まで説明してやろうか———。
「レン、悠長にしている時間はな、」
「先ほど———ルイマス王を殺し状況を切り抜けることはできましたか?」
「な———」
衝撃的な質問を、レンは表情のない顔で聞いてきた。
「———質問を重ねます。先ほど、王の間に連れてこられた時、あなたはあの状況を〝技〟を使って切り抜けることができましたか?」
「ああ」
「それは、誰かの命を奪うことによって? もしくは誰かを傷つけることによって?」
「……多分、そう」
あの状況化だと、恐らく王を殺すしか状況を切り抜ける方法が思いつかなかった。男は短時間しか支配できない。となると王を何らかの手段で殺した後、レンを操って俺の護衛に付けて城を脱出する。もしくは、女性の内の誰かを人質に取って城を出る。そうなるとルリリを使うことになるだろうから、彼女を深く傷つける。
そういう方法しか、あの状況を切り抜ける手段を俺は思いつけなかった。
「ハァ……」
レンはため息を吐いた。
「やっぱり———クライス殿。あなたは優しすぎます」
そう———微笑みかける。
「……意気地がないのです」
優しいのではない———結局、俺はヘタレなのだ。今一歩、重大な決断を下せない、ただのヘタレ。
そう思うと何だかおかしくなり、レンが微笑んでいるのもあって俺までつられて笑ってしまう。
「フフッ……クライス殿、その優しさは美徳ではあります。おかげでこの
と———レンははめられている手錠を見せつける。
「ですね」
「それに、あなたはあまりその〝技〟がお好きでないようだ。積極的に使わず、必要があれば使っている様子。それではこれからの〝戦い〟で後れを取る可能性がある。ですので、もっと非道に積極的に使っていただきたい」
「王女が……また、とんでもないことをおっしゃる……」
「王女だからこそです。言ったでしょう? 時には非情になる必要がある———と」
確かに、レンの言うことには一理ある。
「人体支配」を〝良いこと〟に使うと決めて、俺はその時々で場当たり的にしか使っていなかった。そして、レンの魔力強化もそうだし、大臣の支配もそうだし、「人体支配」の能力のポテンシャルを、その時々で知っていった。
それじゃあ、やっぱりダメだったんだ。
せっかくのチート能力なんだから、持て余さずにちゃんと把握しないとこれからの戦いに支障が———、
「って……これからの〝戦い〟?」
さらっと、言っていたが俺たちは今、牢獄にいる。
俺達はこの牢獄に囚われて、バッドエンド———帝国が来るのを黙って見ているしかないんじゃないのか?
レンは得意げに「フッ」と笑うと、両手を横に思いっきり広げ———、
バキィ‼
激しい音と共に、鉛でできた手錠が弾け飛んだ。
「この程度の拘束では———
レンが自由になって、王妃があわあわと慌てだす。そして、レンは手に着いたままの手錠の残骸を引っぺがしながら、立ち上がった。
「出ましょう。これまでの経緯と、現在の状況は大体わかりました」
「出るって……ここをか?」
「ええ———クライス殿、共ににこれから港町シーアに向かいます。帝国の魔の手から民を救うためにあなたの力をぜひともお借りしたい」
と———こちらに手を指し伸すレン。
手錠が亡くなった彼女を見て、俺は、さっきの手錠破壊が彼女の魔法によるものなのか、単純な剛力によるものなのか、そんなどうでもいいことが気になっていた。
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