第40話 獄中での語らい。

「クライスゥ~……! 貴様裏切りおって許さんぞぉ~……!」

「アニキィ~……どうして昨日はかばってくんなかったんすかぁ~……!」


 隣の房から恨めし気な大臣とファブルの声が響き続ける。


「いや、なんでだよ⁉ 隣って流石におかしいだろ⁉ ぼうを変えてくれぇぇぇ!」


「無駄よ。多分……満室なんじゃない? じゃないとそもそも私たちが一緒の房ここに居るのがおかしいでしょう……」


 全てを諦めた様に言うクロシエ。

 言われてみると確かに、一応俺とクロシエは男と女。それに追放された貴族と王妃だ。何をしでかすかわからないから普通は一緒の空間に入れない。

 そして、クロシエの言う通り、耳を澄ませてみると、他の房からも物音や声が聞こえる。

 この獄中に相当の人数がいる。そう確信できる音の多さだった。

 だから———なのか?


「クライスゥ~……貴様どうして儂を裏切ったぁ~……?」

「アニキィ~……嘘ですよねぇ~……アニキが俺を裏切るなんて嘘ですよねぇ~……」


 カリカリと隣の壁をひっかき続けている大臣とファブル。


「ファブル―———」

 こいつ、まだ俺を信じているのか?

 そんなに慕っていたのか―———。


「いつも虫とばっかり一緒にいる俺を……帝国でも居場所がない俺を……初めて〝使える〟って言ってくれたの嬉しかった。だから、ここまでついてきたのに……嘘ですよねぇ~……アニキィ~……俺、蟲とお話しできる能力が初めて役に立てると思ったのにぃ~……」


 えぇ……お前そんな可哀そうな背景あったのぉ……。

 ファブルの担当している性癖の属性は———蟲姦むしかん。あんまり好みじゃない。だから、「スレイブキングダム」でこいつがレンを犯しているシーンは読み飛ばしていた。ので、正直どんなキャラなのか詳しくは知らなかった。

 そんな孤独な背景があって、クライスを慕っていたなんて……。

 それにこいつ、地下室でも俺の裏切りに気づく前に気絶してたし、気が付いたら檻に入れられたんだよな……そう思うと、ますます可哀そうに思えてくる。


「ファブル、お前には悪いとは思うが、俺は——この国で良いことを、善行を重ねていくって決めたんだ。だから、こんな結果になってしまった。だけど、お前も心を入れ替えてくれるのなら———、」

「……せっかく俺を馬鹿にしてた女どもを蟲で犯しつくして、最強の蟲を作ろうと思ったのにぃ~」

「———いや、やっぱダメだわ。捕まっとけ」


 何だ、その邪悪なムシキング。

 こいつもやっぱダメだ。女の人を蟲の配合素材としか見ていない。


「そんなぁ~……アニキじゃないっすかぁ……レン・ナグサランと配合させたら、最強のキングオブ蟲ができるって言ってくれたのは~……」


 おっと、また心が痛むことを言ってくれる……。


 そんな一から十までクライスの責任であるかのような言葉を言うのはやめてくれ———いや、ファブルの言葉を聞く限り間違いなくそうなんだけど! 


「……いやお前、未遂に終わったけど、一国の王女様を犯そうとしたんだから、こうなるのは当然だからな? だから、罪を……その、受け入れろ」

「それは、アニキもですよねぇ? 番兵たちが話してましたよ。ここにはルリリ姫をかどわかしたから入れられたって。俺はやってないけど、アニキはやってるじゃないっスか」

「ちがっ! 俺もやってな……! それは誤解で……!」


 ———いや待て、ファブルの言った番兵の話とやらは確かに間違いではある。だが〝王女を犯そうとした未遂〟というのは俺もしっかりやっている。客間で。ミストの媚薬の効果によるものではあるが。


 ということは———、


「もしかして、今の俺は、ファブルと同罪……この虫野郎と? 「人体支配」を良いことに使って普通に生きていくと決めたこの俺が———?」

「今、虫野郎っていったぁ? ひどすぎませんかぁ~……アニキィ~……」


 愕然がくぜんとして、消え入りたくなった。


「クライスゥ~……今なんといった? 「人体支配」を使ってぇ? 普通に生きていくぅ? 貴様は何を言っておるのだ? 貴様はルイマス王とその娘の王女どもに復讐をするために生きてきたのだろう~? 何をたわけたことを言い始めておるのだぁ~?」


 大臣だ。

 コイツも若干何でこうなっているのかわかっていないはずだ。地下室でレンとルリリを犯そうとしたところ、俺の「人体支配」で止められ、限界が来て———気絶そしてそのままここにぶち込まれたのだから。


「この計画は元々貴様が始めたことだろうが~! 自分たちを冷遇したルイマス王に復讐をするために帝国の〝あの男〟と共謀し、このナグサラン王国を滅ぼして、我らのハーレム大国にすると、どんな身分の女でも好きな時に抱ける最高の国家にし、ルイマス王の尊厳を徹底的に踏みにじると、それがどうした~、何故心変わりをしたぁ~⁉」


 そう尋ねられても、正直に俺が転生したからだと、答えて信じてもらえるとは思えない。逆に混乱させるだけな気がする。

 だから、俺は———、


「レン姫とルリリ姫を目の前にして変わったんだ。親の罪は彼女たちの罪じゃない。ルイマス王は……確かに酷い人だったけど、それで彼の周りの人間を巻き込むのは間違っている。そう思いなおしたんだ。だから俺は力による復讐はしない」


 それらしいストーリーを作った。が、本心の言葉でもある。

 ルリリもレンも、悪いことは何一つしていないのに、親の復讐に巻き込まれるなんて、間違っている。


「クライス……本当にお主に何があった。〝苦痛を与えるのなら当人ではなく家族を責める。それが最も激しい痛みを心に与えてくれる〟と楽しそうに語っていたお主が! クライスよ、正気になれ!」


 何か、大臣の声に悲痛な色が混じり、


「———あれは儂が帝国の賄賂わいろを受けっとった日、港町シーアの酒場じゃった」


 思い出話をし始めた。

 ハゲオヤジの過去とか、聞きたくないんだけど……。


「お主は最初は帝国兵の人間と身分を隠していたが、すぐにシドニー・ヨセフの子であると名乗ってくれたな。儂に対して何か共感するものを感じたのだろう。そして儂らは夜が明けるまで、「この国の女全員抱くまで死ねない」と夢を語り合ったな……」


 何だそのバカみたいな夢。中学生男子でももうちょっと現実的な夢を見るぞ。


「……あの時のお主はどこに行った⁉ 本当のお主を取り戻せ!」


 なぁ~にを必死にバカみたいな説得をしてるんだこのハゲオヤジは。


 まるで悪友だ。気は合うんだけどいつも悪いことばっかりして、そっちの道に引きずり込もうとしてくる。そして、こっちがいい方向に向かおうとするとすかさず足を引っ張って来る。

 城中のメイドを性奴隷にしたエロオヤジと悪友ってめっちゃ嫌だな。自分で例えておいてなんだけど……。


「昔の俺は———昔のクライスはもう死んだ!」


 とりあえず、こんな話を続けていても不毛だ。


「俺はこれから良いことをする! それにそんな無理やり暴力で奪うなんて行為、一時の快楽生えられるけど、絶対に後々しっぺ返しくらうからな?」

「つまらん正論を言うな!」

「黙れ! とにかく、俺はこんなことをしている場合じゃないんだ……早くこの檻を出てニア帝国の〝本隊〟に備えないと————!」

「フンッ、何を馬鹿なことを言っておるのだ。〝あの男〟の〝本隊〟が来てくれるのなら万々歳ではないか———我らは仲間なのだ。〝あの男〟に助けてもらえばいい」


 鼻で笑う大臣だが———、


「〝あいつ〟が捕まっている俺たちを助けると思うか? 自分の得だけしか考えていない、残忍無比な〝あの男〟が……」

「………………」


 大臣は黙ってしまう。俺の言葉に一理あると言いたげに。

 今、ニア帝国の侵略軍を率いている将軍は、クライスと組んでナグサラン王国を転覆しようとしている、いわばクライスの相棒ともいえる男だ。だが、性格は典型的なDQN。人の心が全くないとしか思えず、弱いものは踏みにじり、強いものも力でねじ伏せ、自分の思い通りにならない者は徹底的に破壊する。特に女を踏みにじるのが大好きな、完全な男尊女卑の価値観を持つ———オタク的な例えで言うとレイプ物の同人誌でよくいるDQNの竿役、普通の例えで言うとニュースで出てくる性的暴行で捕まるDV男のような性格をしている。

 そんな男が、わざわざ権力を失った大臣と、気持ち悪い蟲使いを助けるだろうか。


「…………」


 大臣は沈黙したままだ。


「……多分、ニア帝国がこの城までたどり着くと、牢獄に囚われている俺たちは価値なしと判断されて見捨てられる。あるいは殺されるぞ。笑いながら」


 そういう男だ、今侵略軍を率いている男は。


「うぅむ……」

「そうなる前に何とかしないと———俺たちは殺されるけど、レンやルリリのような女の子たちはその後地獄のような性奴隷としての日々が始まってしまうのだから」


 「スレイブキングダム」の最終ルートはそうなっている。ナグサラン王国が滅び、クライスとモブの男たちが作中に出ていたヒロイン全てを裸にして犯しつくす。そういう地獄が生み出される可能性がある世界なのだ。


「アニキィ……わかりましたよ……」 

「え?」


 ファブルが突然何か言いだした。


「アニキ———レン・ナグサランに惚れやしたね?」

「………はぁ?」


 どうしてそういう話になる?


「アニキはこの国に来てから様子がおかしくなった……正確に言うと、レン・ナグサランに出会ってから様子がおかしくなり始めた。俺が魔吸蟲まきゅうちゅうをあいつにとりつかせようとすると……今になって思うと———ことごとく邪魔してきましたね。アニキ。ようやくわかりましたぁ、惚れたんでしょうアニキ。あの姫騎士に。だから守りたくなって———心が一気に綺麗になったんでしょう⁉」


 ファブルの声は少し楽しそうだった。


「……い、いや、違うけど……」

「照れなくてもいいのにぃ~……」

「呑気か! 今、こういう話をしている時じゃないんだって!」


 ここは修学旅行の夜の部屋か!

 旅行のテンションで好きな子を話し合っている時間と場所じゃないんだぞ!


「そうよ」


 と———意外なところから同意された。

 クロシエだ。


「こんなところでそんな話をしちゃあダメよ。だって———」


 シュルル……。


 ————え?

 突然、俺の目に巻かれている黒い布がほどかれ、目が———見えるようになった。


「———レン・ナグサランも、一緒の房ここに入れられてるんだから……」


 手錠をはめらている第一王女———レンが、俺の目の前にいた。

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