第39話 房を変えてくれ!

 俺は黒布で目を塞がれたまま、城の地下にある牢獄にぶち込まれた。


 最悪だ。


 帝国の〝本隊〟がすぐにでも侵略しに来ると言うのに、こんな硬い石でできた、湿っぽい牢屋に閉じ込められている場合じゃないのに———。


 それに何より最悪なのは、


「出しなさい! ここを出しなさい! この私を誰だと思っているの⁉」


 王妃クロシエの金切り声が、すぐ近くで聞こえる。


「この国の王妃———クロシエよ‼ その私を淫魔の一族と同じ房に入れるなんて———どういうつもりなの⁉ ちょっと! 誰もいないの⁉」


 まさかの———同じ房だった。


 俺が衛兵に連行された後、彼女も王に思い出したかのように……ついでのように拘束されて、俺がぶち込まれた房と同じ空間にいる。


 視界が塞がれているが、俺たちが入っているおそらく牢屋は狭い。王妃が大声がワンワンと大きく響くからだ。

 ———そんな空間に王妃と二人っきり。


 拷問かな?


「出せぇ! 出しなさい! 〝淫魔の一族〟と同じ空間なんて嫌よぉ!」

「こっちだって嫌ですよ。今すぐにでも房を変えて欲しいぐらいだ」


 うるさくてかなわない。


「助けてぇ! ヨセフのおチ〇ポにやられるぅ! 負けさせられるぅ! 性奴隷にされるぅ!」

「しませんよ。あなたなんか……こっちにだって選ぶ権利はある」

「あなた……なんか? どういう意味ですかクライス殿……」


 急にクロシエは冷静になったように格子こうしから離れ、カツカツと俺に向けて歩み寄る。


「これでも私は美貌びぼうには自信があります。自分で言うのもあれですが、それだけで、ここまでのし上がってきた女ですからね。そんな私を前に‶あなたなんか〟……聞き捨てなりませんわね……」

「自分が顔だけしか取り柄がないの自覚があったんですね……」

「フンッ、そうでなければ、あの猜疑心の塊のジジイが私をそばに置き続けたりするものですか———」


 鼻で笑いながら、クロシエは俺の傍を通り過ぎる。

 俺に何か暴力的なことをするかとも覚悟していたが、何もせずにギシッと硬そうなベッドに腰を落とした。


「———あの人はね。馬鹿と弱いものが好きなの。自分に一切意見しない、する知恵を持たない、する能力を持たない……馬鹿と弱者がね。ねぇ、あなたもそう思うでしょう?」


 ん? 俺に向けて言ってる?


「……? え、ええそうです———ね?」


 一応同意しておく。

 今の言葉、誰に向かって言ったんだ? 文脈からして俺じゃあないと思ったが、この空間には俺しかいない、だから……同意したのだが……、


「クライスゥ~……」

「アニキィ~……」


 壁の向こうから恨めしそうなうめき声が聞こえる。

 ———あぁ、もしかして、同じ房にいる俺じゃなくて、隣の房にいる男たちに同意を求めたのか。なるほどな。


「まったく……この城の衛兵は正気なのかしら。王妃を〝淫魔の魔眼〟の持ち主と一緒の房に入れるなんて……こんなんじゃ、私がヨセフ家の者の生贄にされているようなものじゃない……まさか、あなたこのためにあらかじめ衛兵を操っておいて……⁉」

「んなわけないじゃないですか。気持ち悪いんですよ。いちいちそんな反応をされたら。少しは反省してください。こうなったのはあなたのせいなんですよ? 本当はこんなことをしている場合じゃないんですから……ニア帝国の〝本隊〟に向けて備えないといけないのに……」

「フン、どちらにしろこの国は滅びるわ。あのジジイはもう長くない」

「……どういう意味です?」

「いつ死んでもおかしくないってことよ。それだけの毒は毎夜毎夜の〝長寿の薬〟であの老いぼれの体の中に入っている……! おかげでただでさえ錯乱気味なのが更におかしくなっていたでしょう? アハッ、いくさ陣頭指揮じんとうしきるなんて言ってたけど、これ以上頭に血が昇っちゃったら、頭がパーンッてなって死んじゃうわよ……アハハハハッ!」


 楽し気に言うクロシエ。

 王を前にしていないからなのか、この牢獄では立場が関係ないからなのか、嫌味な姑のような笑い声ではなく、カラッと弾けるような笑い声だった。

 ………その笑い声に響き続ける「クライスゥ~……」「アニキィ~……」といううめき声がかき消される。


「尚更……あんたのせいじゃないですか。あんたがここに居るのは。全部あんたの自業自得ですよ」

「黙りなさい。正論なんかいいのよ……あぁ……どうしてこうなっちゃったのよ……私はただ……誰にも屈服したくなかっただけなのに……お母さんやおばあちゃんのような、男に媚びるような奴隷になりたくなかっただけなのに……」


 ハァ~……と深いため息を吐くクロシエ。


「〝こうなっちゃったのは、あなたがそういう人だから〟だと思いますよ」

「………何が言いたいの?」

「〝性〟の奴隷になりたくないとか言っておきながら、その〝性〟を使って男を支配することしか考えていなかった。誰にも屈服したくないとか言っておきながら、自分は弱い立場の人間を平気で屈服させる。全部自分がされたら嫌なことを平気で人にしている。それを見ていたみんなの不平不満が募って〝こう〟なっている。多分———そういうことだと思いますよ」


「クライスゥ~……」

「アニキィ~……」


「………………フンッ、ならあんた〝たち〟も、同じよ! ここでこうして惨めに牢屋に転がされているのは、そういった因果応報が巡り巡っているのでしょうね!」

「本当にあなたは口が減らない人だ……」


「クライスゥ~……」

「アニキィ~……」


「———というか、さっきからなんだよこの呻き声⁉ 隣のぼうに誰がいるんだよ⁉」


 無視しようと思ったが、あまりにもずっと響き続けているので気になってしょうがない。

 コンコンコンッ、と動けない俺に代わってクロシエが声のする壁を叩き、


「———となり、誰? 誰がいるの?」


 尋ねると答えはすぐに返ってきた。


「———エドガーです」

「———ファブルです」


 聞き覚えのあるオヤジと従者の声———、


大臣だいじん蟲使むしつかいよ」


「誰かぼうを変えてくれええええええええええええええええええぇぇぇ‼」


 心の底からの絶叫が、獄中にほとばしった。

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