第38話 狂王——ルイマス

「ルイマス王! こんな馬鹿な裁判をしている場合ではありません! ニア帝国の〝本隊〟がやってきます!」


 もうなりふり構っていられない。ミストが〝あの男〟の元に辿り着いたらすぐにでも侵略の軍勢が港町シーアに押し寄せてくる。


「さっき逃げた間者かんじゃはニア帝国の者で……大臣の仲間です。この城の様子を探っていました! ニア帝国の軍勢は既にナッソー近くに待機していて、ナグサラン王国を侵略するタイミングを伺っています! こうして国が混乱している現状、大臣がこれ以上内部工作ができない状況、それを把握されました! 報告されたら確実にニア帝国は攻めてきます! ナッソーからここまで一日もかからずに到着します。もしかしたら今日の夜にでもシーアに到達し、あの町がレイプと殺人の業火に包まれるかもしれないんですよ⁉」


「な、なんと……!」


 ルイマス王が目を見開く。


「大臣はそれだけ、もうこの国を転覆させる準備を整えていたということです! ルイマス王、直ちに軍備を港町シーアに……、」

「よろしい、貴殿の言う通りにしよう」


 聞いてくれた⁉

 先ほどまでと打って変わって、あっさりと俺の意見を受け入れた。ここまで素直だと流石に不気味に感じてしまうが……、


「シーアに軍は派遣する。だがそれはそれとして———貴様の命は助けてやらん」


「な———!」


 ルイマス王は冷たい目をして俺を見下していた。


「フン、貴様の魂胆など見え透いておる。命が危険に陥ったから帝国から寝返ろうとしているのだろう。貴様が帝国と繋がっているのは見え透いておるわ。邪悪なヨセフ家なのだ。帝国の力を借りてこの城を落とそうとでも思っていたのだろう」

「違います、これは———!」


 全然違わないけど。


「ならなぜ貴様がそこまで帝国軍の動きを把握しておるのだ?」

「それは———」


 だああ! 面倒くさくなってきた! 


 ルイマス王の言葉通り、〝クライスは帝国と繋がって〟いて、〝帝国の力を借りてこの城を落とそう〟とはしていた。していたが、言葉通り〝心変わり〟をしてしまっているのだ。今の俺にそのつもりはない。

 逆に助けようとしているのに、どういえばこの状況を切り抜けられるのか……。

 いっそのことルイマス王を支配して、〝光堕ちの呪い〟と同じようなことをやらせてみるか? 

 だが、王妃と違ってルイマス王は男だ。「人体支配」は男を支配するときは使用者に強力な頭痛と嫌悪感を与えて来る。大臣の時のように長時間支配し続けることはできないだろう。


 それに洗脳能力でもない。


 一瞬支配されたところで、ルイマス王は解除されたらすぐに俺を殺そうとするだろう。それでは支配したところで全く意味がない。


 どうする? どう手を打つのが、この状況を切り抜ける最善の一手になる?

 思考を巡らせていると、人影がルイマス王と俺の間に割って入る。


「待ってください父上、いい加減に横暴おうぼうが過ぎます」


 ———レンだ。


 彼女はりんとした態度で、父である国王の前に立ちはだかる。


「レンよ……お主どういうつもりだ?」


 第一王女を見る王の目は———冷たい。

 だが、その瞳に全く怖じることなくレンは真っすぐ見据え、


「父上、あなたがクライス殿を裁こうとする理由は何ですか? 彼がヨセフ家の人間であるという一点のみです。それも邪悪な一族であるという情報は王妃様からつい先ほど聞かされたという始末。その程度のことで国賓を処刑したとあっては、他国から笑い者にされれます」

「黙れ! 貴様はいつもそうだ! 我が娘のくせにやることなすこと一々口を挟む! 破壊王女ブレイクプリンセスなどと呼ばれて調子に乗りおって!」

「調子になど乗っていません!」


 マジかよ……。

 こんな時に、親子喧嘩を始めやがった。

 そして、実の娘の言葉ならちょっとは聞く耳を持つかと思われたルイマス王はレンを悪し様に罵倒する。


「前々から貴様は二心有ふたごころあると思っておったのだ! レンよ。わかったぞ、今回の件は貴様が手を引いておるな? 余を殺し、王位を簒奪さんだつしようとしているのだろう⁉」

「だからどうしてそのような話になるのです⁉ どうしてあなたの血を引く娘の言葉を聞こうとしないのです⁉」

「一人で我が国を滅ぼすことができるような娘の言葉など、聞き入れられるものか!」


 こんなに……ルイマスとレンの親子関係は最悪だったのか……?


 ルイマス王は震える指でレンを指さし、


「何が光皇剣こうおうけんよ。馬鹿馬鹿しい。いつ爆発するかもわからぬ危険な爆弾と何が違う? 現に今も、貴様がやろうと思えばこの城を塵一つ残さず破壊できるのであろう?」

「…………ハァ」


 実の父親からの猜疑さいぎの眼差しをレンは呆れた様子で受け止めていた。


 慣れ切っているように……。


 こんな光景、見たことない。

 「スレイブキングダム」のゲーム上では、レンとルイマスは親子だと言うのに、日常シーンではほとんど会話がなかった。

 Hシーン上では快楽に堕ちたレンが、主人となったクライスに命令されるがまま、ルイマスの陰茎いんけい頬張ほおばるというシーンがあるが、今思い出してもそれぐらいしかこの二人の会話シーンが思い出せない。

 そのシーンでは普通に近親相姦を止めようと説得する父と、淫乱になって性の事しか頭にない、変わり果てた娘の会話という感じだったが……異常な状況に陥っていないこの二人がこのように冷え切った関係だったとは———。


 ルイマス王は明らかに実の娘のレンを敵視していた。


「レンよ。大臣も、クライスも……クロシエすらも、みんなみんなお前の手引きだな? お前が余を王位から引きずり降ろそうと、全て計画をしていたのだな⁉」

「……………」


 レンは、もはや頭を抱えて何も言わない。言えない。

 何を言っても聞き入れてもらえないと、諦めていた。

 そして、王妃は突然自分に矛先が向いたので、「え⁉」っと驚いてルイマス王を見ていた。

 ルイマス王は血走った目で、レンを睨みつけている。


「もうこれ以上、貴様に好き勝手させん! 貴様もクライスも牢屋へぶち込んでくれる! ニア帝国の軍勢など、この余が直々に指揮を執り蹴散らしてくれるわ!」

「レンの力なしに⁉ そんなことできるわけない!」 


 何を言い出してんだこのオッサン⁉


「黙れ! 貴様も余を愚弄するか、クライス! 安心せい。いいことを思いついた。帝国軍を蹴散らした暁に、貴様ら逆賊どもを一斉に処刑してやるわ。凱旋がいせんパレードの上で———民衆の前での公開処刑じゃあ!」

「な———」 


 もはや、ルイマス王の瞳に正気はなかった。


「あぁ……余が信じられるのはルリリだけじゃ……ルリリだけは余の元にいてくれる……ルリリ、近う寄ってくれ……近う寄って……我が手を握ってくれ……」


 そして、急にうつろな目をしたかと思うと、ルリリを手招きする。 

 ルリリは悲痛な表情でレンの隣に立とうと駆け出そうとするが、足がもつれてその場にドテッと派手に転んでしまう。


「姫様⁉」

「大丈夫です……これくらい……まだ慣れなくて……お父様! お姉さまたちの話を聞いてください!」


 倒れるルリリにアリスが駈け寄るが、ルリリは自分などどうでもいいとアリスの手を払い、父へ向かって抗議をする。


「お父様! クライス様をこれ以上侮辱するのなら私にも考え……ゴホッ、ゴホッ……!」


 せき込むルリリ。アリスがその額に手を当てると、


「姫様! 熱が……!」

「その程度……でも、魔法が……光皇翼こうおうよくが使えない……」

「姫様は基礎魔法しかできないじゃないですか……いいからお休みください!」


 顔を赤くしてぐったりとしているルリリをアリスが抱きかかえる。

 光皇翼こうおうよくが使えない———?

 いや、考えてみれば当然だ。彼女が魔法の力に目覚めたのは昨日の今日だし、「魔力支配エネドミネートはその体に負担がかかる。それに昨日彼女は媚薬を嗅いで、全裸のまま一夜を過ごしたのだ。

 体調が悪くて魔法が使えないのは当然だ。


「おぉ……大丈夫か、ルリリや……」


 ルイマス王がルリリを心配するような声を上げる。


「病弱なルリリにこうまでさせて……父上……もう、いいでしょうか?」


 全てを諦めたような、哀れんでいるような表情でレンは実の父親を見ていた。

 ルイマス王はその言葉で、レンと俺の存在を思い出したように、


「こやつらはまだいたのか⁉ とっとと牢に連れて行け!」


 衛兵に指示を飛ばす。

 王の間に控えていた衛兵たちは最初は戸惑った様子だったが、じりじりと俺とレンとの距離を詰めていく。


「…………フゥ」


 レンは、深く息を吐き、消沈した様に目を閉じて、動こうとしない。


「れ、レン⁉ レン様⁉ 何をやってる⁉ 抵抗しないのか⁉ おい、レン‼」

「…………」


 俺が呼びかけても動こうとせず、


「あ———!」


 視界が、一気に真っ黒になった。


 俺はいつの間にか衛兵が背後に回られていたようで、布で目を再び塞がれたらしい。


「て、抵抗しないでくださいぃぃぃ! レン様ぁぁぁ!」

「……………」


 怯えた声の後、ギリリと縄で縛るような音が聞こえたので、おそらくレンが拘束されているのだろう。


 しまった。


 迷った挙句に、全ての手が後手に回った。

 このまま牢に行き、この国が滅ぶのを待つだけになるのか……? これは、ゲームで言うところのバッドエンドというところではないだろうか……。


「お、オホホホ……何はともあれ、この国に入り込んでいる賊を排除できたようで……さ、ではきたるべき帝国の蛮族ばんぞくどもに備えて、私らは共に準備をいたしましょうか……」

「何を言っておる。貴様も牢獄行きだ」

「何ですって⁉」

「貴様が大臣と共に帝国に通じておったこと、余は忘れておらぬ。貴様も信用できん」

「ですが、私は全ての罪を正直にあなたに告白しました!」

「だから何だ? もはや余は誰も信用できん……」


 塞がれた視界で、王妃の悲痛な声と、王の憔悴しきった声が聞こえる……。

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