第二章 破壊王女———レン・ナグサラン

第35話 悪夢の中にいる

 夢を———夢を見ていた。


『なぜまた軍艦を作るのです⁉ 軍備を整えるよりもやるべきことがあるでしょう⁉ 民はまだ飢えているのですよ⁉』


 王の間だ。


 眼鏡をかけた貴族服の紳士が玉座へ向かって抗議の声を上げている。


『黙れ! 貴様は先代に気に入られていたからと調子に乗りおって! 敵はすぐそこにいるのだ! それに対する防備を疎かにしろというのか! もしや貴様は帝国のスパイか⁉』


 ルイマス王だ。顔のしわが少なく、若干若く見える。

 玉座に座るルイマス王は顔を真っ赤にして眼鏡の紳士を怒鳴りつけた。


『ナグサラン王国にはまだ水道もろくに整備されておらず、劣悪な環境で病魔に苦しめられている者もおります! 防波堤が築かれずに何度も何度も津波で家が破壊されている者もおります! それを厳かにして何が軍備増強ですか! 守るべき民が飢えと疫病で死んでいるというのに、一体何を守るための軍なのですか⁉』

『ええい! 黙れ黙れ! 貴様は知恵もの故にこの城に残してやったがもう我慢ならん! 兄上と同じ、この国を帝国に明け渡そうとする売国奴め! 貴様も処刑してやるわ!』


 眼鏡の紳士を指さし、処刑を言い渡すルイマス王。それに対し、他の家臣たちが「おやめください、王!」「シドニー殿を処刑すると他の貴族たちから恨みを買いますぞ!」と諫め始める。


 俺は———その光景を無性むしょうに怖いと感じ、震えが止まらなくなった。


『大丈夫よ』


 そんな俺を女の人が背中から優しく抱きしめていた。

 振り返る。

 そこにはレン・ナグサランそっくりの金髪のドレスを着た女性がいた。俺を勇気づけようとするように涙をぐっとこらえ微笑んでいる。


『あなたたちのことは、私が守るから———』


 そうしてレンそっくりの女性は俺の額にキスをした。


 ◆


 夢の場面が———飛ぶ。

 ナグサラン王城内の小川のそば。使用人用の小屋が見え、扉の前には衛兵が立っている。


『聞いたか? あの病魔の島に追放だってよ』

影死病かげしびょうだろ? 体が黒くなっていって体重が軽くなって最後は消えるように死んじまう……噂だとその後魔物になって蘇るらしい、恐ろしいよな……近くにいるだけで感染するらしいぜ』

『ナッソーに追放なんて、実質処刑みたいなもんじゃねぇか……』


 ひそひそと二人の兵士が話している。

 そんな声を聴きながら、川辺で俺は金髪の六歳ぐらいの金髪の女の子と話していた。


『クゥくん、どこかとおくにいっちゃうの?』

『うん……お父さんのしごとのつごうで、しろをでなくちゃいけないんだ』

『いやだ。クゥくんとずっといっしょがいい』

『ぼくもそうだよ。でも、王さまの言うことはぜったいだからって……』

『そうだ! いいこと思いついた!』 


 金髪の女の子は足元に生えていた白いリリーの花をちぎり、茎を結んで指輪を作った。


『わたしがしょうらいクゥくんと結婚する。そうすれば、この城にずっと一緒にいられるよね! ずっと一緒にいようね! クゥくん』


 女の子は俺の指にリリーの指輪をはめた。


『うん、うん! ありがとう! ————ちゃん!』


 ◆


 夢の中にいる———。


 また、場面が切り替わる。


 ヤシの木が生えている南国の島の上。

 ボロボロの屋が立ち並ぶ、暗い雰囲気の集落で、眼鏡の紳士は大きな屋根付きの広場で、大量に並んでいる患者を診ていた。


 患者たちの皮膚の一部はどこかが黒く変色していた。


 忙しそうに患者たちを診る眼鏡の紳士の背中を、じっと俺は見つめていたが、やがて、声をかける。


『おとうさん』

『なんだ?』


 眼鏡の紳士はこちらを見ようともせずに患者だけをみている。


『もう、あの屋敷にもどりたくない。城にかえりたい……』

『わがまま言うんじゃない。ここでお父さんはやるべきことがたくさんあるんだ。クライス、お前はここに居てはいけない。だから、早くトスカータさんの屋敷に戻りなさい』

『いやだ。もどりたくない』

『もどりなさい。どうしてそんなに我がままなんだ?』

『だって、あの家のお姉ちゃん……僕に変なことしてくるんだもん』

『この島には子供が他にいないから、一緒に遊びたがっているだけさ。多少のことは我慢しなさい』

『でも! それでも! なんか変なんだもん! 嫌な感じがするんだもん‼』


 眼鏡の紳士がようやく振り向いた。

 俺はようやく聞いてくれたと顔を明るくしたが、


『トスカータさんのお嬢さんがひどいことをするわけないだろ? 行く当てのない私たち家族に住む場所と食べるものを与えて下さっている方なのだから。遊んでいるだけだよ』


 可愛そうな子供を見るように一瞥すると、再び彼の視線は患者へと戻っていく。


 俺は———がっかりした。


 ◆


 まだ———夢の中にいる、

 また、場面が切り替わる。


 屋敷の一室だ。


 先ほどの集落が一望できる、少し小高い丘の上にある屋敷。


 強い日の光が差し込むその一室で———俺は全裸の状態で縛られていた。


「ン~……! ン~……!」


 猿轡さるぐつわまでかまされ、喋ることもままならない。


「んふ♡ 本当にかわいい」


 嗜虐的しぎゃくな笑みを浮かべたツインテールの女の子。

 中学生ぐらいの彼女は、俺の股間を足の裏側でぺたりと触れる。


「ンヴッッッ⁉」


 異常な———冷たさと刺激と恐怖が襲ってくる。


「ほぉら、白い出して、はぁ~やく白いの出して? だぁ~せ。だぁ~せ♡」


 足の指を使って器用に皮をむいて、乱暴な足捌あしさばききでこすってくる。


 爪が当たる。

 激しい痛みで、何かを出せるような状態じゃない。

 それでも、出さないと彼女は満足してくれない。それだけはわかっていた。

 俺は頑張って、妄想を働かせ、何とかその域に達しようと努力した。

 そして、

 ———出る!

 ようやく———出せる、と思った瞬間だった。


「はい、ダメェェェェェ‼」


 ツインテールの女の子が俺の股間を思いっきり踏みにじった。


「ングウウウウゥゥゥゥゥゥ‼」


 湧き上がってきた奔流ほんりゅうが急にせき止められ、激しい痛みに頭がチカチカする。


「フゥ~……フゥ~……⁉」 


 痛みに耐えながら、ふと横を見ると鏡がある。


 金髪の猿轡をかまされた、痩せている可愛らしい少年の顔が映っていた。

 この夢を見ている少年の顔だ……。 


「ほぉ……んと、カワイイ♡」

 ツインテールの女の子はスカートをまくり上げて、俺の頭上に彼女の股間が来るように位置を変える。


 そして、丸見えになっているパンツが、俺の顔に迫って来て———そのまま俺の口元に押し付けられる。


「ング⁉ ングぅぅぅ⁉」


 猿轡をはめられた状態で、口と一緒に鼻も彼女の股間で塞がれてしまう。


「嬉しい? 男の子は女の子のお股、舐めたいんでしょう?」


 それどころではない。

 息が———息ができない————。


「ンゥゥゥゥゥゥゥ……!」


 苦悶の声を上げる俺を、ツインテールの彼女は心底楽しそうに見下ろしていた。


 助けて……誰か助けてよ……。


 守ってくれるんじゃないの?


 一緒にいてくれるんじゃないの?


 どうしてここに居て、僕を助けてくれないの?


 ◆


「うわああああああああああああああああああああああああ‼」


 ようやく、悪夢から解放された。


 朝日が差し込む客間———そのベッドの上で俺は目覚めた。


 俺は跳ね起きて、顔を触る。

 肉のついた太った男性の顔。

 クライス・ホーニゴールドの顔に間違いなかった。

 

「い、今のは……?」


 謎の———少年の夢だった。

 彼が見たこの城での過去の思い出の夢と、そこから追放されたある島での暮らしの夢……。

「ということは……今の夢って……」


 考えを巡らせようとした時だった。


 客間の扉がバンッ!と勢いを開けて開け放たれる。


「いたぞ!」


 衛兵だった。俺を指さし、なんだか物々しい雰囲気だ。

 そして、鎧を装備した城の衛兵たちが次から次へと客間になだれ込み、俺へと向かって突進してくる。


「ちょ、いったいなんなんだよ……⁉」


 ものすごい剣幕で襲い掛かってくる衛兵たちの様子に戸惑い、部屋の中をわたす。

 俺の膝元には裸で寝ているルリリ。そして、少し離れた机の傍にもミストが倒れていた。

 昨晩さくばん何があったのか———鮮明に思い出した。

 これは———まずい!


「待って! せ、説明させてくれ!」

「問答無用!」 


 俺は複数の衛兵に肩を掴まれ、ベッドに押し倒され、取り押さえられる。


「姫様を遠ざけろ!」


 ルリリが足元からはがされ、


「目だ! 目を塞げ!」


 俺の目に黒い布が巻かれた。


「な、なんだこれ⁉ 何で眼を塞ぐ⁉ だから説明をさせてくれ‼ 確かにこの状況を見ると、そうとしか見えないが……俺はルリリに手を出していない!」

「黙れ! 信用できるか‼ 弁明は王の前で行え! 貴様の企みは全てわかっている!」


 にべもなく俺の言葉は一蹴され、


「クライス・ホーニゴールド……いや、クライス・ヨセフ———」


 真っ暗な視界の中、衛兵の声だけが俺の耳を打つ。


「———貴様を国家反逆罪の容疑で拘束する!」

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