第34話 邪悪な衝動
———ルリリを抱かねばと思った。
「クライス……さん」
濡れた髪が、額に張り付く彼女の顔が近づいてくる。
彼女のぷっくりとした唇がゆっくりと———。
「……いや、ダメだろう」
「ンム……?」
その唇を人差し指で止める。
「こんなのはダメだ……なんというか……わからないが……ダメなんだ……」
ルリリはまだ幼く、ろくに男性経験もないだろう。そんな幼い彼女に流されて、処女を奪ってしまうというのは……やっぱり俺の良心が痛む。
物事には———やっぱり段階というモノがあると思う。
まだ、俺とルリリは知り合ってからろくに時間も経っていない。
一度、冷静になって、その後、ゆっくりとそういう雰囲気になったらこういうことをやればいい。そうなる必要がある……あると、思う。
俺の転生前の日本人としての、秦野翔としての心は、大人として彼女を諫めるべきだと言っている。
だがそれでも———!
別の俺が彼女の体を貪りつくせ、裸の女をしゃぶりつくせと叫んでいる。
理性と欲望がせめぎ合っていた。
「ふらいふひゃん……なりわ……らめなんれふか(クライスさん、何が、ダメなんですか》?」
俺の人差し指に唇を接触させたまま喋るルリリ。おかげでなにを言っているのかさっぱりわからない。
頭がボーっとする。
———すごく、すごくルリリを抱きたい。
白くてきれいな、触れただけで傷つきそうな綺麗な肌。そして小さいけれども整っている胸のふくらみ、子供っぽい体だ。純粋な天使を前にしているような神々しさも感じられる彼女の華奢な肢体。
甘い匂いがする。
「ねへ……くらいふゅひゃん……チュプ」
「ルリリ⁉ 何を⁉」
唇を塞いでいる俺の人差し指を、ルリリは
「わたひは(私は)……あらはのほほは(あなたのもの)……ひゅひひゃんひぇひゅ(好きなんです)……チュプ……チュパ……レロ……」
何かを喋りながら、愛おし気に俺の人差し指を舐めまわしていくルリリ。
「やめろ……ルリリ……それをやめてくれ……」
指先の感覚がなくなってくる。
ただでさえボーっとしている頭に血が上り、更に
「ん……ぷふ……れろ、じゅる……ぐぽッ……んふぅ♡」
人差し指を咥えながら頭を前後に揺らし、強く吸う。
気持ちいい。
ただの指だ。
何の性感帯もない指を舐めまわされるだけでこんなに気持ちがいいなんて……これを……〝思いっきりやって〟もらったらどんだけ気持がいいんだろう……。
「ルリリ……どこで覚えたんだそんな……滅茶苦茶……エロいぞ……!」
「メイドさんたちの話を聞いて……筆で練習してたんです……」
子供っぽい見た目でもちゃんとエロい知識はある。
それは彼女が抜きゲーのヒロインだからだろうか……エロゲーのヒロインは必ず「処女だが嬢レベルに性の知識とテクニックがある」もしくは「エロいことを教えたら一瞬でその技を習得する天才」のどちらかである。
つまりは都合よく、必ず男性を満足させるテクニックを持っている。
今朝まで盲目で病弱なルリリだったルリリも例外じゃないと言う事か……。
「ダメだ……やっぱり、こんないきなりは……ダメだ……」
甘い匂いがする。
彼女の頭を———掴みたい。
髪の毛を鷲掴みにして思いっきり乱暴にしたい。
「……チュポっ」
ルリリが指から口を離し———、
「いくじなし」
———と、挑発的な笑みを浮かべて言った。
「———————ッ‼」
その誘うような
俺は彼女の首を思いっきり絞めたくなった。
彼女の尻を叩きたくなった。
彼女の首に首輪をつけて城中を全裸で散歩させたくなった。
媚薬の塗った張形を股間に突っ込み一日中発情させたまま放置させたくなった。
知らないおっさんたちの元へ、裸の彼女を投げ込んで「好きにしてもいい」と言いたくなった。
何度も何度も犯しつくして、性のことしか考えられない、獣のような存在に貶めたくなった———。
ルリリの人としての尊厳全てを破壊しつくしたい———その後俺がどうなろうと、ルリリがどうなろうと知った事か———彼女の全てを壊す、壊して無様を晒させて復讐を……。
甘い匂いが、する……。
「………やっぱ、ダメだ」
彼女の肩を掴み、グッと押し戻す。
「え……」
発情していた彼女の顔が一気に失望で染まる。
「どうして……? やっぱり、クライスさんは私のことが嫌い……なんですか? それとも……子供っぽいから?」
「違う、そうじゃない……ルリリのことは好きだし、女性として魅力的だと思う……だけど、このままじゃダメだ……上手く、言葉にできないけど、ダメなんだ」
多分今、流されてルリリを抱いてしまえば———彼女はボロボロになる。
俺がボロボロにする。
下手をすれば———殺してしまう。
そんな確信がある。
それだけの———激しい攻撃性が俺の中にある。
黒くて……邪悪な衝動が……。
「俺は優しい男なんかじゃない……」
一度タガが外れると、彼女を壊しつくすまで邪悪な衝動は収まらない。
俺の中のクライス・ホーニゴールドが、〝王女を犯しつくせ〟と叫んでいるのだ。
「クライスさんは優しい人です……私クライスさんになら何をされても後悔しません……」
「優しい男がこんな流されて君のことを抱きたいなんて強く思うわけ……あ」
失言をしたと彼女の顔を見る。
「クライスさん……わたしの事抱きたいって……♡」
口元に手を当てて歓喜の表情を作るルリリ。
「ちが……っ、確かにそう思ったけど……俺はそんないきなり思うような人間じゃない。そんな女の人を性の対象にしか見てないようなケダモノじゃない! ルリリだってこんないきなり男の前で発情するようなそんな娘じゃないだろう⁉ だから今日はそんなことしないで……ゆっくり休もう!」
パニックに陥ってしまう。
この状況は何かがおかしい。
抜きゲーだからか? 抜きゲーの世界だからこんなに段階を飛ばしていきなりHシーンみたいな雑な展開になるのか? もうちょっとこう……肉体関係の前に丁寧なプラトニックな愛をはぐくむシーンとか入れないのか……⁉
こんなおかしくなっている状況でセックス何てできるものかと憤慨し、立ち上がった。
「あ」
原因が分かった。
俺とルリリが発情してしまった原因が、部屋を見渡してすぐに分かった。
原因と今———目が合っている。
「え……せんせ……?」
ミスト・トスカータだ。
彼女は客間の机の上にあった、香炉で何やらお香を焚いていた。
それが、この部屋中を包んでいる甘い匂いの原因だった。
そして、香炉の隣にはハートマークが描かれた小袋……先ほど彼女が媚薬が入っていると言った小袋だった。
あいつか! あいつが、俺たちを発情させた原因か!
恐らく、俺が王女を抱きたいと思っていると勝手に勘違いしたのだろう。それかルリリに今のような痴態を晒させて弱みを握ろうとしたか。
恐ろしく余計なお世話だが、彼女なりに良かれと思ってやったのだろう。
俺がルリリを拒否する意味が分からないと、困惑の表情を浮かべている。
「え……誰かいるんですか?」
ルリリが振り返り、
「え———誰?」
「—————ッ!」
ミストと目が合ってしまう。
腐っても暗殺者の彼女だったら、ルリリに見つかる前にどこかに隠れていたのだろうが、今は思考が完全にフリーズしているようで、唇を震わせて俺とルリリを交互に見ている。
「せんせ……? どういう……つもりなの……? 取り入ろうと演技をしていたとしても、ここはルリリ王女を手籠めにするところでしょ……〝本隊〟が来るって言うのに……?」
ミストは完全にパニック状態に陥っているのか、べらべらと知られちゃいけないことを話しだす。
「先生らしく……ない、よ……?」
ミストの眼に、敵意の炎が灯り始め、腰の後ろに手を回す。
「先生……? 手籠め? 何の話ですか……? クライスさ」
戸惑うルリリ。
どうする……どういえ、
プツン—————!
あ、最悪だ。
頭の中で何かが切れた。
ピークに達した疲労と、パニックと、媚薬の高揚で、脳が限界を迎えた。
頭がショートした。
「クライスさん⁉」
「せんせ⁉」
グルンと目が回り、ベッドに横に倒れる。
意識がドンドンと遠ざかっていく。
だけど、このままだと、ルリリが危ない……ミストが今、何をするかわからない。
だから———、
———
ミストの体を支配する。
「え、あ⁉ せんせの支配で、手が勝手に……!」
ミストにある薬を掴ませ、それを媚薬を焚き続けている香炉に放り込ませる。
「え……⁉ これはせんせ私に何を……⁉ あ、あぁ……」
どさりとミストが意識を失い、体が倒れる。
「え、なに……が……」
続けてルリリが意識を失い、裸のまま俺の上に覆いかぶさる。
レンに王妃が盛った睡眠薬だ。
それを焚かせて、大気中に眠り作用のある匂いをまき散らした。こんなにも即効性があるのは、媚薬と一緒に混ぜて焚いているからなのかもしれない。
この部屋にいる全員を眠らせる。
今の俺にできることはこれぐらいしかなかった。
そして、俺の鼻にツンッとアルコールのような刺激臭が刺さり、電源がバツっと切られるように、完全に俺の意識も途絶えた。
結果として、俺の取ったこの行動は———最悪の結果を招くことになる。
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