第33話 ルリリの贖罪と夢
部屋で休んでたら第二王女がやって来て真っ赤な顔をして首輪を差し出してきた。
そんな時、どう対応するのが一番正しいのだろう……。
「それは……?」
赤い革製の首輪。犬がつけるやつとそっくりというか、おそらくそれそのものだ。それを俺に突き出してルリリは何をしてもらおうというのだろう。
「私……あの……その……っどうやって、今までクライスさんに酷いことを言った罪を償えるのかわからっなくて……だけど、許してもらいたいとかじゃなくて……でも、クライスさんに……その、なんていうのか……今まで嫌な思いをさせた分……その……!」
ルリリは完全にパニック状態に陥っていた。
顔を真っ赤にしてうつ向いたまま顔を上げようとしない。
それに、普段のはつらつとした様子はなく、言葉が何度もつっかえてどもってしまっている。
「私……クライスさんに気持ち良くなって欲しいんです……」
上目づかいでうるんだ目で俺を見るルリリ。
クラっとした。
とんでもないことを言いだした……。
酷いことを、侮辱をしたから首輪を差し出して気持ちよくなって貰う。どうやったらそんな極端な発想に行きつくんだ。
「…………あ、ぁ、そうか……うん」
何と答えたらいいかわからない。
それに、何だか俺の顔にも血が上る。
つられて恥ずかしくなっているのか?
「ダメ、ですか……?」
ろくに答えない俺に対し、首輪をスッと手元へ引き、膝に置くルリリ。
「です、よね……許してもらえるわけがありませんよね。私はクライスさんに、クライスさんのお父様に対してひどい仕打ちをした王の娘ですから……二度と、顔も見たくはないですよね……」
落ち込んでしまうルリリ。
車いすの車輪に手をかけ、くるりと器用に方向転換し、去っていこうとする。
「……………ハァ」
廊下を見渡すと、周囲に人もいない。
暗い人気のない廊下をキュリキュリと軋んだ車輪の音を響かせて進んでいくルリリを不憫に感じてしまう。
「……ルリリ、ちょっと待って」
「はい?」
振り返る彼女に、俺は客間を親指で指し示し、
「少し、話していかないか?」
「……はい」
こくんとルリリは頷いた。
◆
ミストも既にいなくなっていることだし、まだ大臣の息のかかった人間はこの城にいる。
肝心の大臣が投獄されて、王妃も悪事が露見して動くことができなくなっている現状、動くことはないだろうが、念のためルリリを一人きりにしておくのは避けたい。
車いすを押して、ベッドの近くへルリリを連れて行き、俺は彼女の正面に腰を下ろす。
「ルリリ、その……別に気に病む必要はない。俺はそこまで気にしていないし、ルリリが治療を前に不安だったっていう心情はわかっている。だから、その……首輪は捨ててくれ」
彼女の膝元に置いてある首輪を指さす。
さっきから、気になって仕方がない。
直ぐにでも手を放してもらいたかったが、彼女は一層首輪を握る手にギュッと力を込めた。
「でも……! これが悪いことをした相手に謝る、大人の作法だって習ったんです……悪いことをした時は首輪をつけて、お仕置きしてくださいって頼むって……そうしたら大人の男の人は気持ちよく許してくれるって……」
「習ったって誰から?」
「メイドのフルーさんからです」
「忘れなさい」
あのモブメイドか……どこまでも悪影響を残してくれる。
「それは間違ったやり方だから……ルリリは今まで通り自然にしてくれたらいいから……俺は別に怒ってないからさ」
「でも、私の父はクライスさんの仇です。クライスさんの御父上の悲劇のきっかけになった方……それなのに、それなのに……私はこれからクライスさんにどう接していけばいいのか、どう接していけば、あなたの心が晴れるのか……わからなくて……」
「それも、気にしなくていい。ルリリ自身は何も悪くないんだから。俺の父に関してはルイマス王が悪いと言えば悪いんが……それでもルリリに罪はないだろう?」
ルイマス王にも———多分同情できる余地はある。
王族というものは一見すると華やかなものだが、実情、権力闘争で恐ろしくドロドロしている。玉座に座ることができる人間が一人であるのなら、同じように継承権を握る人間が二人いたら邪魔になる。そうなるとどんな手段を使ってでも相手を蹴落とそうとするし、いつ相手に攻撃されるのかと疑心暗鬼に陥る。
正直、権力者の息子兄弟が仲がいいのを見たことがない。古今東西あらゆる国地域で、権力者の息子は互いに疑心暗鬼に陥って殺し合っている。
‶やらなきゃやられる〟と互いに言い合いながら。
ルイマス王も、おそらくそう思っていたのだろう。
だから、兄である前王に無実の罪を着せて処刑したのだ。
「そういうことはよくあることだから……ルリリは気にするな」
「それじゃあ、私の気が済まないんです! 私が自分を許せないんです!」
「えぇ……」
んなこと言われてもなぁ……こっちとしては「自分を許してやりなよ」としかいえない。
なんと言ったモノかと戸惑っていると、ルリリが俺を真剣な目で真っすぐ見据えてきた。
そして、俺の眼を見たまま、言う。
「クライスさん……私はあなたのことが好きです。大好きです。あなたの優しく、人のために尽くすところ、正義のためなら例え危険があっても飛び込んでいく勇敢なところ。その顔———全てが好きです」
「お……おぉ……」
いきなり褒め殺しに会い、どうリアクションを取っていいのか戸惑う。というか、顔は
「だから———」
ルリリは、意を決したように喉をコクリと鳴らし、
「———私は、あなたを〝王〟にしたい」
とんでもなくヤバいことを言いだした。
「ちょっと待て……自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「……わかっていないかもしれません。ですが、このナグサラン王国を想う王族として、あなたのような真摯で思いやりがある人間にこの国を治めてほしいと思ってしまうのです……」
「第二王女がそんなことを言ったら、冗談じゃすまなくなるぞ」
「冗談で済ませるつもりはありません……その証拠に……、」
ルリリは車いすから立ち上がった。
そして———身に
パサリパサリと、彼女の高級ななドレスが床に落ち———一糸まとわぬ、生まれたままの姿を俺に見せつける。
「ルリリ……⁉ 何を……⁉ またあのフールさんからの入れ知恵か⁉」
あれ、フルーさんだったっけ……? まぁとにかく、彼女の裸を見ないように俺は顔を横に向けた。
ルリリの裸を見てしまえば……何かが……どうにかなってしまいそうだったからだ。
「フルーさんから教えてもらわなくても、このぐらいは……知っています……ハァ……ハァ……視線を、逸らさないでください……」
彼女の両手が、俺の顔をがっちりと掴み、逸らしていた視線を無理やり彼女自身の裸体に見せつけた。
彼女の息は荒く、体は少し、汗ばんでいた。
「ハァ……ハァ……クライス、さん」
「な、んだ……? ハァ……フゥ……」
つられて俺の呼吸も荒くなる。
「———私を抱いてください」
彼女の口から発せられた言葉は、俺は否定をしなければいけない言葉だった。
「ハァ……ハァ……そうか」
だが、うまく言葉が出てこない。
————この時の俺は、ルリリを抱きたいと強く思ってしまっていた。
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