第32話 忘れていたことは、この世界が抜きゲーであること。

 ようやく長い一日が終わった。


 俺は客間に帰り、ベッドの上で横になる。


 ファブルがいなくなり、すっかり蟲が消え、ようやく人が共住するに足りる環境になった。


「ひとまず一区切りがついたけど……これからどうするか……でも、今日は……疲れ……」


 ずっと気を張りっぱなしだったし、「人体支配」を使いまくって体力を消費した。


 目を閉じると……すぐにでも寝てしまいそうな……。


「あぁ……そういえば明かりをつけっぱなしだった……」


 部屋の灯篭とうろうにはあかりがともったままだ。

 消さなければ、と目を開く。


 そこには、満面の笑みを浮かべたミストの顔があった————。


「うわあああああああああああああッッッ!」


 ビックリして跳ね起きる。

 ミストにぶつからないように後方に後ずさりながら。


「せんせ♡ どうしたんです? そんなに大声を出して」


 忘れていた。

 コイツを忘れていた。

 クライスが過去に調教した部下———ミスト・トスカータを……!


「い、いきなり目の前に顔が出てきたら誰でもびっくりするんだよ! ミスト、お前、何しに来た⁉」

「何しにって……ミストはせんせのメスブタ奴隷ですから♡ 夜のお共に参上させていただきました♡」


 じりじりとにじり寄り、俺の股間に手を伸ばそうとするミストに対し、俺はズズズと後ずさり距離を取っていく。


「やめろ。そんな気分じゃない」

「ぶ~……ミストはせんせのおチ〇ポを味わえると思って今日一日頑張ったのにぃ……」


 ミストは頬を膨らませる。


「どうしたんです? この城に来てからまるで人が変わったみたいに〝お預け〟じゃないですか? もしかしてそういうプレイですか? そうやって私を焦らして放置するプレイですか? だったら薬を塗ったり、ファブルの蟲を使ってもらわないと……」


 と、ミストはそこで部屋にファブルがいないことに気が付く。


「あの蟲野郎はどこ行ったんです?」

「あ、あぁ……あいつなら……」

「ああ、やっぱり追い出したんですね。あいつ人がいてもお構いなしに蟲を放し飼いにするから、一緒の空間にはとてもじゃないけどいられないですものね。昨日もここに来たらあの野郎しかいなかったんで。「せんせを追い出したのか!」ってちょっと怒っちゃいましたよ」

「そ、そうか……そ、そうなんだよ、今ファブルはいなくて……」

「どっかで野宿でもしてるんですかね? まぁどうせ虫に囲まれていれば幸せな奴ですから。そっちの方がいいでしょう。外の方が大量に虫が寄って来るでしょうし……フヒヒヒヒ……!」


 含み笑いをするミスト。


「そ、そうだな、アハハハハハ……!」


 作り笑いをする俺。


「フヒヒ……ヒヒヒヒヒヒ……‼」


 ミストの笑い声が一層大きくなる。


 言えない。


 今、ファブルは投獄されていて、大臣も投獄されている。

 ミストたちが進めている、帝国によるナグサラン王国侵略計画は、順調に破綻していっているなんて……。


「ヒヒヒヒ……! さて……」


 再びミストが俺の股間に手を伸ばし始める。


「待て待て待て‼ 何が「さて」なんだ!」

「え……毎日の義務を果たそうとしているだけなんですけど……? 夜におチ〇ポを咥えてせんせの性欲処理をするのは奴隷の義務ですから。昨日、せんせはダークエルフのメイドのところでお楽しみだったみたいですので。今日は余計に頑張らせていただきますね♡」


 諦めずにしつこく、ミストは俺の息子をズボンから露出させようと手を伸ばしてくる。

 俺はその手をガッと掴み、


「やめろ、と言っている!」


「え…………⁉」


 真剣な目でミストの眼を見る。


「俺は、今、そういう気分じゃない……! 奴隷だったら、その命令を聞け!」


ジュン……♡」


 じゅ、じゅん? 「じゅん」ってなんだ? 何、言ってんだ?

 トロンとした目になるミスト。


「命令してくれたぁ……♡ それに、なんて男らしい眼差し……やっぱりせんせは男らしく命令してくれないと……♡」


 ミストは若干湿しめっている股間をもじもじとすり合わせながら、後退していく。

 距離を取ってくれた。ようやく俺の話を聞いてくれたと胸をなでおろす。

 が、彼女はひざを折り、三つ指を立てて頭を深く下げる。


「えぇ……」


 土下座だ。また土下座だ。

 朝見た光景と同じ光景が繰り返されて、うんざりする。


「奴隷のメスブタが生意気にもご主人様の高貴なおチ〇ポミルクを求めて申し訳ありませんでした♡ 自分から求める卑しいメスブタに罰をお与えください♡」


 ………めんどくせぇ、こいつ。

 下手したてに出ているが、とにかく俺に性的なことをするように要求してくる。ドMのような言動をしてるが、本当はドSなんじゃないか? 


「罰は与えない……とにかく顔を上げて」

「はい、せんせ♡」


 意外にも素直に従ってくれて、ニコニコとした笑顔を見せるミスト。


「お前には聞きたいことがある」


 すっかり忘れていたが、彼女が来てくれたおかげで思い出した。

 危機はまだ脱していない。

 ナグサラン王国の近海にはニア帝国の〝本隊〟が待機しているのだ。

 この国で破壊と凌辱の限りを尽くそうとしている魔物との混成軍団が。


「〝本隊〟にシーア到着を遅らせるように言ったが、それはどうなってる?」


 本来であったら明日の夜に到着するはずだったものを、俺が準備を整えるという名目で、延期するように伝えた。

 だが、〝本体〟を指揮する将軍がそれを聞いてくれるのか、不安ではあった。


「伝えました。〝本隊〟はナッソーと、その周辺諸島で待機中。ただ、やはりそんなに長くは待てないと〝あの男〟から……」

「そうか……」


 ニア帝国はナグサラン王国を侵攻している。兵力の維持もただではできない。兵糧も長くは持たないだろうし、長く一か所に留まっていたら、ナグサラン王国軍に見つかり、奇襲をするつもりが逆に奇襲をされてしまう可能性もある。


「———三日。だそうです。それ以上は待てないと」

「そうか……」


 三日か。

 まぁ、期限は少ないが、なんとかなるだろう。

 こちらにはレンがいる。

 今は魔力切れで戦力にならないかもしれないが、三日もあれば完全に回復する。

 奇しくも。先ほど墓参りをすると約束を取り付けた、ナッソー島周辺に〝本隊〟がいるのだ。

 まだ、俺とニア帝国の関係はナグサラン王国にはバレていないから、敵から故郷を取り返すという名目でナグサラン王国軍の派遣を依頼することもできる。

 ニア帝国軍を奇襲し、この国の安全を確保する。


「わかった。ミスト……その、あり……いや、いいぞ。もう出て行って。俺は寝るからな」


 シッシッと手の甲で追い払う仕草を見せる。

 「ありがとう」とねぎらいの言葉をかけようとしたが、彼女を下手に気づかったことで、今朝けさは俺が偽物だと疑われたことを思い出し、ぶっきらぼうな態度をとる。


「はい、せんせ♡ おやすみなさい」


 ミストは一礼し、立ち上がり窓から部屋を出て行こうとしたが、


「あれ、あれ、あれれぇ~? これなんですぅ~?」


 嬉しそうな声を上げるミスト。

 彼女は机にある大量の小袋と香炉こうろに視線を向け、笑顔を浮かべていた。


「あぁ……それ……王妃の部屋から没収した毒薬だよ。大量にあって、何の薬かわからないから、鑑定しておくように言われてんだよ」


 医師だと言っているのに……だったら薬も扱っているんだからわかるだろうと無茶ぶりをされた。この国の政治家は薬師と医師の区別が全くついていないようすだった。


 俺がわかるわけがないのに……。


 大量の毒薬の中には、レンに持っていた眠り薬もある。

その黄色い粉だけはうかつにもレンの部屋の引き出しに入っていたのでわかる。恐らく眠っている間に彼女に飲ませていたのだろう。その近くにガラス棒と水の入った小瓶もあった。

 それ以外は、何の薬なのか一切わからない。


「困ったもんだよな……ハハ」


 肩をすくめるが、ミストはにんまりとした笑みを崩さない。


「期待してますね♡ せんせ」

「期待?」

「コレ———媚薬♡」


 ミストは、ハートマークの書かれた麻の小袋を掲げる。


 毒薬はどれも同じ麻の袋に入っているが、王妃にだけはわかるように記号がどの袋にも書かれていた。

 ミストはそれを知らないとは思うが、おそらく中の粉末を見て当てたのだろう。

どうやって使うのかわかっているように香炉に指をわせてもいる。


「ああ、そういうのもあるのか……」

「気分が乗った時にぜひこれ使ってください♡ キメセクで脳みそがショートするプレイ、待ってますから♡」

「はいはい……気分が乗ったらな……」


 否定するのも面倒くさく適当にあしらう。


「何なら、今炊きましょうか? そういう気分じゃないっておっしゃってましたけど、媚薬を嗅いだらやっぱり……」

「い———」

 ———や、やめろ。と言いかけた、その瞬間だった。


 コンコンコンッ。


 扉がノックされた。


「「————ッ!」」


 ピリッと部屋の中に緊張感が走り、ミストがすぐさま窓から外へ出ていく。


「……………」


 とっさのことで反応できず、沈黙していると再び「コンコン」とノックされ、


「クライスさん? いらっしゃらないんですか?」


 ルリリの声が扉の向こうから聞こえた。


「ルリリ? どうしたんだ? 何か用か?」


 聞かれて……なかったよな……。


 ミストと、帝国の人間と会話しているところを聞かれるとだいぶまずいことになる。


「少し、クライスさんにお話があって……入ってもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ……構わない……」


 声色から、特に不審を抱いている感じはない。何も聞かれてはいないようだった。

 俺は立ち上がり、扉を開ける。


「ルリリ……どうしたんだ? こんな時間に……」


 ルリリは車いすに乗っていたが、一人だった。


 メイドのアリスの姿はない。「人体支配」の力で歩けるようにはなったものの、まだ歩くのに慣れ切っておらず、長時間歩行はできない。だから、まだ車いすをたよっているが、一人で移動できるようにはなったようだ。


「あの、その……私、クライスさんに対してどう謝ればいいのか……わからなくて……」

「あ、あぁ……」


 さっきの話の続きか。「邪悪」と断言してしまった罪の償いの。


「だから、だから……クライスさんの好きにしてもらうためにました!」


 と———彼女は、首輪を俺に差し出した。


「……………………………………………………………………………………は?」

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