第31話 クライスの復讐

 俺が、ルイマス王との政争に負けて追放された貴族の息子であるという告白を、レンとルリリは驚愕の表情で受け止めていた。


「俺と父は十数年前にこの城を追放され、ニア帝国に近い離島で暮らしていました。そこは湿気が多く、毒性の植物や伝染病を運ぶ蚊が大量に発生する劣悪な環境の島でした。そこで発生している伝染病を治療するために父は尽力し、恨み言ひとつ言わずに俺に伝染病を解決するようにとだけ遺言を残してこの世を去りました」


 このことは「スレイブキングダム」の冒頭でクライスのモノローグで語られている。

 クライスの父親はクライスからは想像もつかない聖人君子で、ルイマス王に追放されたのも「仕方がない。政治の世界とはこういうものだ」と受け止め、そんなことよりも、と疫病の根絶に生涯を費やした。


 クライスはその背中を見て、こんな損をするばかりの大人にはなるまいと思っていた。


 だから、遺言を守らず島を見捨てた。

 そして島を出てミア帝国に流れ着き、「人体支配」のスキルをつかって成り上がり、ナグサラン王国転覆の計画に加担できるほどに信用を得ていった。

 だから、クライスにとって父親というのはどうでもいい存在、そう劇中では語られていた。


 だが———、


「俺はこの国に復讐に来たわけではありません、謝罪を求めに来たわけでもない。ただ父をいたんでほしい。あなたたちが今その地位にいるのは父のような犠牲者がいるからこそだと知って欲しい……」


 鏡に映るクライスの顔を見る。


 これで、いいんだよな?


 父の死なんてどうでもいい? 


 そんなわけがない。血のつながった肉親が無念の死を遂げたら、なぜそうなってしまったのか原因を考えてしまう。その原因を作った人間がいるとするのなら、そいつに対して復讐しようとするのが人の感情というものだろう。

 クライスも同様のはずだ。

 じゃないと、ナグサラン王国にこだわらない。

 ルイマス王の最愛の娘二人を犯して、彼を絶望のどん底に陥らせようなどとは考えないのだ。


 ———だから、これは俺なりのケジメだ。

 この体の元々の所有者であるクライスというキャラクターに対してのケジメ。

 彼の復讐を叶えさせてやろうという———ケジメなのだ。


「……ですから、ルイマス王に、レン様達に私たちが追放された島、ナッソーに来ていただいて、父の墓を参って欲しいのです。思いしのんで欲しいのです。それが今の私が持つ———唯一の願いです」


 これが俺なりの復讐だ。


 ルイマス王はルイマス王なりの正義があって王座を勝ち取った。その過程でクライスの父、シドニー・ヨセフという犠牲者が出た。だから、復讐したからと言って、シドニー・ヨセフは帰ってくるわけじゃない。


 だからいたんでもらう。

 それだけでいい。それだけで。

 甘いと思われるかもしれないが、ルイマス王から全てを奪ったとて、今度はこっちが奪われる番に回るだけ。

 例え、『スレイブキングダム』の原作ゲーム通りにレンとルリリを調教洗脳し、ルイマス王を殺したとて、彼女たちが正気に戻る可能性もある。というか、時間が経てば、確実に戻る。そうなれば恨みを買っているクライスは、彼女らにいつか暗殺されるだろう。

 俺はそうはなりたくない。

 こんな悲劇渦巻く世界でも、普通に幸せに暮らしたいのだ。

 だから———俺の復讐はこれでいい。


「いつか、いつかでいいのです。父の墓を参ってください」


 ささやかだが、故人のことを相手の心にちゃんと留めておく。

 それだけがこのクライスの憎悪を晴らせることができる唯一の方法なのだと俺は信じている。


「ごめんなさい!」


 ルリリが頭を下げる。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 喉が枯れるんじゃないかと思うほど、連続して謝罪の言葉を繰り返す。

 彼女の膝にはポロポロと涙が零れ落ちていた。


「いえ、ですから、謝罪を求めているわけでは……」

「私……何も知らなくて……クライスさんがそんなにつらい過去を背負っていたなんて何も知らなくて……」

「それは、言ってませんでしたから、知らなくて当然で、」

「それなのに! 私はあなたを〝邪悪〟だと断じました!」

「あぁ……」


 言われたなぁ……クライスの顔を触って。

 まぁクライスは憎悪を胸に、ルイマス王の娘を犯すことだけを生きがいに生きていた男だから、そう言われて当然と言えば当然だと思っていたが……。


「私は……本当に酷い人間です……何も知らないくせに、一方的に決めつけ、本当はこんな心優しいお方なのに……私は……本当にごめんなさい!」

「いえいえ……もう過ぎたことですし……」

「私は自分が許せません……!」

「あぁ……」


 頭を上げないルリリに俺はどうしていいのか、困ってしまう。

 助けを求めるようにレンを見ると、


「クライス殿。我ら王族は無暗矢鱈むやみやたらと謝罪することはできない。例えあなたの父上が無実の罪で追放となった事実があったとしても、権力を手にし続け国家を運営する上では、そのような犠牲はどうしても伴ってしまう。そういった犠牲が出るたびに国のトップが〝自分の行ったことは間違っていた〟などとは容易に言うことができない。だから、身勝手な理屈ではあるが、そのことをどうかわかっていただきたい」

「ええ、もちろんです」

「ですが、あなたの父上、シドニー・ヨセフ殿の墓参りには必ず父共々行かせていただきます。王というモノは犠牲を生むことは許されても、それを〝踏みつける〟ということは許されていない。シドニー・ヨセフという男を尊重し、彼に支えられて今、この国があると言う事、私も父も改めて心に刻みつけると、ここに誓おう」


 胸に手をやり一礼するレン。


「レン様、あなたの誠実な対応に感謝いたします」


 俺も一礼を返す。


「そして、そんな恨みがある我らを助けていただいたクライス・ヨセフ殿。あなたに再びの深い感謝を———」


 レンは下げた頭をさらに深く下げる。


「あぁ……いえ……」


 感謝されたり、褒められたりするのにも慣れていないから戸惑ってしまう。

 レンはやがて頭を上げ、


「———ところで、クライス殿はこれからどうするつもりで?」

「え……いや……それもまだ考えていて、ひとまずルリリ姫の治療が終わりましたから、まぁ……」


 城下町に降りて仕事を探して普通の平民として生きるか。それとも冒険者として旅に出てみるか。だが、前者はせっかくのファンタジー世界に転生したのにもったいない気もするし、後者は命の危険があるのでそれもそれで抵抗がある。

 そんな迷いをレンは見抜いたように微笑み、


「では、心行くまで我が城にいてくれないでしょうか? 何不自由ないようナグサラン王家の威信にかけてあなたをおもてなしさせていただきます」

「う~ん……」


 城の中でニート生活か。


 それは非常に楽で魅力的な生活だが、そのうち飽きるのはわかっている。

 だから普通に生きなければならないのだが、今はその〝普通の生活〟がこの世界ではどういったものなのか思いつかない。


「なら、とりあえずは……」


 レンの言葉に甘えることにした。


「ええ! 歓迎したしますクライス殿!」


 にっこりとした笑顔を浮かべるレン。


 キィ……。


「ん?」


 何か木がきしむがした。

 アリスが起きたのかと振り返るが、まだ彼女は眠ったままだった。

 音のした方を見てみると扉が開いていた。


「扉……閉めてなかったかな……?」 


 扉を閉めに向かう。すると何だか、なんだかモヤモヤした感情を自分が抱えていることに気が付く。何か、言いようもない、大切な何かを落としてしまったときのような……。


「なんか……俺、忘れているような……」


 何か忘れていたものを思いださなければと、そういう感情を抱いていたのに気づく。


 だが、何を……?


 俺は今何を忘れているんだ……?

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