第30話 何でも一つ願いごとを叶えてやろう。

 俺は、姉妹の感動の対面を邪魔してはいけないと、気配を消して部屋を出ようとした。


「スー……スー……」


 だが、寝息が聞こえてこの場にもう一人の人物がいることを思い出す。

 ソファの上で眠り続けているメイド服の褐色の女性———アリス・ニーテだ。

 地下室から連れ出したものの、意識を失ったままのアリス。彼女を一人にするわけにはいかず……本人が起きたらこんな場所で寝ていたことをに対して卒倒するだろうが、レン王女の部屋でやむなく休ませていた。


 彼女はまだ目覚めていない。


 だが、そんなに心配することはないだろう。彼女は別に体にダメージを受けて気絶したとかそういうわけではなく、ただ単純にファブルのむしの気持ち悪さに卒倒しただけなのだから。


「う~ん……虫がぁ……虫がぁ……」


 そして、彼女は寝苦しそうに悶え、かけられていたタオルケットを自らの手ではぎ取った。

 上半身がさらけ出され、そのまま寝ていては風邪をひいてしまう。

 仕方がない、

 タオルケットを再び彼女にかけようとした瞬間———、


「ダメェ……来ないでぇ……ヌルヌルゥ……!」


 アリスが、ビクンと上半身を跳ねさせた。

 ふよん。


「あ————」


 タオルケットをかけようとした俺の手に彼女の豊満ほうまんなおっぱいが当たった。


 とても———柔らかかった。


「クライスさん……?」


 背後からルリリの声。

 底冷えするような冷たい声に聞こえた。


「こ、これは違、」 


 おっぱいに触れたのを見られていたと思って、慌てて振り返る。

 が———ルリリもレンも怒っている様子はなく、微笑んで俺を見ていた。


「本当にありがとうございました。改めてお礼を言わせてください」


 ルリリは、ぺこりと頭を下げる。

 アリスのおっぱいに手が当たってしまったことなど、全く気が付いていない様子だった。

 そして、感謝の言葉を彼女は続けた。


「クライスさんのおかげで私もお姉さまも救われました。私たち姉妹は、いえ、このナグサラン王家にはあなたに返しきれない恩義があります。ですが、できればそのせめてもの恩返しがしたいのですが……クライスさん、何か望みはありませんか?」


「え……?」


 望み……?


「何でも構わないぞ。クライス殿。当然、金に関してはクライス殿が満足いくだけの額は払う。が、それだけではなく、あなたに何か我々は恩返しがしたい」


 レンもそう言ってくれている。


 望み……かぁ……。


「えっと……なぁ……」


 そう言われて、困ってしまった。


 何にも思いつかない。


 俺は本当に漠然とこの世界で「人体支配」を良いことに使おうとしただけだ。


 「スレイブキングダム」という抜きゲーの世界に転生してしまい、凌辱という悲劇が待っているルリリやレンのようなヒロインをその運命から救いたい。そう思って行動していただけだ。


 そこから先の事なんて全く考えていなかった。


「あの……その、私を〝嫁に貰う〟って言ってくれても……いいんですよ?」

「ルリリ? 何を言っているんだ? クライス殿に嫁にもらう?」

「え、ええ……実は私クライスさんをお慕いしてしまって……」

「何?」


 顔を赤らめてもじもじとしているルリリに、レンは困惑の表情を浮かべる。


「クライス殿、嫁を求めるのならルリリはやめていただきたい。ルリリはまだ幼いし、その上病弱だ。王女としての立場もある。王家の嫁を欲しいというのならせめてこのレン・ナグサランを選んで欲しい。私なら強くて、クライス殿がいざという時の盾にも剣にもなれる。器量もいい」

「王女の立場があるのは姉さんも一緒じゃ……それに姉さんが料理をしたところなんて見たこと……」

 

 何だか話が妙な方向にこじれてきている。

 我先にと二人の王女姉妹が自分を嫁にとアピールをしている。

 昔話だと悪い敵をやっつけて美人の奥さんを貰うと言うのがテンプレだが、俺はそれを望みとして言いたくはなかった。


「あ、いや嫁とかは……そんなもの要求したら下心があるから行動したように見えるから……」


 困った。


 出来れば断りたいが、どう断わればいいのか……。

 レンもルリリも王族だから一度報酬を渡すと言ったのだから、その言葉は容易に撤回できないだろう。


 なら、何かどうでもいい適当な望みを———。


「あ———」


 ふと、視線を逸らしたら、かがみが目に入った。


 俺の顔を映し出している鏡を———。


 クライス・ホーニ―ゴールドのブサイク面を。


 ある。


 望みは———ある。


「……墓参りを」


 どうしても叶えて欲しい、クライス・ホーニゴールドの———クライス・ヨセフの望みがある。


「私の父の墓にナグサラン王族として———参っていただきたい」

「墓参り? クライス殿の父上に? それは構いませんが……どうして?」


 レンの眉根まゆねひそめられる。

 わからないだろう、疑問を抱いて当然だ。

 だから、すぐに俺は答えを与えた。


「私の父の名前は、シドニー・ヨセフ。ルイマス王の兄である前王の忠臣ちゅうしんにして、離島へ追放され、この城に帰ってくることなく死んだ———貴族の男」


「————ッ!」


 レンが目を見開き、ルリリが手で口元を抑える。


「私の本当の名前はクライス・ヨセフ。この城に、父の無念を晴らしにやってきた男です」


 ◆


 一方、王妃クロシエは焦っていた。


 爪を噛み、苛立たし気に肩を揺らしながら王城の廊下を歩く。

 大臣が捕まってしまい、彼女は完全に後ろ盾を失った状態にある。


 ルイマス王とルリリを暗殺し、魔力が強すぎて全く毒が効かなかったレンは敵国に売り渡し、この国の権力を手に入れる、そんな計画だった。


 なのに、その計画はたった一日で破綻した。


 盲目で病弱だったルリリは回復し、大臣はこれまでの悪事が明るみに出て投獄されて、自分は〝光堕ちの呪い〟なんてものをかけられ、〝良いことしかできない〟という無様な姿をさらしている。


「全部……全部あの男のせいよ……!」


 クライス・ホーニゴールド……このままでは絶対に済まさない。

 あの男をバラバラに八つ裂きにして、肉塊を便所にぶち込んでブタの死骸とも区別がつかないようにしてやる……!

 元々ブタのような男だったのを、更にブタにしてやる……!


「そのためには、何とか〝光堕ちの呪い〟を消させないと……」


 ブツブツと恨み言を呟き続けていると、ある部屋から扉がわずかに開き、光が漏れていることに気が付く。


「レンの部屋?」


 あの女の血を引く娘の一人。


 気に食わない、頭の固い脳筋女の部屋だった。


 正義感ぶってつまらないことしか言わない、クロシエが一番殺したい女。


 あの女は今、魔吸蟲まきゅうちゅうで弱っていると聞いたが……。


 もしかしたら殺せるチャンスがあるかもしれない。一応様子をうかがっておくかと部屋に近づき、隙間から中をのぞく。


 さて……あの脳筋王女の様子は、と……。


「げ」


 中にいるのはレンだけではない、ルリリもアリスも……そしてあのクライス・ホーニゴールドもいた。

 それぞれが全員クロシエが今一番殺したい奴らだが、こんなに集まられれば手の出しようがない。

 それにクライスはまだ何かそこが知れない。正面からぶつかって言ったら痛い目に合うに決まっている。

 何もできない。無念を胸に、その場から離れようとした時だった。



「……私の本当の名前はクライス・ヨセフ。この城に、父の無念を晴らしにやってきました」



 部屋の中から、衝撃的な告白が聴こえてきた。

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