第29話 戦い終わって……、

 大臣とファブルは即座に牢に入れられた。


 あの後、俺は意識を失っているレンとアリスを抱えて地下室から出た。

 その後、衛兵を引き連れて地下に向かうと、そこには倒れているファブルとモブメイド……そして気絶して浮いている大臣と、本来そこにいてはいけない、拷問部屋にいるという物的証拠。そしてルリリの証言があり二人はあっけなくお縄となった。


 モブメイドのフルーさんという方は、一応大臣に脅されてやったと言うことになり、投獄まではいかなかったがメイドの仕事をクビになった。そしてもうすでにナグサラン王城に彼女はいない。

 本当はしばらく荷物をまとめる時間だったり、同僚と挨拶を交わす時間だったりの猶予を与える予定だったのだが———彼女は「なんでエドガー様と一緒の罪じゃないんですか⁉ 私もエドガー様と同じ房に入れてください!」と主張したので、「大臣は死罪なのだが……それと同じ罪だとお主も死ぬことになるぞ?」とルイマス王が返し、「はい! 私はエドガー様のおチ〇ポと共に死にます!」と宣言したので、早急に城を出て行ってもらった。

 何をしでかすかわからない危険思想の持ち主とみなされ、大臣の脱走を手助けする可能性がある要注意人物として、大臣の処刑が終わるまで城に近づくことすら禁止された。


 そして———王妃クロシエも今回のことで罰を受けるべき人間なのだが、更生の見込みがあり、処分は現在保留となっている。


 裁くべき立場のルイマス王が、妻である彼女を裁くことを渋ったためだ。

 その上、俺の〝おまじない〟が今回ばかりは悪い方に働いた。

 まだ、〝光堕ちの呪い〟にかけられていると信じ込んだ王妃は自分の所業をペラペラと喋り出した。


「大臣はニア帝国と内通し、国家転覆を企んでいました! それに私も自ら進んで参加していました! 何故なら私とあなたの間には子供がいないから、レンが王座に着いたら、血が繋がっていない私の身がどうなるか、追放されるか殺されるに決まっていますぅ! だからぁ……二人の娘に薬を盛ったんですぅ! そして弱らせて大臣に引き渡す手はずを整えていたんですぅ! 本当にごめんなさぁい!」


 涙ながらに土下座をするクロシエにルイマスは頭を抱えて、処分保留を言い渡したルイマス王はひどく憔悴していた。。

 「人体支配」スキルを使って王妃の余罪を洗いざらい喋らせようかと思っていた俺が中断するほどに。


「お主は……ハァ……すでにクライス殿から〝光堕ちの呪い〟……でしたかな? それお受けてこれからは良いことしかできなくなっておるのであろう? ならもうすでに罰を受けていると言えるのではなかろうか……ハァ……まさか、城内にこれほど逆賊どもが蔓延っておるとは思わなんだ……ハァ……」


 頭を抱え続けルイマス王。

 無理もない。

 忠臣と思い、自分の次に権力を持たせた大臣が、それを使って好き勝手していた。その上に城内のメイドを調教・脅迫し、男の使用人にも賄賂わいろを渡したり、メイドの調教に参加させたりして城内の人間を次々と手駒にしていると判明したのだ。

 その上、王妃の口から帝国と内通しているという情報まで出たのだ。

 平和だと思っていた城の中がいつの間にか誰が敵か味方かもわからない、危険地帯だと判明してしまったのだ。

 最愛の王妃も自分を裏切っていたのだ。


「ハァ……余はもう誰を信じればいいのかわからん……」


 もう自分に心休まる場所はないと思っているのかもしれない。

 元々、深いしわが刻まれた老人の顔をしていたルイマス王だったが、更に老け込んだような顔になり、正直死相が見ていた。

 明日にでも心労でぽっくり逝ってしまいそうな顔をしているおじいさんに、これ以上心労を積み重ねてしまえば、その瞬間、天へ召されそうな雰囲気だった。


協議きょうぎは以上かの? では、もう余は寝る……今日は疲れた……」


 いそいそと退座たいざしようとするルイマス王。


「ルイマス王! ルリリが歩けるようになりました、眼だけではなく足も動かせるようになったんです! 後で見てやってください!」 


 呼び止め、朗報ろうほうを伝えた。

 王の心をわずかばかりでも軽くしたいと思ったからだ。


 だが、ルイマス王は虚ろな目を変えることなく、周囲を見渡し、


「ルリリ……おらんではないか……」

「あぁ、今は、レン様が魔力切れのため……看病をしているため、彼女の部屋におります」

「そうか……うむ……」


 そう頷いて、ルリリに会いに行こうともせずに、自室へと向かって行った。

 完全に疲れ果てて何も考えられなくなっている顔だった。


 ◆


 レンの部屋。

 地図と駒が置かれた長机に、壁の本棚には書類が敷き詰められている。寝床というより執務室としか思えないその部屋に、これまた質素で王女が使っているとは思えないシングルベッドが置かれている。


「姉さん……」


 その横に椅子を置き、部屋の主の手を握り続けているのは妹のルリリ・ナグサランだった。

 死んだように眠り続ける姉の寝顔を心配そうに見つめている。


「ルリリ。レンはまだ目が覚めないのか?」

「クライスさん……」


 今回の事件の裁きが終わり、レンの部屋へと様子を伺いにやってくる。

 ルリリは俺の姿を見るとホッと頬を緩ませた。


「姉さまは……まだ、起きる気配がありません……」

「そうか、無理もない。ファブルの魔吸蟲まきゅうちゅうに体内の魔力を枯渇させられるほど吸い尽くされていたのだから」

「クライスさんのあの力で何とかなりませんか?」

「確かに俺の力を使えば魔力を増やすことが可能だが微々びびたるものだ。湯水ゆみずのように増やすことはできない。結局レン自身の回復能力に任せるしかない」


 「人体支配」スキルで能力を限界超えて出させたり、活性化させて失われた機能を回復させたりはできるが、あくまでその人が元々持っている能力を元に使っている。

 温泉やマッサージに近いような感じで、体内の魔力回復を促進させる。今はその程度の事しかできない。


「そうですか……お姉さま……早く起きてください……ルリリはもう見えるようになりました。まだ、お姉さまの寝顔しか見ていないんです……早く、笑った顔を見せてください」


 そう言ってレンの手を握りしめて自らの額に当てて祈る。

 その祈りが通じたのか———、


「ん…………」 


 レンのまぶたが震えた。


「姉さん‼」

「ルリリ……?」


 開かれるレンの眼。

 その瞳が———ルリリの瞳を映している。


「……まだ夢の中にいるのか? ルリリの眼があいている」

「夢じゃないよ。姉さん。私見えるようになったんだよ? クライスさんのおかげで目が見えるようになったんだよ?」

「そうか……それは本当に、本当に良かった……ルリリ……もっと顔を近づけて見せてくれ」


 レンがルリリの頬に手を添え、彼女の顔を引き寄せる。

 レンの瞳とルリリの瞳が触れ合うほどの近さまで近づいて、


瑠璃色るりいろの綺麗な瞳だ。私の想像していた通り宝石みたいな色だ。この色が———見たかった」


 すこし、レンは涙ぐんだ。


「姉さんの眼の色も———綺麗よ」

「何色をしている?」

「わかんない。色なんて初めて見たんだもん、何色って言うの? それ」


 同じ瞳の色をしている二人は、額を突き合わせてわらい合った。



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